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案内係の侍女についていくとどんどんと王宮の奥深くへと足を進めていく。
来客の多いエントランスや謁見の間、パーティーホールなどから遠ざけているというのはわかるが、部屋に近づくと異様な雰囲気を醸し出していた。
それは、きっとうつくしい調度品の多い綺麗な廊下には似つかわしくないひび割れや、小さな小石が転がっているからだ。
周りは空室が多いようで、一つの扉をのぞいては開け放たれている。
しまっているその扉もなんだかがたついていて、この空間の異様さを物語っていた。
侍女が扉を怯えた様子でノックして、それからすぐにドンッという音が響き渡る。
「ひぃっ、ミオ様お、お客様がお見えになっておりますっ。私はこれで」
そういって侍女はそそくさと去っていく、その様はあからさまに怯えている様子で、足早に去っていく背中をイーディスは嫌な予感を感じながら見つめた。
……話を聞いた時点で苛烈な性格だとはわかっていたけれど、これは、怒りっぽいというよりも、危険人物の方がしっくりくるような……。
考えつつも、もう一度ノックをしてからイーディスは扉を開いた。
危険人物だとはわかっていても、何度も説得をしていると言っていたダレルたちは無事な様子だった。
急に命に関わる重傷を負うことは無いはずだろうと考えて、部屋の中に入る。
中は、カーテンが半分ちぎれて床に落ちていて、そこら中にこぶし大の石が転がっているという荒れ具合で、こちらを見つめて威嚇する猫のようにらみつけてくるのが聖女ミオらしかった。
黒い瞳に黒い髪、それだけではなく迫力のある美人だ。まだ幼い顔立ちをしているが、これは将来外を歩くだけで男を黙らせるほどの女性になるに違いない。
「また、この国の為に働けってお説教しに来たの!? いい加減に一人にしてよ! どうせ元の世界に帰れる方法見つけてきてくれたわけじゃないんでしょ?!」
怒りをあらわにしてミオはイーディスを怒鳴りつけた。それにびりびりと鼓膜が揺れる。
彼女はとても興奮している様子で、人が来ただけですぐにこの反応ということはよっぽど追い詰められているのだと思う。
「出てって!! もう私に関わらないでよ!! 誰だか知らないけど、どっか行って!」
拳を握って叫び、彼女がぐっと顔をしかめると、すぐそばに魔力でできた岩石が生成される。意図的に魔法を使っているのか、それとも感情の高ぶりから無意識に攻撃しようとしているのかは区別がつかない。
その岩石はビュンと飛んでイーディスのすぐそばを通り過ぎ、ガンッと扉に当たる。ノックした時の音の正体がわかって、イーディスは少し納得した。
「貴方たちの話なんて聞きたくない!! 召喚だか何だか知らないけどこんな国、滅んだらいいのよ!!」
大きな声でそういう彼女に、どうしたものかと考えつつ、そういえばルチアも昔こんな様子だったと思い出す。
彼は、魔獣の売買をしている商会から国王に献上された、珍しい魔獣だった。
空を飛ぶ鳥類の魔獣、それも賢いカラスの魔獣なんてそうそう捕まるものでもないし、とても価値のある品物だった。
それを珍しいからという理由だけでウォーレスは、ダレルに強請った。
しかし、貰い受けても最初だけはお世話をして、後は小さなケージに入れて魔力も与えずに飽きて興味もなくなったのか、布にくるんでそのままクローゼットにしまった。
誰か侍女に下げ渡すなり、世話をしてもらうなりすればよかったのに、無かったことにするように、閉じ込めたまま放置した。
ウォーレスの部屋に行くたびに弱々しく鳴くルチアの声が聞こえてきた。そのたびにそれを鼻で笑うウォーレスにイーディスはたしかに怒りの感情を覚えた。
魔獣は魔力さえあれば、栄養が足りなくても生きることが出来る。しかしそうして生きていられる分、死なずにずっと暗闇に放置されて飢餓に苦しみながら生きる羽目になる。
それをわかっていてそうしているウォーレスに、文句こそ言わなかったが、イーディスはウォーレスにお願いして言い値でルチアを買い取らせてもらったのだ。
その時、初めて檻を空けた時のルチアも同じように手負いの獣みたいにイーディスに襲い掛かってきた。
……その時は、どうやってルチアを落ち着けたのだっけ。
「出ていって!! 私は国の為になんか動かないんだから!!」
くちばしでイーディスをつつきつつ、なけなしの魔力を使って風の魔法をあやつり攻撃してきたルチアに……たしか、謝罪をしてとりあえず空に返したのだった。
血みどろになったけれど、それが一番、いいことだと思った。
元から野生で生きていたのだから、大空を飛びたいだろうと思った。
それからせめてもの償いに窓辺に毎日、食事を置いておいた。するといつの間にか戻ってきてイーディスの使い魔になっていた。もちろん買い取ったからには愛情も持って育てている。
「人をこんな場所に閉じ込めて!! 何が聖女よ! なにが魔法よ!! ふざけんじゃないわよ!! 誰が協力なんてするか!!」
叫びながら彼女は泣いていて、振り乱した黒髪は顔にかかっていて酷い様子だ。
……でもこの子は動物じゃないもの、話が通じる。
急に外に出しては、元々この世界の子ではないのだから危険があるかもしれない。
そうすることは出来ないけれど、そもそもまったく何も知らないまま、ここですべての話を決めようというのは無理があるのだ。
「……始めまして、ミオ」
「帰してよ!! 家に帰して!! できないならもう自由にさせてよ!!」
「嘘を言いたくはないから、言うけれど、召喚された聖女が元の世界に帰った事例は一つもないの。ごめんなさい」
「じゃあ見つけてよ!! こんな風にかってに攫って来たんだからできるでしょ!!」
「こちらの人間が貴方を呼び寄せたわけではないわ。女神さまの導きが……ミオを……選んでしまっただけ」
本来女神に選ばれることは名誉なことで、非常に幸運だ。それをこんな風に言うのは罰当たりだとわかっている、しかし、選ばれてもうれしくない人間はいるのだ。
それに今は寄り添いたい。
これ以上怒らせないように、イーディスはゆっくりと近づいた。




