3.第2の危機
「ふわあ……ここに来るのは初めてだなあ」
リスノスケを乗せたドローンは小さな湖に着きました。
遠くの樹上からはよく見ている馴染みの湖ですが、実際に来たのは初めてです。
「……ちょっと怖いな」
ドローンが湖に近づくまでは良かったのですが、底の見えない水上を飛んでいると怖くなってきました。
「ま、まあ、ボクだって泳いだことはあるし。もし落ちても……あ!」
水面には時々魚影が映っていたのですが、突然一際巨大な魚影が浮上してきたのが見えたのです。
リスノスケなど一口で丸呑みされてしまいそうな大きさです。
「さっきのイタチより大きいんじゃないの?」
リスノスケは緊張でブルリと身体を震わせます。
◇◆◇
その頃凜乃輔もその魚影をカメラ越しに見つけていました。
「え?錯覚とかじゃないよね?1メートルくらいない?あんな巨大魚いたの?」
それほど大きな湖ではないことは予め知っていたのでこんな大きな魚が見られるとは期待していなかったのです。
「せっかくだしもうちょっと近くで撮るか」
◇◆◇
「チャアアアアア!?だからなんでー!?」
何事もなく通り過ぎてほしかったリスノスケの願いと裏腹にドローンはどんどん巨大魚に近づいていきます。
そしてその頭上に差し掛かろうとした瞬間、
バッシャーン
と水しぶきを上げて巨大魚がドローンに飛びかかってきました。
巨大魚は以前から水面近くに飛んでくる小鳥などを襲って食べたことがありました。
凜乃輔のドローンは小鳥というには随分大きいのですが、そんな些細なことにはお構いなく巨大魚はドローンに噛みつこうとしたのです。
しかし、凜乃輔は水面よりかなり高い位置で再び上方にターンしましたので巨大魚の攻撃は届きませんでした。
陸上ならともかく、湖底にドローンが沈められては回収できないので凜乃輔も用心したのです。
ただし、リスノスケは無事とはいきませんでした。
「チャアアア!?」
巨大魚が跳ね上げた水しぶきを被ってびしょ濡れになってしまったのです。
それでビックリして凹みの縁から手を離してしまったリスノスケの身体はちょっと加速しだした機体の上をツツーと後ろ向きに滑り出しました!
「チャ!あ、あぶない!す、すべ、すべる!」
咄嗟に機体の中程の凹みの淵を掴んで止まります。
下では巨大魚はドローンを追ってくるでもなく、ゆっくりと大きな円を描くように泳いでいます。
そしてまたバッシャーンと水しぶきを上げてドローンに向って跳び上がります。
「チャアアア!?早く逃げてー!」
地上と違って跳びおりるという選択肢のない湖上のドローンの上で、リスノスケは身を縮めて必死に祈るのでした。
◇◆◇
そんなリスノスケの願いを知らない凜乃輔は巨大魚の上空を飛ぶようにドローンの操縦を続けていました。
時折少し高度を下げると巨大魚は水面から少し飛び出して襲いかかろうとしてきますが水しぶきがかかるだけでドローンには届きません。
「さすが防水仕様。最初に水被ったときはあせったけど大丈夫そうだね……あれ?」
カメラには水中に潜ろうとする巨大魚の姿が映りました。
「もう諦めたかな?」
◇◆◇
巨大魚は諦めたわけではありませんでした。
むしろ闘志を燃やしていたのです。
これまでも水上を飛ぶ小鳥や虫を捕まえようとして逃がしてしまったことはありました。
しかし、その場合の小鳥や虫たちは遠くに逃げてしまうので巨大魚もすぐ逃がしたことを忘れてしまったのです。
ところが今回のドローンは巨大魚をからかうように頭上を飛び続けています。
巨大魚の怒りは頂点に達していました。
『許サン……許サンゾ……』
巨大魚は怒りと本能のままに一旦水中深く潜りました。
そして反転し、全力で真上に向って泳ぎドローンに向って飛び出したのです!
ザッパーン!
しかし巨大魚は怒りのあまり目測を誤ってしまっていました。
その突撃は当たらず、巨大魚は腹側を向けてドローンの前に飛び出し、その口先がドローンから数十センチ上に達し、運動エネルギーを失って静止した瞬間
ボンッ
と巨大魚はそのお腹にドローンの衝突を受けてしまいます。
『グエ……』
一方、巨大魚に衝突したことで急ブレーキが掛かった機上にいたリスノスケはその衝撃で手を機体の凹みから離してしまいます。
そしてリスノスケの身体は水で滑りやすくなった機上を、先程とは逆に機首に向かってツツーと滑っていきます。
「チャアアア!?」
リスノスケは巨大魚にぶつかる寸前、咄嗟に機首近くの凹みの縁を掴んでブレーキをかけます。
が、しかし減速しきれずくるんと身体が反転してしまいます。
反転したお尻がピシャンと落下途中の巨大魚の顎下に当たった瞬間
「チャア!」
ピシャーン!
リスノスケは反射的に脚で巨大魚の下顎を蹴って反動をつけ、ツツーと滑って元の機体中央まで戻ると今度こそしっかりと凹みに手を掛け身体を固定しました。
下からはバッシャーンと巨大魚が水中に落下する音が聞こえます。
巨大魚とぶつかってバランスを崩しかけたドローンは体勢を立て直し今度こそ巨大魚が絶対届かないところまで高度を上げます。
「チャ。今回も助かった、のかな?ここまでなら届かない?」
湖面をのぞいてリスノスケがつぶやきます。
実は巨大魚はもうやる気を無くしてました。
この湖のヌシのような存在になって数年。
最近は捕食の際に最後の抵抗をされるくらいで攻撃を喰らうことなどなかったので、リスノスケに顎下を蹴られたのが結構ショックだったのです。
もちろん視界の外からの攻撃なので誰に何をされたかよくわかってないのですが。
『今日ハ、モウ、寝ヨウ』
と巨大魚は湖底に潜ってしまったのでした。
◇◆◇
「うわー危なかった。舐めちゃだめだよなー、気を付けないと」
凜乃輔はドローンの高度を上げ、湖上空から出るようにドローンを操縦していました。
「あの巨大魚にぶつかったとき魚以外になんか見えた気がしたんだけどなあ……?」
実は巨大魚を蹴ったときのリスノスケの脚や尻尾が写っていたのですが近すぎてなんだか分からない画になってしまっていたのです。
「気のせいかな?ま、帰ったら解析してもらうか」