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ミオもデリックも二人とも段々と前向きに色々な知識を身につけ始めている。
ミオは元からそれなりに教養もある子供だったので、こちらの世界の常識を教えていけば覚えもよく、ダイアナにも魔法の事を教わって加護のある土の魔法も使いこなしている様子だ。
デリックは、ミオと初めて喧嘩をしたとき以降は、上手く女性に対するトラウマを克服することが出来ているようで、あの時は非常に肝を冷やしたが、あれ以降は子供たちは三人で仲良く魔法の勉強をしてくれている。
元から彼をフェルトン侯爵家が、一応貴族として育てているという体裁があったおかげか、今までもそれなりに教育も進んでいてアルバートも熱心に彼の教育をしてくれているので同じ年の子供と学ばせても、問題はないと思う。
ダイアナもそろそろ魔法学園へと戻る気持ちも落ち着いてきているので、彼女が戻るのと同時に、一足遅れてにはなるが魔法学園へ一年生として編入させる手続きも整ってきた。
学園は基本寮生だが、単位を取って試験にさえ合格すれば、進級卒業には問題がないので、入学してからもいつでもこちらに戻っても来られるようにサポートをするつもりだ。
ダレルにもそういった彼女たちの教育の進捗状況を伝え、貴族社会にはまことしやかに獣の女神の聖者、それから召喚された聖女の存在が囁かれるようになった。
根回しもうまくいっていると言っていいだろう。
ただ一つ、彼らをきちんと貴族として生活させてあげるためには、問題が残っていた。彼らではなく、おもにデリックの事だ。
……リンツバーク教会への介入はやはり王族側からは動きづらいのね。
ダレルから一番最近に届いた手紙を眺めながらイーディスはそう考える。
彼に直接会いに行って、話を勧めるということも考えたが、国王という立場は多忙であり、のんびりと行動をしていると、デリックとミオの年齢どおりの魔法学園編入は叶わなくなってしまう。
貴族としてきちんとお嫁に行ったり、爵位を賜ったりするためには汚点がないことが重要だ。
実年齢よりも遅れて魔法学園を卒業したとなると知能遅だと揶揄されたり、一生陰でそう笑われる可能性もある。
そんなことにならないために、ここ一年のうちに何とか話を纏めたい。
そう思ってはいるのだが、どうしてもやはり、デリックの獣の女神の呪いについて、明確な答えがないまま、彼を普通の聖者と同じように扱うのは難しい。
だから出来る限り早くリンツバーク教会へと介入しデリックの安全性について証明が必要だが、ダレルからの返答は思わしくない。アルバートの方からも自分が直接掛け合おうかという提案も受けているがそれが最善策とは思えない。
……ダレル国王陛下も早くの解決を望むような言葉を手紙に記しているし、私自身が動くほかなさそうね。
ダレルの手紙には二人の教育状況は素行が良好と聞いて、将来は王族派閥として重用していきたいという言葉も書いてある。
時間をかけて、リンツバーク教会を擁しているフェルトン侯爵家と交友を結んでいって情報を引き出す方法も悪くはないが、それではデリックの立場はずっと不安定なままだ。
デリックとミオが良い関係を結べているのなら、同じような進路を歩ませることが一番二人にとっていいことのはずだ。
……リンツバーク教会とは何度も手紙のやり取りをしているし、デリックの面倒をみていたダライアス司教という方にもコンタクトが取れている。
ここは少々、マナーを欠いてでも強気に出るべきところだろう。
そう結論付けてイーディスは手紙を丁寧に閉じて、引き出しにしまった。
もう夜も更けてきた、夜更かしは思考を鈍らせるし明日も明日でやることがたくさんある。卓上のランプの明かりを消して真っ暗になった部屋の中で手探りでベッドに入る。
すると振動で先に眠っていたルチアが目を覚ましたらしく、クッションを背もたれにして座ったイーディスの上にのそのそとルチアが膝の上に乗ってきた。
眠くなるまではこうして彼を撫でながら魔力を込めるのが日課だ。魔力は眠っているときが一番早く回復するので眠る前に魔力を使うのが効率がいいらしい。
「かぁー」
眠たいのかいつもよりも控えめに鳴く彼に答えるようにぽんぽんと頭をなでながらイーディスは魔力を込めた。
柔らかな毛並みは犬や猫のように脂肪のたっぷりある柔らかさではないが、慣れ親しむと羽毛の感触がなにより手触りよく感じる。
……そういえば、デリックの能力だけれど、獣の女神の加護として本来与えられているのは魔獣を使役することだったわよね。
彼自身が獣の姿になったりするので忘れていたが、本来の能力はいまだに一度も見たことがないと言っていい。
その使役する能力の副産物で魔獣との会話だったりするのだろう。
わからない事も多いが彼の問題が終われば一山超えたといえるだろう。
あの舞踏会の日に、アルバートに助けられてから突っ走るようにしてイーディスはここまで来た。
自身の事も身内の事も、毎日忙しくて疲れることもあるけれどとても充実している。
こんな充実感は、ウォーレスと結婚していたら、味わえなかっただろう。こうして契約結婚をしてよかったと思っている。しかし、アルバートはどう考えているのだろうか、お互いに元婚約者を見返すために幸せになろう。
そんな利用関係だけがあった関係性は変わっているだろうか。
その答えはイーディスの中にはない。けれども、乗り越えたその先に、元婚約者の事などどうでもよくなって今を見た時に、アルバートはイーディスをどう思うのか。
……不安半分、怖さ半分。ってところね。
自分の思いは自覚している。夫婦として始めは契約結婚だったけれども……それ以上の関係になれたら……なんて夢みがちな空想ね。
思考のなかだけでも幸せな未来を思い描けたら良かったのだが、イーディス自身、幸せな愛し合っている夫婦というのを身近で知らない。
両親も、自分自身もそうだったことがないので、どんな風にこれから進展していったらいいのか見当もつかなくて、静かに目をつむった。
ルチアを撫でながら、眠たくなるまでぼんやりとした理想みたいなものを思い描いて、夜の静けさに耳を澄ませて時間を過ごした。




