なりたいものに、なれたら良いのに
誰しも思い浮かべるはずだ。
なりたかった理想の自分。
強い身体、美しい容姿、明晰な頭脳。
でも産まれながらにして人の歩める道というのは凡そ決まっている。
僕の場合は派遣社員という、なんとも半端な道だった。
現代社会版の奴隷みたいなものだ。
大手の企業に就職出来れば平民、零細企業の下請けやバイトなどは低層民という扱い。
こんな状況じゃ物価高で食べていけないからSNSでチャンスを掴む為、目立つのに必死になって仲間作りをし始めて、闇バイトに手を出して破滅する奴もいる。
そんな人達を尻目に僕はVRMMOに励んだ。
幸運なことに僕は公務員の父親が競馬で一発当ててくれたのと、仕送りのおかげでやりたかったVRゲームをさせてもらえている。
購入したソフトはファンタジー要素を盛り込んだバトルアクションRPG『クラファリオン』だ。
アバターのクリエイト画面で1時間は掛かるので、なかなかチュートリアルに進めないし、チュートリアルもバカ長いのに面白い、とんでも超大作である。
アパートの一室で、他の同級生が食べるのに困って刑務所に入ったり、必死になってテック・トックやムーチューバーとやらになってるのを、『毎日自分を配信しないと死んじゃうの?疲れない?』って思いながらスマホを机に置き、ゴーグルをセットしてコントローラを握る。
ある意味、なりたい自分になるというのは、別の人間になろうとするくらい、突拍子もない事なのかもしれない。
長い努力無しで筋肉は付かないし、それが自信に繋がるかは分からない。
背はもう伸びないし、女の子にはなれない。
整形無しでイケメンや美女にはなれないし、伝説的な俳優にもなれない。
お金だって媚びるか、推されるかでしか稼げない時代だ。
なれないものを、人は追いかけるのかも?なんて事を考えても無駄か。
「さぁてと!今日もなりたい自分に、なりますかね。」
そして僕はゲームを起動した瞬間、現世から消える事になった。