第25話 目指す場所は決まったけど、行き方が分からない
――カラマツさんやモエギさんと出会って数日が経過した。
「だぁーかーらぁ! その薬草は混ぜちゃ駄目だって言ってるでしょ! 何回言ったら分かるのさ!」
「う、うっほぅ……うほぅ?」
「だから、月霊草は太陽草と混ぜると効果が減るどころか毒になんの! アンタ、自分の家族に毒薬飲ませる気? やる気がないんなら止めちまいな!」
「う、うっほー! うほう!」
モエギさんの言葉でやる気に火がついたのか、シャガさんは再びすり鉢と格闘する。
「あはは、最初に比べてすっかり立場が逆転してしまいましたね」
「おっ、ソースケ! お前からもコイツにちゃんと教えてやってくれよ。コイツ、何回言っても全然覚えやしねぇ! おい、また間違ってんぞ!」
「うっほぅ……ごめんなさい」
「まあまあ、シャガさんも頑張ってるんですし、長い目で見てあげてください」
「ったく。他の奴らはもうとっくに覚えてんだけどなぁ……」
今日もモエギさんは自分らの拠点に出向いて、調合のやり方をゴブリンさんたちに授けている。
「……うっほ。また失敗した」
「素材だって無限にあるわけじゃねぇんだ。自分で採ってこい」
「……うっほ。ついでに罠も見てくる」
どうやら練習用の素材が尽きたらしい。
とぼとぼと出かけてゆくうっほさん――もといシャガさん。
中々苦戦しているようだが、他のゴブリンさんは順調に薬草の見分け方や調合の仕方を覚えているように見える。
特にアセビさんの腕前はかなり上達している。
今もすり鉢でいくつもの薬草を調合している最中だ。
「……薬草の調合って中々難しいのねぇ。でもワタシたちにも効果があるって分かって良かったわぁ。これまでよりもずっと多くの同胞を救うことが出来るもの。よし、出来た。モエギ、出来を見てくれるかしら?」
アセビさんの調合した薬を、モエギさんは真剣な表情で見つめ、やがて笑みを浮かべる。
「ほんとアセビは凄いなー。アタイだって覚えるのに何カ月もかかったってのに」
「うふフ、ありガトー。もっトがんばぁるわ」
それとここ最近は、少しずつではあるが、モエギさんとアセビさんは『会話』が出来るようになってきた。
簡単な単語でのやり取りだが、双方ともにある程度のコミュニケーションが取れている。
「ソースケ、はやくもっとおしえてー」「おしえてそーすけ」「そーすけー」
「はいはい、では続きを勉強しましょうか」
そんな中で、今自分が行っていることは、子供のゴブリンさん達への教育である。
教えているの簡単な計算と、この世界で使われている文字だ。
数字はともかく、どうして別の世界の人間である自分が、この世界の文字を教えているのかと言えば、文字が読めるからである。
どうにも自分が授かったこの『会話』の力は、文字にも通用するらしく、モエギさんから借りた本もあっさりと読むことが出来た。
見たことが無い文字なのに、その意味を理解出来るという感じだ。
本当に不思議な能力である。
でもそのおかげで、こうしてゴブリンさん達への恩返しが出来るのであれば、それに越したことはない。ありがたく利用させてもらおう。
もちろん、並行してイヌマキ氏のタブレットの確認も行っている。
情報としては十年以上前のものとはいえ、自分にとっては興味深いものばかりだ。
しばらく子供たちに勉強を教えていると、ホオズキさんらが帰宅した。
「今帰ったぞ」
「お疲れ様です。狩りは成功だったようですね」
ホオズキさんは自分が最初にご馳走になったマンモスのような魔物を抱えていた。
本当にデカい。これを仕留めるんだからホオズキさんたち半端ない。
「順調だ。ここ最近は、アジサイ達も狩りに加わってくれるからな。成功しないことのほうが稀な程だ」
「それはなによりです」
「それにカラマツに教えてもらった『武術』とやらも役に立っている」
ホオズキさんは他のマッチョゴブリンさんらと共に、カラマツさんに武術を習っている。
純粋な力で言えば、ホオズキさん達の方が上らしいが、戦い方や技術、体の動かし方はカラマツさんの方が上らしく、学ぶことが多いらしい。
『かっかっか! 畑仕事や家畜に世話に、薬草まで融通してもらってるんじゃ! これくらい恩を返さんと割に合わんわい!』
との事らしい。
魔物に対して偏見のないお人だ。
それにカラマツさんの教えは武術だけでない。
「もう使わないというから、いくつか古い工具を貰ってきた。若い連中に作れないか、試させてみようと思う」
「それはいいですね」
金属の加工方法。
すなわち鍛冶である。
カラマツさんは様々な技術に精通していた。
病気のせいで大半はモエギさんに任せていたが、今ではこうしてホオズキさんらに技術を教えるくらいに元気モリモリだ。
既に洞窟の外には金属を加工する為の炉や鞴も建設されている。
マッチョゴブリンさんたち総出で踏む鞴は中々に迫力があった。
ちなみに鍛冶関係はホオズキさんの幼馴染であるアカザさんの担当だ。
今日も元気に鉄を打っている。
「しかし村の規模も大きくなってきましたね」
ここ最近は、洞窟だけでなくその周辺にも住居を構えるようになってきた。
潤沢な食糧や安全な寝床によって彼らの数は日に日に増している。
ゴブリンさんは既に百人以上、芝狼さんも最初の倍近い数に増えている。
といっても、芝狼さんに限って言えば、その内減るらしい。
「――群れを離れて自身の群れを作ってこそ一人前だ」
とのことらしい。
ある程度の年齢になった芝狼は群れを離れ、自分の群れをつくる。
だから数が多いのは今だけなのだとか。
「だいぶ規模は大きくなった。まあ、この程度ならまだ大丈夫だと思うが……」
「何か気になる事でもあるんですか?」
「……森を拓きすぎるのは良くない。精霊様の怒りに触れてしまうからだ」
「精霊様とは?」
「森を守る存在だ。森を荒らす者、森に害をなす者に裁きを与える。我々にまだ裁きが下っていないという事は精霊様はお怒りではないということだ」
「……実際に裁きを受けた方を見たことがあるのですか?」
「ある。我がまだ小さかった頃、森に一体の強力な魔獣が現れたことがある。森の木々をなぎ倒し、我々の仲間も大勢喰われた。その時、精霊様が現れ、その魔獣を討伐された。その時、我々は確かに精霊様の声を聴いたのだ。『森に害をなす者に裁きを』と……」
「そうだったのですね」
ホオズキさんの言葉が真実なのであれば、この世界のおける精霊とは、信仰的な存在なのではなく、実在する存在なのだろう。
確かにそんなおっかない存在が居るならば、森を開拓するのに難色を示すのは当然である。
「まあ、必要以上に広げるつもりもありませんよ」
伐採する木も出来るだけ弱っているものや、場所的に問題ないなさそうなものを選んでいる。
見晴らしも良くなったし、適度に間引きをしたおかげで前よりも森全体は活気づいたようにも思える。
芝狼さんたちからも走り回れるスペースが多くなって好評をいただいている。
とはいえ、言葉の通り、必要以上に伐採するつもりも、居住スペースを広げるつもりはない。
「そうして貰えると助かる。だが礼も言わせてほしい。ソースケのおかげで、我らはとても豊かになった。今後はきっと飢えることもなく、生まれてくる子供が死ぬことも無くなる。全部、ソースケのおかげだ」
「……自分は何もしていませんよ。全て、ホオズキさんたちや他の皆さんが手を取り合った結果です」
そう、自分に出来るのはただ話を聞いて、会話をするだけなのだ。
でもそれが彼らの生活に少しでも潤いをもたらすことが出来たのであれば、それはとても嬉しい。
「しかしソースケの目的を手伝えないのはもどかしいな」
「……そればっかりはどうしようもないですね」
イヌマキさんの手帳に残されていた帰還の手がかり。
エルフ、ドワーフ、吸血鬼の里。
そこには稀人の情報が残されているらしいのが、問題があった。
――行き方が分からないのである。
距離的にはエルフの里が一番近いのだが、どうやらエルフの里には強力な結界が張ってあるらしく、よそ者は入ることが出来ないらしいのだ。
基本的には招かれるか、エルフと共に入るかするしか方法がない。
おまけに周囲には毒持ちの野生動物や魔物がうようよいる。
仕組みは違うがドワーフの里も同じような感じらしい。しかもエルフの里より更に遠い場所にある。
吸血鬼の里に至っては、詳しい場所すら分からない。
最果ての森の中域は凄まじい広さなんだとか。
だからこそ、イヌマキさんも容易にはたどり着けず、志半ばで倒れたのだろう。
「エルフもドワーフも滅多に外に現れないらしいですからね……」
どうにかしてコンタクトを取りたいが、どうすればいいだろう?
やはりもう一度、町に向かうことも視野に入れるべきだろうか?
そんな風に思っていたのだが、思わぬところから事態は急変する。
ゴブリンさんたちと授業をしていると、タンポポさんが慌ててやって来たのだ。
「ソースケ! 大変! 大変だよ!」
「おや、タンポポさん。どうしたんですか、そんなに慌てて?」
「シャガが今度はエルフを捕まえたって!」
「そうですか。それはすご――ってええええええええええええええええええ!?」
エルフ? エルフを捕まえたって言った?
なにをやってるんだシャガさん!?
「え、それ本当なのですか?」
「ともかく乗って! 案内するから!」
「わ、分かりました!」
自分達は急いでシャガさんの元へと向かうのだった。




