第11話 ぷるぷる、わたしたちわるいスライムじゃないよ
そもそも自分がゴブリンさんと芝狼さんの共生を提案したのも、本来の目的は自分がより安全にこの森を出るためだ。
彼らとの生活が板に付きすぎて、そのことを失念してしまうところだった。
「では、向かおう」
「はい、よろしくお願いします」
タンポポさんにまたがり、ホオズキさんとアジサイさんの後へ続く。
同行してくれたのはアセビさんだ。
自分よりもずっと上手く芝狼さんを乗りこなしていらっしゃる。
「ねえねえ、ソースケは森の外に出てどうしたいの? ずっとワタシたちと一緒にここで暮らせばいいじゃない?」
移動しながら、アセビさんが話しかけてくる。
結構な速度で移動しているのだが、声がはっきりと聞こえるのは自分の能力によるものなのか、アセビさんが何か魔法を使っているのかは分からない。
「その、前にも言いましたが、自分はこの世界の人間ではありません。なので元の世界に帰る方法を探すのが目的ですね」
「……ソースケは元の世界に帰りたいのぉ?」
「……帰りたくない、と言えば嘘になりますね」
ここでの彼らとの生活はとても充実したものだったが、それでも自分は現代社会に染まりきった人間である。
やっぱり帰りたい。
その結果、彼等と分かれることになってもそれは仕方のないことだと思う。
「……とはいえ、帰る方法が分かったとしても、すぐに帰る気はありません。ちゃんと、皆さんが仲良く暮らせるような土台は整えますのでご安心下さい」
「……そういうことじゃないのよぅ」
アセビさんはちょっと不満げに口をとがらせる。
「ソースケ、前、危ないぞ」
「え――いたっ!?」
アセビさんとの会話に気を取られて、前方に迫っていた枝にぶつかってしまった。
……ながら運転はやっぱり危険なので、きちんと集中しなければ。
そう思いながら騎乗に集中していると、一瞬、タンポポさんのバランスが崩れた。
「うわっ。どうしたんですか、タンポポさん?」
「あ、ごめん、ソースケ。今、なんかぐにょってしたの踏んだみたい」
ぐにょ?
タンポポさんはいったい何を踏んだのだろうか?
ぬかるみ程度なら、普通に走れる芝狼さんたちがバランスを崩すなんてめったにない。
一体何だろうかと思っていると、前方に川が見えてきた。
「む――全員止まれ!」
すると、ホオズキさんの叫び声。
全員、一斉に急ブレーキで、すぐに止まる。
「うぉっ!?」
「あぶない、ソースケ」
慣性の法則に従い、鞍から放り出されようとしていた自分を、タンポポさんの蔓で固定。
振り落とされることはなかったが、内臓がぎゅって悲鳴を上げた。
「た、助かりました……」
「どーいたしましてだよー」
お腹をさすりながらタンポポさんから降りると、ホオズキさんの方へと向かう。
「どうかしたんですか?」
ひょっとして何かヤバい魔物でも居たのだろうか?
小心者の自分としては、もう襲われたり、喰われたりする妄想が止まらない。
すると、ホオズキさんはすっと目の前を指差した。
「スライムの大移動だ」
「……スライム?」
そう言われて前方に目を向ける。
よく見てみると、ようやく自分でも理解出来た。
自分が川だと思っていたモノは川ではなかったのである。
それは無数の魔物の集合体だった。
大きさはバレーボールほどの半透明の生命体。娯楽に疎い自分でもテレビのCMや雑誌の広告で目にした事がある。
目の前に広がっていた川は無数のスライムの群れであった。
「……これはある意味、壮観ですね」
「これだけのスライムの群れは初めて見る。おそらく何らかの原因で大量発生したのだろう。ソースケ、足元に気を付けろ」
「足元……おわっ!?」
言われて足元を見ると、そこには一匹のスライムが居た。
ていうか、よく見ると、地面のそこかしこにスライムが居た。
「あー、ボクがさっき踏んだのってコイツらだったのかー。コイツらって踏んでも潰れないから、よく足捕られるんだよねー」
タンポポさんが納得したように呟く。
「お、襲ってこないですよね……?」
「スライムはこちらから何かしない限り襲ってくることはない。ただ不用意に触れてしまうと、絡め取られて溶かされる。いいか、絶対に踏むなよ?」
なにそれ、おっかない。
見た目はそこまで怖くないが、やっぱり魔物だ。
「これだけのスライムの大軍だ。如何にアジサイたちが速くとも、通り抜けるのは不可能だろう。迂回するしかあるまい」
「ソうだナ。ホオズキ、たぎゃしい」
ホオズキさんの言葉に、アジサイさんが頷く。
発音はたどたどしいけど、ホオズキ正しいって言ってるんだと思う。
何気にちゃんと名前で呼び合ってるところに、確かに絆を感じられて、自分としてはちょっとほっこりしてしまう。名前だけはちゃんと発音してるところもポイント高い。
という訳で、本来の予定コースからちょと外れて進むことにしよう。
そう思ったのだが――。
『ゴブリンだ』『ゴブリン』『芝狼も居る』
『本当にゴブリン?』『ゴブリンっぽくない』『上位種?』『上位種だ』『初めて見た』
『芝狼も違う?』『違う』『違うね』『上位種だ』『初めて見た』
『上位種怖い』『怖いよね』『すごく強い』『襲ってくるかな?』『襲ってこないで』
『怖い』『すごく怖い』『逃げよう』『どこに?』『逃げられないよ』『怖い』
『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』
『『『『『『『『『『『『 誰 か 助 け て 』』』』』』』』』』』』
……なんかスライムさんらしき声が物凄くいっぱい聞こえてきた。
「どうした、ソースケ?」
「えっと、たぶんですがスライムさんの声が聞こえます」
「なんだと、それは本当か!?」
ホオズキさんは凄く驚く。見れば、アセビさんやタンポポさんらも驚いていた。
「ソースケって、本当にボク達以外の声も聞く事が出来るんだね」
「……みたいです。おそらくは」
本当に自分はどうしてしまったのだろうか?
「それでスライムたちはなんと言っているのだ?」
どこかワクワクした様子で、ホオズキさんは訊ねてくる。
「えーっと……我々の存在にとても怯えています」
「そ、そうか……」
素直にお伝えしたところ、ホオズキさんはちょっとショックを受けた。
『あの人間、ワタシ達の声が聞こえるの?』
『私達の言葉、使ってた』『使ってたよね』『どうして?』
『ニンゲンなのに』『ボクたちのことばしゃべれる』
『気になる』『気になるね』
なにやらスライムさんたちから視線を感じる。
どうやら話題は自分の模様。
「えーっと、初めまして……?」
『喋った!』『本当に喋った!』『私達の言葉!』
『僕たちの言葉使える人間見たの初めて!』『他の生物で初めて!』
『凄い!』『凄い!』『凄い!』
うーん、スライムさん達の声で、自分の頭の中が大変にぎやかである。
いっぺんに全部聞いてると、流石に脳が疲れるな。
それにしても最初に出会った頃のゴブリンさんや芝狼さんに比べて、スライムさんの言葉はかなり流暢に聞こえる。この違いはいったいなんなのだろうか?
「えーっと、どなたか、群れの長や代表の方はいらっしゃられるでしょうか?」
すると、自分の声に反応して、一匹のスライムがぴょんっと跳ねた。
他のスライムと色が違う。
ほとんどのスライムは青色だが、先程跳ねたスライムだけが紅い色をしている。
『なになに? 人間、わたしと話したいの?』
赤いスライムさんはゆっくりぴょんぴょんと自分の方へと近づいてくる。
「あ、はい。是非、お話が出来たらなと」
『人間、話してくれたら、襲わないでくれる?』
「勿論です。というか、最初から襲うつもりなどありませんよ」
自分がそう言うと、スライムさんたちから露骨に安心した気配が伝わってきた。
「皆さんはこちらで何をされているのですか?」
『移動してる』
「どこへ?」
『どこか』
「どこかとは?」
『安心して住める場所』
「ほうほう、安心して住める場所ですか」
『わたし達、弱いからすぐに襲われる。だから数を増やしながら、安全に過ごせる場所を探してるの』
「それは大変ですね」
『うん。とっても大変。でもわたし達がいないと森が死んじゃうから森の中で安全な場所を探さなきゃいけない』
「……森が死ぬとは?」
『わたし達が地面を通ると森の土が豊かになる。落ち葉や屍骸も食べて肥料にする。土の中に入れば、土の風通しも良くなる。森が喜ぶ』
「ほぅ、つまりスライムさんたちは森の管理人のような役目だと?」
『管理人……うん! それ! 人間、良い事言う!』
自分の言葉に赤いスライムさんはとても嬉しそうな反応を示す。
「ソースケ、スライムたちはなんと言っているのだ?」
ホオズキさんがちょんちょんと指で肩を叩いて聞いてくる。
先ほどのスライムさんの説明を、ホオズキさんに伝えると、彼らは更に驚いた。
「……スライムたちがそんな役割を担っていたとはな」
「ただの弱い魔物じゃなかったのねぇ」
「思い返してみれば、ボク達がよく栄養を貰う土壌にはスライムが多かった気がするなぁー」
タンポポさんら芝狼は特にスライムの恩恵が大きいのだろう。彼らにとって大地の栄養はそのまま自分達の生存に直結しているのだから。
自分は再び赤いスライムさんの方を見る。
「それにしてもこんなに数を増やすと、かえって他の魔物の目に触れてしまうのでは?」
『うん、とっても大変。色んな魔物に襲われる。でもこれだけ増えれば、少しくらい減っても大丈夫』
「……そ、そうなんですか……」
『私達は一匹でも居ればまた増えることが出来る。だから数が大事。誰かが死んでも、私達はみんなで一つだから悲しくない』
……スライムさんの群れとしての考え方、価値観は、ゴブリンさんや芝狼さんとは全く異なるのだろう。
蟻や蜂のような社会性昆虫に近いのかもしれない。
群れ全体で一つの生き物なのだ。
『それにここ最近、とてもいい栄養を土から吸収できたから、こんなに増えることが出来た。数が増えてとっても嬉しい』
「……とてもいい栄養?」
『うん。ここから少し離れた崖の下を通った時に、とてもいい栄養を含んだ土があったの。近くに芝狼の群れが居たから怖かったけど、これだけ数を増やせるだけの栄養が手に入ったから幸運だった』
「……」
どうしよう。
スライムさん達の大発生の原因、心当たりがありすぎる。
ひょっとしなくてもそれは自分が芝狼さんらにシャワーしたプロテインの効果だろう。崖の上からのシャワーしたから、どうしたって芝狼さんたちだけでなく地面にも注がれてしまったのだろう。
それをスライムさんらが吸収したと。
彼らが流暢に話していた理由もこれで判明した。
既にプロテインを摂取していたのだ。
「……あのー、彼らを保護するというのはどうでしょうか?」
ここまで増えた原因が自分にあるとなると、このまま彼らを放っておくのはあまりに良心が痛む。
「流石にこれだけの数を洞窟に入れるのは難しい……」
「ですよね」
ホオズキさんは難しい顔。
それはそうだ。
だって芝狼さんらと違い、スライムさんらを保護するメリットはなにもないのだ。
……いや、待てよ? 本当にメリットはないだろうか?
「ホオズキさん、洞窟の周辺には傾斜地がたくさんありますよね? そこに彼らを住まわせてはどうでしょうか? ひょっとしたらとてもいい恩恵をもたらしてくれるかもしれません」
「……どういうことだ?」
ホオズキさんはよく分からないという風に首をかしげている。
自分としても、正直これが上手くいくとは考えていないが、とりあえず提案だけはしてみよう。
「――彼らに協力してもらい、農耕を初めてみてはどうでしょうか?」
スライム農業。
果たしてそれが上手くいくのかは分からないが、これが成功すれば三者三様にメリットがある。
やってみるだけの価値はあるはずである。




