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二人に謝られてダイアナはキョトンとしてから、珍しく声を出して笑って「違うわ」と楽しそうに言った。
「お互いに、よ。あたしも二人には仲良くしてほしいもの。だからお相子ってことでね」
その言葉になんだか気恥ずかしく思いながらもミオはデリックに、ダイアナにしたように謝った。
その謝罪を受けて、デリックはソファーから立ち上がり、ダイアナの隣に座っているミオのそばまで来た。それから、見下ろしてしばらくした後、何故だか狼の姿になった。
『俺も、泣かせてごめん。凄くびっくりした』
「え、絶対、今私の方が驚いてる」
……そのまましゃべるなんて聞いてない。
それに、泣かせてごめんの後にびっくりしたとはどういう意味だろう。まったくわからないし、そもそもこんなアニメみたいに動物が喋っているのを見てているミオの方がずっと驚いている。
驚いて固まっているとデリックはあろうことかそのままフワフワした白銀の毛並みを靡かせて、すぐそばにきて上目遣いでこちらを見ながらぺろっとミオの手をなめた。
『兄さまたちに謝ってくる』
そういってチャカチャカと音を鳴らして歩く。それから器用に扉を開けてぴょんと部屋から飛び出していった。
「……?!」
その舐められた手を見てミオはまったく意味が分からなかったし、今のどういうつもりなのかという意味を込めてダイアナを見ると彼女は深く頷いて「わかるわ」といった。
「狼の魔獣なんてとっても稀有だもの、近くで見るとつい戦ってみたくなるわよね」
「……」
……イーディス姉さんは、姉さんで朗らかすぎるところがあると思うけど、ダイアナもダイアナね。
彼女たちは姉妹でもう少しお互いに似ていた方がいい気がすると思うのだった。
デリックが出て行った後、ミオとダイアナもイーディスたちの屋敷を出て、本邸の方へと向かった。ミオやイーディスの住んでいるお屋敷は、新しい夫婦の為に立てられた館で、本邸の方にダイアナの部屋がある。
本邸は少し年代を感じる作りをしているけれど、それでも廊下の隅から隅まで綺麗にしてあるし、住んでいる人たちがこの屋敷を大切にしていることがわかる。
階段を上がってしばらく行ったところがダイアナの部屋だった。中に入るとミオの部屋とは違って、華やかな様子ではなくシックな家具とカーテンをしていた。
「……お邪魔します」
「そこに座って少し待っていて、私が子供の時に使っていた杖を出すから」
「うん」
テーブルを指さしてダイアナはそう口にして収納になっているらしい扉を開いた。
ガサガサごそごそと、探している様子でその後ろ姿にくるくると広がった茶髪が揺れている。
……ダイアナの髪って凄くドレスに合う髪をしてる。
ミオもこちらの世界に来て、なれないドレスを着せてもらっているが、そのどれもが黒髪には似合わない気がする。それに比べてダイアナはカールが掛かっているので、華やかなドレスにもピッタリだ。
「あったわ!……これよこれ……懐かしいわね」
そうして後ろ姿を眺めているとダイアナがそう声をあげて長方形の箱を持ってミオと同じテーブルに着いた。
「お待たせ、ミオ。これを……貴方にと思ったのだけど……」
言いつつ箱を開いてから、なんだか彼女は少し機嫌が悪くなったような顔をして杖を手に取った。
「……ごめんなさい。貴方には似合わないわね」
その杖は簡単なつくりをしていて、先に小さな宝石がついているだけの簡易的なものだった。
正直なところ、杖なんて言うからにはただの枝だと思っていたので、ミオからすればなんでもいいのだが、似合わないと言われて、似合う似合わないが杖にあるのかと首を傾げた。
「今はもっと可愛い杖がたくさんあると思うから、お姉さまに頼んで買ってもらいましょう?」
「どうして? これじゃいけないの? ダイアナ」
可愛い杖じゃないといけない理由もわからなくてさらに彼女に聞いた。するとダイアナは珍しく少し落ち込んだ様子で言う。
「ミオは、可愛いのだから、可愛いものを持った方がいいわ」
……それではまるで……ダイアナが可愛くないみたいな言い方じゃない。
丁度先ほどまでドレスに似合うその髪も、宝石みたいな色をしている瞳だってうらやましいと思っていたのにそんな風に言われて、ミオは否定した。
「そうかな。ダイアナ、この杖だってかわいいし、私よりもダイアナの方が可愛いと思うけど」
「そんなことないわよ! よく人当たりのいいお姉さまと比較されて可愛げがないって言われるもの! それに部屋の趣味も女の子らしくないし、魔法も……」
「……うーん。でも確かに本当にイーディス姉さんと姉妹だったら私もそういわれていると思う。だってあの人凄く優しいから」
「そうなのよ。それに怒ったりしないから、すぐに舐められてお姉さまったら懐が深すぎるわ」
「っあはは。そうだね」
二人の会話は、最終的にはイーディスの事になり、あの人は一体何をしたら怒るだろうかと首をひねるぐらいには朗らかな人柄だ。だからこそ、アルバートのような夫を選べたのだろうし彼らは実際仲がいい。
優しい夫婦が守っている家だからこそのこの屋敷の雰囲気はミオは割と好きだったりするのだった。
「それに魔法のかわいらしさで言ったらアルバート兄さんが優勝じゃない? 私、ああいう魔法憧れる」
「水の魔法ね! 確かにあこがれるけれど、水の魔法の持ち主はどうにもハキハキしない所が引っかかって苦手なのよ、あたし」
「っぽいね。そんな感じする」
他愛ない会話をして二人でくすくす笑った。なんだかこういう友達と過ごすような時間は久しぶりに感じる。
イーディスだってもちろん優しくて話していて楽しいが、やっぱり年の差があるのでダイアナとはより気楽に話ができた。
「でもさ、私からするとダイアナもすごくかわいくて……フワフワしてる髪も宝石みたいな色の瞳も憧れちゃう」
「!……癖っ毛なだけだわ」
本音を言えば彼女は少し恥ずかしそうに自分の髪に触れて静かに言った。
「だから、ダイアナこの杖、貰ってもいい? ダイアナが使っていたものがいいの」
彼女が置いておいた杖の箱に触れていう。ミオの言葉にダイアナは少し驚いてから目を見開いて、ニコッと優しく微笑んだ。
「そこまで言ってくれるなら、貴方にあげる。でも本当に美人なんだからもっと素敵な物を持ってもいいと思うのよ?」
「えー? でもほら私も魔法かわいくないし、可愛くない子供だってよく言われてた」
「なにそれ、酷いこと言う人がいるのね、あたしだったら決闘を申し込んじゃうかもしれないわ!」
ミオが手に杖を持って手触りを確かめながら言うと、憤慨したダイアナがそんな風に返した。
それに、ミオは文句を言うとかではなく、決闘を申し込むんだと少し面白くなったが、たしかに肝の座っているダイアナならやりそうな気もした。
「それぐらい、ミオは可愛いのだから!」
「あははっ。ありがとう……ところでこれどうやって使うの?」
「ああ、そうね使い方を説明してなかったわ」
真剣に言うダイアナに、今度は少しミオの方が恥ずかしく思ったが大切に思ってくれているのだと感じて悪い気はしない。
杖の使い方を聞きつつも、ミオはダイアナとの時間に日々の疲れが癒されていくような心地を感じて、時にくだらない話をしながら楽しく過ごした。




