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 デリックを迎えることにしたのはいいものの、ミオの件もありイーディスは忙しなく働いていた。


 彼らを受け入れるために屋敷の余っている部屋に家具を入れ、使用人の数を増やし、ダレルとマメに手紙でやり取りをした。


 ダレルはミオの件には当たり前のようにイーディスが面倒を見る為に教会への根回しを済ませてくれていたし、デリックの件について伺いを立てればイーディスの名前は使わずに、アルバートとダレルが、デリックの面倒を見ることになったという体で話を進めてくれるらしい。


 アルバート自身も精力的に動いて、仕事をこなしつつも体裁を整えて、着々と準備は進んでいった。


 そして難航すると思われてた、デリックの身元の確保は案外すんなりと終わり、ミオよりも先にオルコット侯爵家の若夫婦の屋敷にアルバートの弟デリックが住まいを移すことになった。


 先にやってきた彼とイーディスは、仲良くやるつもりでいた。


 しかし、デリックの事は任せてほしいと、アルバートはイーディスにデリックを会わせなかった。


 それはひとえにイーディスに負担を掛けたくないというアルバートの配慮であり、使用人に様々な面倒を見てもらえる貴族というのは、関わりたくないと思えば案外かかわらなくても生きていけたりする。


 しかし、それでも、家族とまではいかなくとも身内になる子供が寂しい思いをしてはいけない。


 アルバートはデリックを迎え入れるためにオルコット侯爵家が負担する金銭の穴埋めをするために魔法使いの仕事を増やした。


 魔法道具を作ったり、他の魔法使いと協力して大型の魔獣を討伐する立派な仕事だ。


 けれどもその分、デリックは部屋に一人、誰ともコミュニケーションを取らない日が続く。


 それは流石に子供の発達によくない。


 なので今日も今日とてミオの部屋を整える仕事を続けつつ、イーディスは、キッチンワゴンに昼食を乗せて、心ばかりのデザートを自作してから、デリックの部屋へと向かった。


 アルバートの部屋の近くに作ったその場所だが、今だにデリックは屋敷にやってきたその日以来、部屋から出てきてはいない。


 ノックをすると、イーディスの肩に乗っていたルチアも「カァ」と挨拶するように言う。


 その行動は、この部屋に来たときのみのもので普段は特にイーディスが誰の部屋を訪ねてもそういう事はしない。


 ……きっと獣の女神の聖者だからね。獣の姿をもっているだけではなく、魔獣を使役すると聞くし、何か特別な関係を感じているのかも。


 そんな風に考えながらも声をかけた。


「ごきげんよう、デリック、今朝はよく眠れましたか? 昨日はアルバートの帰宅も夜遅かったし夜更かししているのではないかと心配していました。あまり遅寝をすると子供の体にはさわりますからね、朝、きちんと起きられるように眠るのが大事ですよ」


 話しかけても返答は特にない、中から出てくるということもないので、少しは反応が欲しかったりする。


 しかし、それでもこれはイーディスの自己満足でやっていることだ。


 それに結果が伴わなくてもやるだけで満足だ。


 もしかすると部屋の中にいるデリックは、まったくイーディスに興味もなくて今日も真面目腐ったことを一言言ってから食事を置いていくおばさんが勝手に喋っていると思われているかもしれない。


 そうだとしたら、やっぱり少しだけ悲しかったけれど、そうではないかもしれないし、とにかく何でもいいのだ。


 ただイーディスは面倒を見るのが好きな人間だ。


「それではまた明日、デリック、冷めないうちに食事を食べてね」


 キッチンワゴンの車輪をロックしてイーディスはいつものようにそれを置いて部屋の前を去ろうとする。


 しかし、そこでルチアがばさりと羽ばたいて、ちゃっと音をさせながら銀製のワゴンの押し手に止まった。


「……ルチア、行きましょう。私たちも食事の時間だわ」


 そういって手を差し出すけれども、ルチアはその美しい瞳をイーディスに向けてキョトンとするだけで、イーディスの手に乗ってこない。


 普通のペットならばそこで捕まえるなり、動物の気まぐれを仕方なく思う所だが、ルチアはカラスの体をしているけれど魔獣で風の魔法だって操る凄い子だ。


 そんな彼がここにいるのだと主張してくるのならば、イーディスはそれを受け入れるだけだった。


「お腹がすいたら、私の元に来てくださいね」

「カァ」

「では、また後で」


 彼の主張に沿った言葉を言うとルチアは一つ返事をして、ゴキゲンに体を揺らした。


 それに、彼がこんなに機嫌がよさそうなのは珍しいと思いつつも、イーディスは部屋の前から去っていったのであった。


 しかし、廊下を曲がり階段を下りる手前でふと立ち止まった。


 ……もし、デリックが出てくるのだとしたら……気になる。


 このままダイニングへと向かって食事をとる予定だったが、ルチアがそこに残って、彼はデリックの姿を見られるのだとすると、うらやましく思ってしまう。


 なんせデリックはこの屋敷に来た時も大きなローブをかぶっていて、少年だということはわかっていたが、べったりとアルバートに張り付いていて、離れなかったのだ。


 だからまったく声を聴いていないし、顔も見たことがない。


 来たばかりの時には一緒に暮らすのだから、いつか見ることが出来るだろうと思って気にしていなかったのだが、こうして彼は部屋からまったく出てこない生活を送っている。


 そうなると一目だけでも、見てみたいと思うのが人の心というもので、盗み見るなんてよくないと思いながらも、一目だけ、と言い訳をしてほんの少し廊下の曲がり角から顔を出してみた。


「!」


 すると丁度良く扉が開いて中から彼が出てきているところだ。


 しかし、不思議なことにデリックぐらいの年頃の少年の頭のあるべき場所には何もなく、キッチンワゴンに止まっているルチアに鼻先を向ける立派な白銀の狼の姿があった。


 ……あ、ルチアが、食べられ、て、しまう。


 突然の事に、思わず彼の元へと向かおうかと思ったが、彼はれっきとした魔獣で、風の魔法だって使える凄い子だ。


 ここでイーディスが飛び出して驚かせてしまったら、それこそデリックもルチアも驚いて大変なことになるかもしれない。


 そんな考えが、イーディスの足をぐっとその場にとどめて、物珍しそうにルチアに鼻先を向けてスンスンと匂いを嗅いでいる狼、もといデリックをじっと見つめて、それからツンッ!と嘴でつついた。


「ヒャインッ」


 ……え。


 鼻を突かれてデリックはびくっと飛び上がり、子犬のような声をあげる。


 そして驚きそのままに後ずさって、足がもつれて廊下にゴロンと転がって、足をバタバタさせる。


 それから尻尾を丸めて、ガチャガチャと爪の音を鳴らしながら部屋へと入っていき、勢いよく扉が閉まった。


 ……獣の聖者が魔獣の姿になれるとしっていても、驚く気持ちと、ルチアに物理攻撃だけでデリックが負けたのに驚く気持ちが半分半分だわ。


 いや、別に、あんなに威厳がある姿で、嘴でつんとつつかれただけで逃げ出すような臆病っぷりがアルバートと重なってなんだかおもしろいとか思っていない。


 獣の姿を見られたのもうれしいし、何なら獣の聖者の神聖性を感じて少し恐れ多いが、それよりも妙な親近感を感じてしまう。


 全くの未知数で、イーディスの手に負えないとんでもない子だったらどうしようという気持ちもあったが今の一瞬で軽く吹き飛んだ。


 しかし、笑うのは悪いだろう。ここは、狼の魔獣という人間も襲う恐ろしい姿をしているデリックを恐れないルチアという相手が悪かった。


 そんな風に考えて、それでもやっぱりなんだか可愛くて笑みを浮かべて見ていると、ルチアがまた一つ「カァ」と鳴いた。


 すると恐る恐るといった具合に、扉が開いて、中から出てきたデリックが、姿を変えて人の形になる。


 そうすると初めて会った日と同じくらいの身長になって、その髪はさらりと白い白髪で、瞳もグレーの綺麗な男の子だった。


 彼は、何やらルチアに話しかけている様子で、またルチアが一つ鳴くと仕方なさそうにキッチンワゴンごと部屋の中へと連れていく。


 それにとっても不思議な物を見た気持ちになりつつ、イーディスはもうこれ以上ここにいても仕方ないのでダイニングに向かった。


 彼らはこれから二人で何をするのかと、気になるけれど、そこは想像できっと毛繕いでもするのだろうと補って、ほんわかした気持ちになるのだった。





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