ジュール、マルタの街に繰り出す①
宿屋の一室で自称ヴァンパイアの2人が話し込んでいた。
「自分自身に話しかけてるってのは不思議だけど、外ではあくまで兄弟、って事で話をしてよね、リカルド。」
「当然だな、ジュール。お前は俺で、俺はお前なのだから、理解してる。俺の物はお前の物だし、お前の物は俺の物だ。【マスター・アバター】であるジュールの権限が上だがな。」
リカルドはアイテムボックス互換取り出しの事を言ってるんだろう。
これが本当の自問自答か?
自分でやってて可笑しな気もするが、うっかりどちらかが忘れる、という事も考えられる。
「それよりも、俺は宿を出るぞ?2人部屋を取って、口説いた相手と同衾するくらいなら宿の主人は何も言わないが、入ってきた覚えもないお前が部屋から出てきたら訳が分からんだろ?とにかく俺の【オート・コンパニオン】を解除して俺の【アバター】を選択しろ。そして今の宿屋を引き払って、人目の付かない適当なところで【オート・コンパニオン】にしてくれ。あとはだだっ広い所を探すか作るかして『拠点築城』する。」
「はいはい。道中、仲良くなった女の子達に君が捕まらなければね、、、」
【オート・コンパニオン】は安全なファスト・トラベルポイントなら何処からでも選択して発生させる事が出来る。
その為の『拠点築城』なのだが。
そして宿屋を引き払ったリカルドは裏通りに入り、【アバター】を解除した。
今の僕は金髪以外はリカルドに瓜二つだ。
デフォルトのスキンはリカルドと被るから、変更して豪華なファーの付いた魔狼の毛皮で作られたジャケットに焦茶のシャツ、紺のパンツに金色のバックルが主張する革ベルト、クリーム色のショートブーツという出立ちのスキンにした。
『クラファリオン』のレジェンダリー・アバターのスキンはハイブランドの有名ファッションデザイナーがコラボして手掛けていることもあり、色の変更も可能だ。
武装は風の舞と氷の貴婦人の2本の和魂洋才といった体の脇差しだ。
どちらも美しい波紋が煌めいていて、『クラファリオン』ではあまり見掛けない日本刀ならではの刀身だろう。
ワイルドな風体になったけど、僕自身は目立つ生活をしたい訳じゃない。
「さて、設定だと僕は兄の魔法研究を手伝い、薬草や香を不定期に売っているんだったかな?仕方ないけど、一度街を出る必要性があるな。その前に宿を取って、ギルドに顔を出して登録、依頼を取って街を出て、適当な時間になったら戻ろう。」
そして裏通りを出て宿屋を探そうとした瞬間に女性に声を掛けられた。
「あ!リカルドじゃん!丁度良かった、少し暇してたから付き合ってよ!」
「ん?あなた誰ですか?」
彼女はカレンの知人であるセラの更に知人、リリーだ。
近くの雑貨屋で働く娘で実家暮らしだが、親が商業ギルドの役員でお金持ちで、生活に余裕がある。
蛇足だけど、『クラファリオン』では恋愛に関しては大幅な自由度がある。
相手が男子禁制の神職だろうと、人妻だろうとお構い無しにナンパと同衾を迫れる。
彼女もリカルドとワンナイトどころか何度も逢瀬を重ねた仲でもある。
今のも実質買い物に付き合わせるのにかこつけた夜のお誘いだろう。
最近、マルタではリカルドと一夜を過ごしたい女性が増えていて、ナンパをしなくても初対面の女性を仲間に出来る通知が届く事がある。
「あれ??リカルドじゃない?でもその顔は間違いなくリカルドよね?」
リリーは未だに僕の事をリカルドだと思ってる。
「兄さんの友人みたいですね。僕は弟のジュールです。初めまして、君は?」
「へあっ!?あたしはリリーだよ。良く見なくても、髪の色が違うし、話し方も違うから、やっぱりリカルドじゃないんだ、、、でもま!これもお兄さんと知り合った縁だし、仲良くしようよ!よろしくね!ジュール!」
僕は結局予定していた宿探しを後回しにしてリリーと買い物に繰り出した。
こっそりウィンドウを展開して、ファストトラベルポイントで兄さんを【オート・コンパニオン】状態にしておいた。
きっと明日あたりに戻るだろうから、僕はさっさと用事を終わらせなきゃ。
リリーはあれこれ買って僕は荷物持ちだ。
僕はアイテムボックスがあるから手ぶらだが、何故かリリーに片腕をがっちり組まれてる。
「そろそろ昼食にしたいけど、その前にリリー、宿を取りたいんだ。今日中にギルドに登録して薬草採取にいかなきゃならないんだ。」
「そうなの?早く言ってくれれば良かったのに。じゃああたしの一押しの宿屋、『夕霧亭』なんてどう?」
「今から探すのも大変だから、案内してくれると助かる。」
リリーに案内された『夕霧亭』は然程目立たず、若干の薄暗さがあるが、それでいて上品な雰囲気があった。
心なしか若い男女が入っていく宿にも見えるが。
「ジュール、ギルドに行くんでしょ?悪いんだけど、あたしの荷物、2人部屋取るから置いててくれない?多分あたしの方が先に来るかもだけど。夕方になったら取りに行くから。早く昼ごはん食べましょ?」
なんとなく様子を察した僕は返事をした。
「分かった」
買った物を大量に宿屋の一室に並べて鍵をかけ、近くのレストランのテラス席で昼食を取る事にした。
「ねぇ、リカルドは魔法の研究をしてるって言ってたけど、具体的にはどんな内容なの?ていうかこれって聞いて良いのかしら?」
「問題無いよ。僕と兄さんは光属性と闇属性の関係性について調べているんだ。僕は自分の仕事、薬草の販売とか香の販売があるから、そんなにのめり込めないかな。」
ホントはダラけたいだけです。
「雑貨屋の娘ごときには難解だったみたい。それよりもあなたの売り物の方が興味あるわ。」
「それなら、お近付きの印に、これを。」
僕はアイテムボックスから、アロマ香と香立てを取り出してプレゼントした。
炊いて使用すると睡眠・休息時にステータスボーナスが付き、リラックス効果があり、多幸感も得られるものだ。
日本だとちょっと非合法な草も入ってるかもしれない。
「わぁ!パッケージもオシャレなデザインで、とても良い香り!大事に使うね?それにしても、上品な仕上がりだし、売ったら人気あるかも・・・」
リリーがボソボソ言い出したところで、僕はテーブルにお金を置いて席を立った。
「ご馳走様。名残惜しいけど、もう行くよ。」
「引き留めて悪かったわ。気を付けて、また後でね?」
僕はリリーと別れ、冒険者ギルドへ向かった。
ギルドでは男達に絡まれる事はないが少し睨まれ、僕をリカルドだと思い声をかけようとする女性達が戸惑いの表情を浮かべた。
「すみません。冒険者登録お願いします。」
「ひゃ!?ひゃいっ!?リカルドさん!?じゃないっ!?しょ、少々お待ちくださいっ!!」
受付嬢はテンパりがちなミミだ。
赤毛で褐色肌、笑顔で元気だが、ケアレスミスが多いのだ。
僕がいつも会う時は仕事中だからなかなか攻略出来ない女性だ。
無事に冒険者ギルドの登録が終わり、出ようとすると厳つい筋骨隆々の男に前を塞がれた。
「何か用かな?」
こりゃ、テンプレ的な展開か?
「よぉ、お前、あの黒いコートのリカルドって奴の兄弟だろ?」
「だったら何だい?」
「少し耳を貸してくれ」
厳つい男は小声で僕に耳打ちした。
「ウチのボス、って言っても分からんか。色街の娼館『アイズ・オン・ミー』の女主人、ジェシカ・カナリアが、噂のリカルドを一目見たいって言ってる。必ず遊びに来させてくれ。」
「あ、あぁ!必ず伝えるよ。」
何かと思ったらボーナスイベントだったか。
後で必ず行くとして、早くしないと日が暮れてしまう。
「門を出たら直ぐにファスト・トラベルだ。」