第26話 このエルフ……なにか変……
タンポポさんに乗って、現場に向かうと、そこには確かにシャガさんとエルフの女性がいた。
カラマツさんから聞いた通り、かなり特徴的なお耳をしておられる。
エルフは種族の特徴としてとても長い耳と、翡翠色の瞳をしているという。
ロープでぐるぐる巻きにされた女性はその特徴にかちりと当てはまった。
「……うっほ。ソースケ、待ってた」
シャガさんはモエギさんを捕まえた時と違い、体育座りで大人しくしていた。
「……このニンゲン、罠にかかってた。ごめんなさい」
シャギさんはとてもしょんぼりしていた。
理由を聞けば、モエギさんの一件を反省し、今度は人間が掛からないように罠をちゃんと工夫したとのことだ。
それなのにこうして再び人間を捕まえてしまったと、落ち込んでいるのだろう。
「……シャガさん、そう落ち込まないで下さい。よく見て下さい。掛かったのは人間ではありません。エルフです」
「……うっほ? 人間じゃない?」
「はい。シャガさんはきちんと前回の反省を生かし、同じ過ちを繰り返さないように工夫しておりました。今回は別の種族が掛かっただけ。シャガさんが悪いわけではありません」
反省しているし、その後の改善もちゃんとしている。
シャガさんはお調子者だが、決して学ばないわけではない。
ならそもそも罠を仕掛けなければいいと言うかもしれないがそれはお門違いだ。
なんだかんだでここ最近は、シャガさんの罠でも獲物は獲れるようになったし、危険な魔物も掛かって、キツネさんやタヌキさんからも襲われる心配が無くなったとご好評をいただいている。
そもそもエルフが罠にかかるなんて全くの想定外だし。
「……うほ。じゃあ、縄ほどく?」
「あ、それはまだそのままで」
とりあえず急に襲ってこられるか分からないから、モエギさんの時同様、そのままでお話させて頂こう。
拘束されているエルフさんの方を見る。
「くっ……まさかこの私が罠にかかるなんて。なんという高度な知能のゴブリンなの。きっと私はこのまま凌辱の限りを尽くされてしまうのね……!」
「いや、そんなことしませんよ?」
「ああ、なんてこと……。クレマ様、愚かな私をどうかお許しください。ガネットはここでゴブリンに汚されしまいます。ですが! ですが決して心までは屈しません! 大勢のゴブリンだろうとも、屈強なホブ・ゴブリンだろうとも、どんな醜悪なプレイであっても耐えきってみせます! ……ハァハァ」
「……あの、聞いてます?」
「ああ、いったいどんな辱めをうけるのかしら? やっぱりまずは乱暴に衣服を破られて無理やり地面に押し付けられてそのまま抵抗もむなしく純潔を……ハァハァ」
「……」
自分の言葉など全然聞いてないご様子のエルフさんは自身の妄想に夢中。
というか、頬が赤く興奮しているように見える。
ひょっとしなくても、この人この状況を喜んでる……? なんで?
「……これがエルフなのか? 話に聞いていたのとずいぶん異なるが?」
「なんか馬鹿っぽいわねぇ」
「アタイも初めて見たけど、コイツ変態じゃね?」
ホオズキさん、アセビさん、モエギさんも困惑。
というか――。
「みなさん、彼女の言葉が分かるのですか?」
「分からんが、なんとなく縛られている状態で興奮していることは分かる」
「この程度の拘束、簡単に抜け出せるしねぇ……」
「王国語でもねえな。でもどう見ても変だって分かるだろ」
まあ、それはそうだ。
誰がどう見たって彼女の挙動は変態以外の何物でもない。
話している言語は、カラマツさんが言っていたエルフ語というやつだろう。
となれば、やはり自分が彼女から事情を聴くしかない。
肩を強く揺すると、エルフさんはようやくハッと我に返った。
「ッ……え、人間?」
「はい」
エルフさんは目をパチパチさせて自分を見つめる。
こうして顔を合わせると、本当にとてつもない美貌だ。
自分が居た世界の写真の加工アプリなんて比べることも出来ない程の圧倒的な自然美。あまりの美しさに、何もかも忘れて呆然と魅入ってしまう。
「ちょっとぉ、しっかりしなさいよソースケ」
「そうだよ。なに見惚れてんだよ、このスケベ」
ぺちんと、アセビさんとモエギさんに叩かれて我に返る。
「す、すいませんお二人とも……」
すると目の前のエルフさんは眼をパチパチさせる。
「……会話」
「はい?」
「アナタ今、後ろの人間とゴブリンと同時に会話をしていたの?」
先ほどまでの興奮した様子は鳴りを潜め、じっと自分を見つめてくる。
美人過ぎて目を合わせられない。
目を逸らしつつ、自分は逆に質問をする。
「……どうしてそんなことを気にされるのですか?」
「私は魔物と会話をできる者が居ると聞いて、この最果ての森にやって来たの。その人を、私達の里へ連れて行くために」
「連れて行く……?」
「ええ。魔物と会話が出来る者を私達の里へ連れて行く。それが私の使命だから」
「……里とはいわゆるエルフの里、ですよね?」
「その通り」
エルフの里。
稀人の情報――帰還の手がかりがあるかもしれない場所。
そこに行けるのであれば、自分としては願ったりかなったりである。
しかし彼女の目的が分からない。
そもそも自分のことをどうやって知ったのか確認しなければ。
「……先程、魔物と会話が出来る者が居ると聞いてとおっしゃられていましたが、その噂をどこで聞いたのですか?」
「ここから一番近いバサロの町よ。そこの酒場で、冒険者のパーティーが話しているのを偶然聞いたの。けど中々口が堅くてね。その内の一人をちょっと誘って、魔法を掛けて話してもらったの」
「……」
冒険者のパーティーというのは、自分達が遭遇したあの一行で間違いないだろう。
口が堅かったということは、自分のことは秘匿にされているということか?
『――ワシがギルドマスターならまずお主のことは秘匿にするじゃろうな。エント・ゴブリンや大輪狼と組んでる魔物の言葉が分かる者など、一介の冒険者じゃどうにもならん。必ず緘口令を敷き、改めて腕利きを揃えて調査に当たるはずじゃ』
と、カラマツさんは言っていた。
その予想は当たっていたということだ。
しかし会話から推測するに、彼女は冒険者ギルドとは別に独自で動いているように見える。
「今、私と会話をしていることで確信したわ。だって今、私が話しているのは古代エルフ語。エルフの中でも限られた者しか話せない特別な言語よ。人間はおろかエルフさえまともに会話がままならない。なのにアナタは私と難なく会話をしている」
「ッ……」
「言語の違いすら分からないままに会話が出来るなんて本当に信じられない力ね。やはりアナタがクレマ様が仰っていた稀人で間違いないわ」
警戒を強める自分に、エルフさんは突然頭を下げた。
「お願いします、救世主様! どうか……どうか私と共にエルフの里へ赴き、我らをお救い下さい!」
……はい?




