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使用人に呼ばれてイーディスはエントランスホールに向かった。するとそこには、ミオ、デリック、ダイアナの三人がいて、妙な面子に首を傾げた。
「おかえりなさい。随分と早い帰宅ね……アルバートはどうしたの?」
イーディスがアルバートについて聞いたのは、つい今朝がた三人と共にそそくさと彼も出かけて行ったからだ。
だからてっきり魔法学園から連休の為に帰宅した彼女たちに連れまわされて、買い物でもしてくるのだろうとイーディスは思っていたのだが、帰ってきたのは子供たち三人だけ。
どこかで適当に置いてきたか、将又いない事に気がついていないのかよくわからなかったが、そうだったら流石にアルバートが可哀想だから聞いたのだった。
「兄さまは、姉さまの事を思い出の場所でまってるんだ!」
「そうよ、二人がお互いを慰め合ったあの場所で待っているわ!」
「そう!……えっとなんだっけ?」
「馬車よ! 馬車!ミオ」
「ああそうだった、この馬車に乗ればきっとその場所にたどり着ける、イーディス姉さん、さあ行って!」
変な語り口調で三人はそういって、変な決めポーズをとった。何がしたいのかまったくもって分からなかったが、学園でこうして保護者にサプライズをするのが流行っているのかもしれない。
……私をそれに巻き込むのはいいけど、アルバートは結局どこにいるのかしら?
「構わないけれど……アルバートと入れ違いになったりしないかしら?」
「しないって姉さまっ、今日は俺たちこの屋敷でずっと静かにしてるから」
「だから、早くいくのよ! お姉さまたちはこうでもしないと進展しないんだから!まったく!」
「イーディス姉さん帰ってきたら感想聞かせて!」
「ずるい、あたしも聞くわ!」
「俺も!」
三人はイーディスの言葉に口々に答えて、最終的にはこのサプライズの感想を帰ったら聞かせてほしいらしい。そうは言われてもこの場で承諾もできなくて、イーディスは「喧嘩してはダメよ」と彼らの事を子ども扱いして馬車に乗った。
すると彼らが言った通りに御者に行き先を伝えなくても勝手に、動き出して、ガタゴトと揺られて出発する。窓の外からは手を振っている三人の姿が見えた。
屋敷が見えなくなるまでは彼らの事を見ていたけれど、見えなくなってからは、どこまで行くのかわからずに暇になって、ぼうっとした。
それからこうして、休日になんだかよくわからない事にも時間を割けるようになって良かったと思う。
ジェーンの元から戻ってから、イーディスもアルバートもそれはもう忙しく働いた。
昔の文献を読んで正しく解読して、獣の女神の聖者の良い伝説を探し、その伝説を大々的に広げるために王族と協力し、イメージアップの絵画を描かせたり、楽師に曲を作らせたりした。
もちろん貴族たちに聖者の存在を伝えるために、開かれた宴で披露してあまりに持ち上げっぷりにデリックは恥ずかしいと連日言っていたが、そこまでしてやっと緩やかにではあるが、獣の聖者に対する恐怖心を取り除くことが出来ている。
それに、召喚された聖女の存在も大きかった。
召喚された聖女は普通の聖女よりも、より女神に近い神聖な存在とされることが多い、そんな彼女が獣の女神の聖者とこの国を導くなんていう都合のいい噂まで出始めて、彼らは学園で楽しい生活を送れている。
はじめのうちはお屋敷から通っていたが、今では完全に寮暮らしだ。だからこういう連休の時に帰ってきて屋敷は一時のにぎやかさを取り戻す。
今回の連休には、彼女たちが避暑地に遊びに行きたいというので、その予定を立てるために、急いで仕事を片付けたし、彼女たちもたまに帰ってきては熱心に手伝ってくれた。
それほど旅行が楽しみなのだと思う。
ちょうど明日からだったので、だからその買い出しにでもアルバートは付き合わされていると勝手にイーディスは解釈していた。
しかし違った様子で、こうして馬車に揺られてイーディスはどこかに向かっている。
彼女たちの考えていることはわからなくても、楽しそうな三人の笑顔を思い出すと、イーディスの方もなんだか嬉しくて、幸せだなと大袈裟な感想が出てきた。
しばらく馬車に揺られていると、王都の一等地のカフェテリアの前で止まった。
とまったからには降りてもいいのだろうと思い、扉を開けてもらって、降りてきょろきょろと辺りを見渡すと、そこは見覚えのあるカフェテリアだった。
あの時に咲いていた美しい花は今は青々とした葉をつけて、風に揺られて木漏れ日を落としている。
そのうちの一つテラス席に、座っている男性がいた。
彼は、なんだか大きなものを抱えている様子で、近寄ってみるとそれは巨大な花束だった。
「……アルバート、それ、どうしたんですか?」」
思わず聞いて、彼の顔を覗き込むといつもの困ったような笑みを浮かべてアルバートは「とりあえず座ってください、イーディス」と言う。その肩にはルチアが乗っていて、やっと来たかとばかりに「カァ」と鳴いた。
……いないと思ったら、アルバートについて行ってたのね。
考えつつも彼の向かいの開いている席に座った。今日はどうやら彼が貸し切っている様子で、この店にはイーディスとアルバートの二人だけしか居ない。
「……貴方は、あの子たちにはなんて言われてここまで来ましたか?」
「それは……アルバートが待っているからって」
「なるほど……」
彼は大きな花束を抱え直して、困った顔をさらに困らせたみたいな悩みに悩んでいるような顔をする。
その顔がイーディスは少し面白くて、くすくすと笑ってから、呼び出したのだから何か用事があるのだろうと考えてじっと待った。
……それにしても、この場所懐かしいわね。彼を呼び出して契約結婚を決めたのもこのカフェだった。
この呼び出しを誰が企画して、実際に、なんなのかはよくわからなかったが思い出にちなんでいる事だけは確かだろう。
しかしまだ結婚記念日でもないし、思い出として懐かしむには近すぎる。
どういう趣向なのだろうと考えて彼を見る。
彼は困り切ってから頬を赤くして、よしっと気合いを入れてイーディスを見つめる、アルバートの瞳は真剣そのものだったが、やっぱりどこか気弱で、ジェーンと対面した時以来、相手を威圧するような怒り方はしていない。やっぱり性に合わないのだろう。
「イーディス。俺は、ずっと貴方に助けられてばかりでした」
「……はい?」
何を言い出すのかと思えば、なんだかふわっとしたことを言い出した。
キョトンとしつつも聞いて続きを促した。
「それでも、貴方のおかげで変わることが出来た。貴方に結婚を申しこまれた時……俺は自分に求婚に応える資格がないといったのを覚えてる?」
聞かれて、深く頷く。もちろんだ、その時の彼の事はイーディスの記憶に深く刻まれている。なんせ初めてきちんとお互いを認識して出会った日だったから。
「今は、少しだけ、俺を助けてくれた貴方のおかげで、何とか上手くやれてると思います。……貴方の力になれる人間に……なれていると思います」
「うん」
「だからっ、俺と」
途中まで言ってから、どでかい花束を見て持ち上げてから、彼はうっと困った顔をしてイーディスと花束を見比べた。
もしかしてイーディスに渡そうとしてるのだろうか。
ムリである。凄くカラフルで素敵でかわいいがイーディスがつぶれてしまうと思う。
流石に無理かとアルバートも思ったようで、彼は花束を隣の椅子においてその中から一本の真っ赤なバラを取り出して、精一杯の優しい笑みを浮かべていった。
「俺と、恋愛結婚してください!」
「……」
…………恋愛……。
差し出された薔薇を見ながらイーディスはそう心の中で復唱した。それから長らく逡巡して、ふっと吹き出してしまう。
「っふふ、私たちはもう夫婦なのに、今更過ぎませんかアルバート。というかあの子たちの案ね。改めて告白だなんて」
「……わかりますか。……好意を伝えたいと言ったら、あの子たちすごく盛り上がってしまって、でも俺も後押しがないと上手く言えない気がして……」
……好意ですか。持ってくれていたんですね。
ジェーンの元から帰ってきてそれを疑ったことは無い、しかしそれでもはっきりと言われると、まったく違って、じんわりと嬉しさが心の中に広がっていく。
それから目の前にいる彼を見た。彼は、指先で薔薇をいじりながらも、やっぱり今更過ぎたかと少し残念そうにしていて、笑みを浮かべてはいるけれどそれでも、真剣な告白に対する返事が”今更”だったことに少し悲しんでいる様子だった。
それにイーディスは気がついて、イスに座り直して薔薇を持っている彼の手を取った。
それから「少し間違えてしまいました」と言う。
「さっきは咄嗟の事で笑ってしまったけれど、改めて返事を言っていいですか、アルバート」
真剣な顔で彼を見て、イーディスはすうっと息を吸った。それから、そのじんわりひろがった嬉しい気持ちをそのまま顔に出して、はにかんだ。
「……喜んで。アルバート。契約結婚はこれで終わりですね」
「! ……はい、これからは、貴方を幸せにするためだけに結婚を続けさせてほしい」
「私も、アルバートを必ず幸せにします。これからもよろしくお願いしますね」
そう言葉を交わして、イーディスは薔薇を受け取ったまま、どちらともなく初めてキスをした。
結婚してからそれなりに期間を過ごしていても、一度もしたことがなかったキスの味は春の始まりみたいに甘酸っぱくて、ついつい、イーディスも顔が赤くなってしまう。
それをなんだかすごく恥ずかしく感じて、困ったように笑ったのだった。
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