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馬車に入ってからすぐに、デリックはミオに思いきり抱き着いた。それはものすごく子供っぽいハグでおっきな犬に覆いかぶさられているみたいだった。
「……デリック、苦しい」
「ミオ……ミオ~」
馬車の背もたれにぎゅっと体を押し付けられて、ぎゅぎゅぎゅっと力任せに抱きしめられて、ギブアップだというように背中に手を回してタップする。
それでも興奮冷めやらぬ様子でデリックはぐりぐりとミオの肩口に顔を押し付けてそれから、離れて隣に座って、動き出した馬車の中で小さくガタゴト揺れながら言った。
「……ミオ、ありがと」
「何よ、改まって、別に大したことしてないじゃない。それより、貴方急に固まっちゃって私、びっくりしたんだから! きっぱり言ってやらなきゃダメよ!」
「……うん……でもやっぱり、って思っちゃって言い返すとか頭に無かった」
ミオがきつく言うとデリックはしょんぼりとしてそう口にして胸ポケットに入れていたリスの魔獣を手に出して指先で優しくなでながら魔力注いだ。
「やっぱり?」
「……親にも、ジェーンにも俺は普通には生きられないから、外に出たら皆にああいう風に言われて虐められるって言われてたから……やっぱりそうなんだって」
これまた予期せぬところで飛び出したデリックの闇深い過去に、ミオは流石にそれ以上、言えなくなったし、親にもそんなこと言われるだなんてつらかっただろうなと思ってしまう。
けれども確かに彼は少し普通じゃない。変なことを言うし、平気で噴水の水を飲むし。
「おはよ。さっきはごめんね」
「キィッ」
「うん。初めまして、俺はデリック。こっちはミオ」
……また、魔獣とおしゃべりごっこしている。
こういう所も含めて普通には生きられないと言われたのだとしたら、多少納得してしまう気もする。ミオは別に気にしないが、変わってると思う人もいるだろう。
「キキッ」
「そう。凄く驚いて、どうにかするためだったんだ」
「キキキッ」
「名前? カーティスと、リリアンと、ローラ?」
「キイッ」
「ありがと! これで姉さまに話をできる」
……?
ミオは正直ずっと心底不思議だった。
デリックはミオにとっては普通のちょっと涙もろくて多少情けない男の子だと思っていたが、どうしてそんなにみんな隔離したり、伝説だ何だと恐れるのだろうと不思議でならなかった。
「ね、ミオ。あの人たちに話を持ち掛けた貴族もわかるって、この子名前はどんぐりだって!」
「……どんぐり」
……猫に、お魚ちゃんって名付けるみたいなセンス……。
名前の癖が強すぎてミオは一瞬そちらに思考を持っていかれたが、すぐに気を取り直して、嬉しそうに笑みをうかべるデリックを見た。
彼は、口を開けて笑っていて、その薄く開いた唇から人間らしくないとがった犬歯がのぞいている。
喧嘩をしたときも魔獣の特性として魔力を敏感に感じてしまうからこそ、普通の人とは違う行動と主張をしていた。
ダイアナがきちんとそれを知っていたからよかったものの知らなかったら、二人してデリックは意地悪な子だと思っていたのかもしれない。
そういう配慮が必要なほどに、デリックは、人ではないものに近くて話が出来て、わからないまま拒絶して迫害すれば呪いの伝説が発動して大変なことになる。
その危うさにぞくっとした。皆ももしかすると、その恐ろしさに彼を見て気がつくのかもしれない。
「……ミオ?」
でも、心配そうにこちらを見ているその顔も思いも嘘じゃない。デリックはミオにとってやっぱりただの男の子だ。
「何でもない」
「なんだ。変なの」
彼がこの世界の人が恐れる様な子なのだとしても、自分は別にそう思う必要もないだろうと思う。
ミオの言葉にあっけらかんと笑ってどんぐりと嬉しそうに会話するデリックは、優しさを持っていて、分かり合える。それならば人と同じだ。
……デリックはデリック……それに私も私。
ミオ自身も普通ではない召喚者だ。普通じゃない同士ならそれが普通。
そこで考えるのをやめてミオは隣に座っているデリックに寄りかかって肩を預けた。
「疲れちゃったの?」
「うん」
気がついてそう声をかけてくデリックに応えるとふと肩の感触が消えて、座面に丸くなった狼が現れて、どんぐりがちょこちょこと移動して彼の頭の上に乗った。
『横になっていいよ!』
「……」
枕にしていいだなんて、随分太っ腹だ。こんなことしていいのかという気持ちもあったが、もう思考を放棄して彼に頭を預けた。もふんと柔らかい毛に頭が包まれて、お花畑のにおいがした。
……ああ、すっごくファンタジー。
声を出さずに笑って目をつむる。馬車の揺れが丁度良くて心地よかった。




