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 それからしばらく、イーディスはルチアを伴って昼食を彼の元へと運んだ。相変わらず反応はなかったがそれでも、この扉の向こうに臆病な少年がいるのだと思えば、声をかけるのだって楽しくなるというもの。


 キッチンワゴンの車輪をロックしてそれから、イーディスはノックをした。するといつもとは違い、部屋の中から物音が聞こえてきた。それから、扉がゆっくりと開く。


 扉の向こうにはあの日に見た大きな狼がいて、じっと見据えてその牙をガルルッと見せるのだった。


 それにおや? と不思議に思う。せっかく出てきてくれたのに威嚇されてしまった。


 こんな様子の狼の魔獣に出会ったら、イーディスだって黙って逃げ出すが、あの先日の彼の事を想いだして、なるほどと納得する。


 ……きっと私を怖がらせてやろうっていたずらね。

 

 そんな風に考えて「カァッ!」と抗議するように鳴くルチアを気にせずに「始めまして!」と握手をしようと手を差し出した。


 しかし、それに反射するように「ガウッ」とデリックは短く吠えてその手にバクッと食いついた。


「え」


 ぎちっと牙が肉にうずまって鈍い痛みを生み出す。


「っ、ゔ」


 咄嗟に手を引き戻そうと考えるが、皮膚が引きつってびくともしない。


 噛みついたままこちらを見つめているグレーの瞳には、魔力がともってキラキラとしていた。


 痛みに膝を折ってデリックの瞳と目を合わせてそのまま見つめていると「カァー!」と怒った様子でルチアが、デリックの顔に向かって激突した。


 そのまま爪を使ってデリックの顔をげしげしと攻撃していく。


 それに堪らず、デリックはイーディスの手を離して前足で自分の顔を守るようなしぐさをしたと思えば、人の体になり、適当なシャツに、スラックスというラフな格好の少年が現れる。


「っ、なんだよ! だから俺言ったじゃんっ、女の人、苦手だから会ったら噛むって!」

「カァ!」

「これでも我慢したっ!頑張ったんだって」

「カー!」

「わかってるって、兄さまにも怒られるっていうんだろ!」

「カァ!」

「でも、仕方ないじゃんか、打たれると思ったんだって、体が勝手にっ」


 強気にこちらをにらんで来ていたと思えば、ルチアがひと鳴きするごとにデリックの顔はどんどんと気弱になっていく。それに言っていることがなんだか闇深い。


 そして彼の言葉にルチアはもう一度強く「カァ」というとそれにデリックはそのグレーの瞳を大きく見開いて、ぐぐっと顔にしわを寄せる。


「なんだよ。そんなこと言わなくてもいいじゃんか。っ、俺だって悪いと思ってるんだって」


 それから、瞳にウルウルと涙がたまっていく、と思えばすぐに涙が零れ落ちた。


 ……涙もろいのは遺伝かしら。


 酷い痛みと不思議な光景に他に考えることは山ほどあったような気がしたが、イーディスは、アルバートの事を想いだしてそんな風に考えた。


 それに、髪の色や目の色は似ていないけれど、よく見てみれば顔立ちはそっくりだ。


 気弱な雰囲気がアルバートをほうふつとさせて、不思議と噛まれたという事実よりも彼が泣いているという事に思考が向く。


「カァ」

「そうだよ。ジェーンは俺に酷いことするし、兄さまにも同じようにしてた」

「カー」

「扇で打ったりしてくるんだ。でもずっと静かにしていれば、怒られないから」


 泣きながらもデリックはルチアと話をしている様子で、次から次に溢れてくる涙を拭っていた。


 彼らは話をしている様子だったが、イーディスにルチアの言葉はわからない。それでも黙ってここから去るのも違うだろうと思い、手で涙をぬぐう彼にハンカチをさしだした。


 するとそれだけで、飛び上がらんばかりに驚いてフワフワとしている彼の白髪が揺れた。


「……素手で目をこすったら、目元が痛くなるわ」


 言いながらその手を取ってハンカチを握らせる。それからデリックと何か話をして、どうやらイーディスと会うように説得してくれたらしい、ルチアに視線を向けた。


「ルチア、貴方ったら、やっぱり人間の言葉わかっていたのね」

「カァ」

「カラスは頭がいいと聞いていたけど、凄い事ね」


 ルチアの頭を魔力を込めながら撫でる。そうするとルチアは誇らしそうに胸を張ってぴょんぴょんっと小さく飛び跳ねる。よっぽどご機嫌だ。


 しかしやっぱり噛まれた方の手は痛む。見てみれば変な色に変色してきていた。


 ……参ったわね。自重するように言われたのに、また怪我をしたなんて言ったら、アルバートに呆れられてしまうわ。


 そう考えつつもハンカチをきちんと渡して、床に座り込むデリックに目線を向ける。


「改めて初めまして、デリック」

「っ……」


 名前を呼ぶととても警戒した様子で、目を見開いてこちらを見る。噛みついてきたときには多少なりとも怖いと思ったが、こうして人の姿をしていると表情が読みやすい。


 それに、アルバートに似ているのでどんな感情なのか理解するのも簡単だった。


「イーディス・オルコットよ。アルバートと結婚したから貴方の姉に当たるわ。これから一緒に暮らすのだから気軽に呼んでくださいね」

「……」


 顔を青くさせて、できるだけ小さくなるように肩をすぼめて猫背になりながら彼はイーディスを焦点が合ってない瞳で見つめた。


 イーディスに話された内容ではなかったが、ルチアとの会話で彼がアルバートと同じ境遇にいたのだと理解できた。それなら、やはり配慮は必要だ。


 彼にそうしたように、できるだけ優しくしようと思う。


「そのハンカチ、デリックにあげるわ。食事時に驚かせてごめんなさいね。ルチア、私はそろそろ行くわ、あまり、デリックをいじめてはだめよ」

「かぁ」


 イーディスが立ち上がりそう言うとルチアはいつもと同じように返事を返す。


 その返答は一体何と言っているのかイーディスも聞いてみたいと思ったけれど、それはもっと仲良くなってからデリックに聞けたらいいなと思うのだった。





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