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一度部屋に寄ってから荷物を置いて、イーディスに屋敷の説明を受けた。それはとても丁寧な説明で、今日からでもこのお屋敷を我が物顔で歩けそうなほどだった。
少し疲れたけれど部屋に戻るとイーディスが手慣れた様子で、紅茶を淹れてくれて、いつでもベルを鳴らせば、部屋付きの使用人にお茶を淹れてもらえたり、軽食を準備してもらえるということも教えられた。
それから、二人で部屋に備え付けられていたテーブルで小さなお茶会を開いた。可愛い小さなお菓子が乗ったお皿が出てきてイーディスは丁寧な仕草で茶を飲む。
それを目で追って真似するようにしながら、お菓子を食べる。
「……」
「……」
ここ最近、食が細くなってしまっていたミオだったが、小さなお菓子を食べる手が止まらなくて、もくもくと口に運ぶ。それをイーディスは微笑ましそうに眺めていてしばらくは話し出すことは無かった。
ひとしきり食べてほっとすると、彼女はミオと目を合わせて「紅茶のおかわりはいかが?」と聞いてきた。
ふと見てみれば、自分のティーカップは空っぽになっていて、頷くと綺麗な水色の紅茶を注いでもらえる。
前の世界では別に好きな飲み物でもなかったのに、砂糖を二ついれてもらって飲むととても心が落ち着いたような心地になった。
「ミオ、改めて久しぶりですね」
「……はい」
少し頭を傾けてイーディスはそういった。さらりとした緩やかなカールのかかった茶髪が揺れて、一つに縛っているだけなのにとても上品に見える。
ミオ自身の髪は真っ黒でとてもじゃないが、垢ぬけているとは言えない。こういうお洒落な髪色には少しあこがれてしまう。
「こうして来てくれたということは、私とともに時間を過ごすことを選んでくれたのよね」
「……はい」
彼女の言葉に、色々といいたいことも聞きたいこともあった、しかしどうにも緊張してしまって、ミオはうまく返事できずに、小さな呟くような返答を返す。
それをイーディスは別に気にしている様子はなく、朗らかに笑って続けた。
「嬉しいわ。よろしくお願いします。……ところでこの部屋はどうかしら」
言いつつ、部屋の中に視線を巡らせる。それにつられてミオも視線を移した。
花柄のカーテンに大きなベット、壁紙は落ち着いた色だけれどお洒落で、ドレッサーだとか、キャビネットだとか、自分の家にはあまりなかったものばかりだ。
なのでどうかと言われても、なんとも返事をし難い、しかしカーテンが開けられて大きく開かれた窓からあったかい日の光が差し込んでいて広い空が見える。
お城の部屋は大きな建物が立て込んでいて日があまり入らなかったので、それにすごく好感を持てた。
「……窓が、大きくて……日当たりもよくて、それがすごくいいと思う」
「良かったわ。子供部屋はそうでなくてはね」
「……子供?」
当たり前にそういう彼女に、つい聞き返した。
ダレルやラモーナからはミオぐらいの年齢ならば、自分で自分の行く末を決めて、なんでもできる年ごろだから大人と同じだと言われていたので、イーディスがそう言うのに違和感を覚えたのだった。
「ええ、まだまだ育ちざかりだもの……もしかして、ダレル国王陛下やラモーナ王妃殿下に大人と同じ年頃だと言われましたか?」
「……うん」
「あの方たちは王族ですから、幼いころからずっとそう言われて育ったんです。対等に接しようと思った結果の言葉だったのかもしれないわね」
……えらい人たちだからっていう事?
言われてみて、なんだか想像がついた。こちらが混乱していても仕方ないという様子ではなく諭すようにずっとこうするべき、ああするべきだと押し付けてきた。
それが、そういう風に相手を見ていて、自分がそうされてきたからなんだと言われればそういう人たちだったのかと腑に落ちる。
「私は、まだまだ過ちも犯すし、急な環境の変化に対応するのは難しい年だと思いますから、サポートしたいと思っています」
「……あ、ありがとう」
「いえ、当然の事だわ」
イーディスは押し付けるでもなく、ただ当たり前のようにそう言ってそれから紅茶を飲む。
それにミオは、嬉しく思う反面、やはりどうしてもイーディスに対して不安な気持ちも抱いてしまう。
だって初めて会った時には、あんな風にしてしまったし、これからどうなるのかだっていまだにわからない。元の場所には帰れない。それは確定事項で哀しいけれど事実だ。
だからこそ、よく知りもしない彼女に良くしてもらってそのまま、受け入れられるほどミオの精神は安定していなかった。
「……これからのことを話しをするわね。まずは知ることから始めていくのがいいと思うの」
「……」
「ミオがどんな風にしたくて、どうこれからを過ごしていくのがいい形なのかを知るために、この世界の仕組みや仕事、貴方の立ち位置それらを教えられたらと思っています」
当たり前のように、こっから先の事を話すイーディスはとても親切そうで、このままうんうんと頷いてすべてをゆだねれば、少しは楽になれそうだ。
……でも、本当にそれでいいの? そうしたら私はなんとかなって、どうにかできて、それでなに? 結局お国の為に働くの?
こんな風にかってに呼び出して、勝手に私の人生を滅茶苦茶にした人の言う事をきかされるの?
イーディスはそれをするための懐柔策? 私を結局、いいように使いたいからこんな風にやさしくしてくれるの?
打算的であっても、それはミオにとってはいいことのはずだった。しかし無性に腹が立って仕方がない。
こんなイラつきをぶつけてばかりじゃあどうしようもない事を知っているはずなのに、頭の中がぐるぐるして、落ち着かない。
「基礎的な知識は、私が教えることが出来ますから、後は専門的な知識に興味が出てくればそれ相応の人物を家庭教師につけることもできるわ」
……イーディスは私を利用したいだけ? だからこんなにやさしくしてくれるって事?
何が正解かわからなくて、彼女の言っていることをうまく聞き取れない。
「ミオの進む道を決めるために、貰った猶予はそれほど長くはないけれど━━━━
「っ、まってよ!」
気がついたら大きな声を出していた。
それに、イーディスは目を見開いて黙り、何を思っているか聞きたいとばかりに少し首を傾けてミオに目線を送った。




