第19話 あーもう、滅茶苦茶だよ
という訳で、モエギさんの縄をほどくと、意外にも彼女は大人しくしてくれた。
「巣の近くまでは一緒に行く」
「絶対に行くからねっ」
と言って聞かないので、ホオズキさんとアセビさんも一緒である。
「……おい、本当に大丈夫なんだろうな? 後でアタイらの村を襲うとか言わねぇよな?」
「それは絶対にありませんから安心して下さい」
「絶対だぞっ。絶対だからなっ」
まあ、確かにモエギさんの立場からすれば森で薬草を摘んでいたらいたらいきなりゴブリンに襲われたようなものだからな。
信じられないのも無理ないのに、こうして付き合ってくれるあたりかなり良い人なのだろう。
「……コイツらが裏切ったら……。いや、でもこれだけの月霊草が手に入ったんだし。……じーちゃんを抱えて逃げ切れるか? いや、でも……」
モエギさんはアセビさんから貰った薬草を握りしめながら、なにやら葛藤している。
……純粋な善意だけじゃなく、モノに釣られた面もあるらしい。いや、まあ、その方が逆に信用できるかもしれない。
しばらく歩くと、森を抜けた。
「おぉ……」
思わず声が出た。
モエギさんの住む家は、三方を山に囲まれたなんというか、隠れ家って感じの家だった。
というか、一軒だけ?
「……あの、他に人は? 村とか?」
「ねぇよ、そんなの。ここに住んでるのはアタイとじーちゃんだけだ」
「……」
こんな人里離れた森の中に老人と彼女だけ?
……今更だが、ひょっとして彼女もなにか訳ありなのだろうか?
「それじゃあここで待っててくれ。一応じーちゃんに事情を話してくっから」
「よろしくお願いします」
「あ、待って」
家に向かおうとするモエギさんに、アセビさんが待ったをかける。
何かと思えば、その手には綺麗な花が握られていた。
それをモエギさんの髪にアクセサリーのように添える。
「お土産。よく似合ってるわよ」
「……ふぇ?」
しばし呆然としていたモエギさんだったが、やがてハッとなって自分の方を見る。
「えっと、お土産だそうです」
「そ、そうか。まあ、仕方ねぇ。貰っておいてやるよ。んじゃ、今度こそ行くぞ」
頭に添えられた花を少しばかり嬉しそうに撫でた後、モエギさんは家屋へと向かった。
その姿が完全に見えなくなってから、自分はアセビさんへと問いかける。
「……あの花は? なんかどこかで見たことがあるのですが……?」
「タンポポちゃんの体に生えてる花よ。あの花を通じて、タンポポちゃんにあの子の感情が伝わるわ」
「……今のところは特に悪意は感じられないね」
アセビさんの言葉を肯定するように、タンポポさんが頷く。
「お土産ではなかったのですか?」
「もちろん、お土産よ。お花自体はとても綺麗だし、ワタシも気に入ってるわ。でもこの間みたいにソースケに危険が及ばないように、事前に確認しておくのは大事でしょ?」
「……お心遣い感謝します」
自分と違って、アセビさんは彼女をまだ信用しきっていないようだ。
考えてみたらそれは当然だろう。むしろ私事に、そこまで心を割いて頂いて本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
しばらくするとモエギさんが戻ってきた。
アセビさんとタンポポさんの方を見る。
彼女たちは問題ないと頷いた。
「待たせたな。それじゃあ、行こうぜ」
「では、行ってきます」
自分はモエギさんと共に彼女のお爺さんの元へと向かった。
――モエギさんの家は土壁づくりのシンプルな平屋だ。
すぐ傍には畑や馬小屋も見える。
それにちらりと見えるあの生き物は牛さんだろうか?
こっちの世界にも牛はいるようだ。
あと向こうに見える小屋はなんだろうか?
大きな鍋や大量の引き出しがついた棚がいくつも見える。
「あれは薬を作る作業小屋だよ」
自分の視線に気付いたのか、モエギさんが説明してくれた。
「作業小屋?」
「ああ。回復薬や傷薬なんかを調合するんだ。言っただろ? アタイは薬師だって。まあ、じーちゃんの方が腕は上だったんだけどな」
ああ、そう言えばそう言っていた。
ん? だった?
どういうことだろうか?
モエギさんはどこかばつの悪そうな表情を浮かべていた。
「……まあ、そのアレだ。ちゃんと会話が成り立つか分かんねーけど、とりあえず入れよ」
「はい……」
モエギさんに促され、室内に入るとそこには一人の老人がいた。
一瞬、ミイラかと目を疑う程に、老人はやせ細っていた。
「あぁ……モエ、もえぎぃ……げほっげほっ」
「じーちゃん、無理して起き上がんな。ほら、横になってろって」
「すまんのぅ……」
だいぶお年を召していらっしゃるようだ。
モエギさんはお爺さんを寝かせると、再び自分の方を見る。
「……まあ、見ての通りだ。アタイのじーちゃん、もう年でな。おまけに流行病に罹っちまって、ここ最近はずっと寝たきりなんだよ」
「そうだったのですね……」
というか、流行病とか大丈夫なのだろうか?
自分はこの世界の人間ではない。
もし感染したらと思うとぞっとする。
「……安心しろよ。たぶんアンタはこの病には感染しねぇから」
動揺しているのが見え見えだったのだろう。
モエギさんが自分を安心させるようにそう言ってくる。
「何故?」
「あの月霊草だよ。あれを食ってれば、大抵の病気には罹らない」
「……」
あのおひたしにそんな効果があったなんて……。
ありがとうアセビさん。ありがとうおひたし。
山菜ってやっぱり素晴らしい。
「モエギさんの言っていた意味がようやく分かりました。確かにこれでは話を聞くのは難しそうですね」
「そういうこった。でもそれだけでアンタをここに呼んだ訳じゃないんだ。……座ってくれ」
モエギさんはどこか落ち着かない様子で、自分に着席を促す。
ややあって、なにやら覚悟を決めたような顔つきで自分を見た。
「あのよ……それで、その、なんだ。あの月霊草はまだまだあるのか?」
「? ええ。おそらく」
毎日夕飯に出てくるくらいだし、たぶんまだいっぱいあるだろう。
詳しい量はアセビさんに聞かないと分からないけど。
「なら頼む! それをアタイに売ってくれ!」
モエギさんは頭を下げる。
ゴンッと勢いよくテーブルに頭がぶつかるほどに。
「月霊草があれば大量に上級回復薬が作れるんだ! 頼む!」
「ちょっ、いきなりどうしたんですか?」
「金が要るんだ! じーちゃんの病を治す薬を買うために! 回復薬じゃ病気は治せねぇ! それに情けない話だが、アタイの腕じゃこの病を治せる薬はまだ作れねえんだ! だから頼む!」
「あ、いや、ちょっと待――」
「金ならあとで必ず払う! 今は手持ちがねぇが……必ず! それでも足りないっていうなら……」
モエギさんは席を立つとゆっくりと自分の方へ歩いてくる。
そして自分の前で、ゆっくりと服に手を掛けた。
「その……あ、アタイの体で払う、から……」
「あの、ちょっと……」
「アタイがさつであんまり胸も大きくねぇけど、そういうのが好きな男も居るってじーちゃんは言ってた。だから……」
「いや、だからちょっと待って! 待って下さい! そもそもモエギさんは自分のような男性は好みではないのでしょう?」
自分で言ってて悲しくなる。
するとモエギさんは泣きだした。
「うぐっ……そうだよ~。でもしょうがないじゃないかぁ~。金持ち連中はアタイなんか買ってくれねえし。アタイにはこれしかねえんだ。アタイの体でじーちゃんの病気を治せるんなら安いもんじゃねーかよぉ……」
「いや、だから待って下さい。月霊草ならいくらでもお譲りしますから」
ひょっとして森の奥まで薬草を取りに来てたのも本当はそれが理由だったのだろうか? シャガさんの罠に引っ掛かったのも、実は本当に焦ってたのだとすれば割と納得出来る。
「でも……ただで譲って貰う訳には。金ないし……やっぱり体で払うしか」
「だから要りませんって。あ、そうだ。病気ならひょっとしたらアレが効くかも――って待って! ズボンを脱がそうとしないで下さい!」
必死に説得するが、モエギさんは止まらない。
完全に混乱しているようだ。
なんとか彼女を止めようとしていると、ふとある事に気付いた。
「……あれ? モエギさん、頭の花……?」
「え? あれ、枯れちゃった……?」
すると遠くから何かが走ってくるような音が聞こえた。
具体的にはドドドドドドドドドドって感じの音。
その直後、壁が破られ、ホオズキさんたちが登場した。
「大丈夫かソースケ!」
「ソースケ無事?」
「花が枯れたのを感じたから急いで来た――……え?」
そして彼らの動きがぴたりと止まる。
彼らの視線は、自分と半裸のモエギさんの間を行ったり来たり。
ややあって、ホオズキさんがぽつりと。
「……すまない。子作りの最中だったか」
「だから違いますって!」
本気で申し訳なさそうにするの止めて欲しい。
あーもう、滅茶苦茶である。
「ともかく! モエギさんのお爺さんを治す薬ならあるかもしれません! まずはそれを試してからです」
「……薬? あ、あるのか? 本当に?」
「効果はあるかどうか分かりません。ですが、試す価値はあると思います」
――そう、プロテインである。




