第24話 残された物と残された者
カラマツさんらとともに向かった先にあったのは大きな一本杉だった。
杉の木で間違いないだろう。
蒲公英といい、紫陽花といい、この世界には本当に、自分が居た世界と植生が似ている。
ひょっとしたら自分のような稀人がこの世界に迷い込んだ時に一緒に持ち込まれたのではないだろうか?
一本杉のすぐ傍には、墓標のような小さな石があった。
「……ふむ、保存と結界の魔法が掛けられておるの。この場所を守るためじゃろう。ワシや、ワシと一緒に居るものには効果がないように細工も施されておる。相変わらず繊細な魔法じゃ」
カラマツさんが水平に手をかざすと、一瞬周囲が光った。
「これで近づけるはずじゃ。行くぞ」
「はい……」
傍まで行くと、墓標には小さな文字が彫ってあった。
この世界の文字だ。
カラマツさんが読み上げる。
「――『イヌマキ カオル ここに眠る』か」
「……イヌマキさんという方だったのですね」
手帳には名前が書いていなかったから、ようやく名前を知ることが出来た。
イヌマキカオルさん、か。
「……失礼します」
一度、手を合わせてから土を掘り起こす。
道具はカラマツさんとモエギさんが準備してくれていた。
しばらく掘り進めると、コツンと音がした。
「!」
更に慎重に掘り進めると、一メートル程の石箱が姿を見せた。
ホオズキさんに持ち上げて貰い、中を改める。
そこにはイヌマキさんの遺骨の入った骨壺と彼の所持品が眠っていた。
剣や革靴は彼がこちらの世界に来てからのものだろう。
だが明らかにこの世界の物ではない物がいくつかあった。
「スーツと鞄ですね。中になにか入っていますね。これは……まさかタブレット!?」
「なんだそれは?」
「ずいぶんと薄くて綺麗な板ねぇ」
「なになに?」
ホオズキさんたちも興味深そうにタブレットに視線を向ける。
自分も少し興奮しながら、タブレットを検める。
劣化は……していないようにみえる。
何十年も経っているのに。
いや、そういえば保存の魔法が掛かっているんだっけ?
確かにそうでなきゃ、こんな何十年も土の中に眠っていてこんな状態を保てるわけがない。
しかしこの手のタブレットが発売されたのはここ十数年くらいのはずだ。
手帳やスーツもそうだが、イヌマキさんが居た時代は自分とそう変わらないんじゃないだろうか?
「あの、カラマツさん。奥さんが亡くなられたのは何年前でしょうか?」
「ん? なんじゃ急に? もう十三年前じゃな」
では少なくともイヌマキさんがこの世界に来たのは十四年以上前だ。
タブレットの年代から考えればギリギリあり得るか?
いや、それとも……。
「ねえねえ、ソースケ。その板ってどうやって使うの?」
考え事に夢中になっていると、アセビさんが後ろから声を掛けてみる。
「あ、そうですね。ちょっと待って下さい。今やってみます」
とりあえず電源を入れてみる。
画面が変わった。
どうやら使用できるようだ。
しかしすぐに問題が発生した。
――パスワードが分からない。
パスワードを入力する為の画面が表示されている。
これを入力しなければ操作することが出来ない。
「どうしたの?」
「……パスワードが分からなければ、使えないようですね」
「ぱすわーど……?」
「いわゆる持ち主じゃなければ分からない言葉のことです。それを入力しなければ、このタブレットは使えません」
「えー、残念ねぇ。どんなアイテムなのか気になったのにぃ」
アセビさんは残念そうな顔をする。
手帳になにかヒントになるものはないか確認するが、それらしき文字は見当たらない。
「……ん?」
――この文字が読める者へ、この記録を残す
最初に書かれていた文章。
よく見れば、その下に小さく数字が書かれていた。
――1103。
文章にばかり気を取られて気付かなかった。
この記録を残す。これはひょっとして日誌のことじゃなくて、この数字の事を指しているのか?
だとすれば、これがパスワードなのだろうか?
確かにこの文章が読めなければ、この数字の意味も分からないだろう。
試しにその数字を打ちこんでみる。
――入ることが出来た。
画面が変わりデスクトップ画面が表示される。
アプリのアイコンとファイル名が表示されたフォルダ。
『映像記録』、『帝国』『王国』等々、当然だが日本語で表示されている。
結構な数があった。
当然だがネットには繋がらなかった。
しかしいくつかの独立したアプリは使用できたのだろう。
「……どうやら私でも使うことが出来るようです」
「本当! わぁ、すごい! ねえねえ、どうやって使うの?」
アセビさんがぐいぐいくる。
胸とか当たってるけど、全然気にしてる様子がない。
「じ、自分も一度確認しなければいけないので、後でまた説明します」
フォルダはかなりの数があった。
確認するには時間がかかるだろう。
自分は一旦、タブレットの電源を落とした。
それを骨壺の前に置くと、もう一度、手を合わせた。
「……アナタの残した遺品は一旦、自分がお預かり。そして約束します。必ず日本へ帰り、アナタの家族へこれをお返しすることを……」
だからどうか、この世界に居る間だけ、これを自分に使わせてほしい。
そう祈ると、カラマツさんの方を見た。
「カラマツさん、ありがとうございます」
「ワシはなんもしとらんよ。礼なら妻に言ってくれ」
「分かりました」
その後、家の裏手にあるという奥さんのお墓にも手を合わせた。
諸々が片付いた後、カラマツさんが訊ねてくる。
「――さて、それでこれからどうするんじゃ?」
「……エルフとドワーフの里に行ってみようと思います」
イヌマキさんの残した手がかり。
エルフ、ドワーフ、そして吸血鬼。
彼らの住む里には稀人の記録があるらしい。
ならば自分もそこを目指すべきだろう。
「エルフの里か……。あそこはなかなか面倒なところなんじゃがのぅ……」
「なにかあるんですか?」
「まあ昔のことじゃからな。たぶん今は大丈夫じゃと思うが……」
なんだろうか?
気になる。
「ワシらも出来る限り協力はしよう。お主には大きな借りもあるしのぅ」
「アタイも! 出来ることならなんだってするぜ!」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
カラマツさんとモエギさん。
ようやくこの世界の人々との繋がりを得ることが出来た。
そして帰還の手がかりも。
情報を残してくれたイヌマキさんの為にも、これを無駄にすることが出来ない。
次に目指す場所は決まった。
――エルフの里だ。




