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 最近はどんどん暖かくなってきているのでこうして夜に部屋着で外に出られるのはうれしい事だ。仕事の合間のリフレッシュにもなる。


「……」


 とめどないことを考えては、星を見上げてみたり、鼻歌をうたってみたりしてイーディスは彼が落ち着けるまでの間、すぐ隣にぴったりくっついて待ち続けた。


 そろそろ、退屈で眠たくなって来たころに、アルバートは落ち着いた声で、小さく「本当に申し訳ありません」とつぶやくように言うのだった。


「……少しは楽になった?」


 その声に背中をたたくのをやめて、イーディスは少し距離を空けて座った。こちらを見る彼は、まるで出会ったばかりのようにしょぼくれていて、可愛そうなほどだった。


 脅えた瞳は傷つけられるのを怖がる虐待された犬みたいで、安心してほしくて、イーディスは彼の大きな手を頬に当てて、持ち前の気さくな笑みを浮かべた。


 無害だとアピールしたつもりだったが、果たしてアピールできているだろうか、どうするのが正しいのだろうか。


「はい……イーディス」

 

 問いかけに対する返答がきちんと帰ってきて少しホッとする。先ほどの、怯えようは普通ではなかった。下手を打ったらそのまま走り出してどこかに逃げ出してしまいそうなほどだったのだ。


「……もう一度言っておくけれど、怒ってないわ。大丈夫よ、ただ話を聞きたいだけ」


 女性が苦手だと言っていたし、大方、元婚約者のせいだと思う。同じ結婚という枠にいる女性として彼には配慮が必要だ。


 先ほどと同じように丁寧に言って、手を離す。それから、アルバートのタイミングを待った。


「……申し訳ありません」

「何をしていたのか教えてくれる?」


 謝罪には頷いて、優しく聞く、すると彼は、言い淀んでぐっと眉間にしわを寄せた後に、両手を額に当てて顔を覆うようにしながらとても細い声で言った。


「ジェーンから、手紙が届いていて……今までは貴方とともにずっと過ごしていたものだから、気にしないようにできていたんですが、居なくなった途端に、どうしても……」


 その声はとても辛そうで、不憫に思いながらも続きを待つ。


「……今までジェーンに渡していた魔法使いとしての稼ぎを……弟の養育費の為に求められて、我慢できず街に向かいジェーンに……」


 ……つまりは、元婚約者であるジェーン・フェルトンに金貨を送ってしまったと……。


 思っていたよりも普通の事だ。あるあるだろう金の工面を昔の恋人に頼まれて、なんて話は誰にでもある。


 それに、子供がいて家計を圧迫していてお金が用入りなのにそうしてしまったというのなら怒りもするだろうが、お金はあるし、そんなになって謝罪することではない。


 本当の問題はそこではない。


 ……一応アルバートの家族構成は聞いていたけれど……アルバートは一人息子ではなかったのだっけ。


「?」


 イーディスの勘違いだろうか。間違えて覚えていた可能性もある。相手の家族構成を間違って覚えるなどいいことではないが無くはない。


 ……でも、その話を聞いたときに一応聞いた気がするのよね。バージェス伯爵家に跡取りがいなくなってしまう件についてはいいのかと。


 その時にも、アルバートはもともとフェルトン侯爵家の長女であるジェーンに婿入り予定だったから、爵位の返上は免れないと言っていた。

 

 弟がいるのならば、爵位返上などしなくてもいいはずだ。


 それに養育費というと、普通は両親が負担するものだろう。


 それをアルバートが請求されると断れなくて、なおかつジェーンがそれを請求してきているということはつまり……。


 ……例えば何かしらの疾患があって両親は息子と認めていないし、後継ぎにもできないが、どうにか彼を育てるためにジェーンを頼っている?


「……貴方には……自分が彼女の元から救われたくて話をしていなかったけれど、もう隠しきれません」


 ありそうな線を考えていると彼自身が説明してくれるらしく、そんな風に切り出した。


 空色の瞳は不安げに揺れていてまたぽたぽたと涙をこぼす。百面相で表情豊かな人だと思っていたが、よく泣く。そんなに泣いては目から水分が失われて、干上がってしまわないだろうか。


 そう思うのと同時に、部屋の中から漏れた灯りに反射して、彼の瞳が涙に反射してきらめくのがきれいに見えた。


「弟は、デリックと言って……イーディスには存在を伏せていました。わかってはいたんです。いつか、貴方に露呈してしまうと知っていました……」


 なるほどやっぱりその存在は隠されていたらしい。


 泣きながら弟の存在を告白するだなんて不思議な光景だが、笑ったりはしない。流石に何か深刻な事情があるのだろう。


 そう思って早とちりせずに聞いた。


 恐る恐るといった具合にイーディスの事をちらりと見る彼に、頷いて返す。


「俺の行動も、貴方にばれて当たり前だとわかっています。ただ、それでも、本当に耐えられなかった。勝手に夫婦の共有財産となるお金を使い込んで申し訳ありません。俺は……イーディスに捨てられてもおかしくないような隠し事をしたまま、結婚をしました。ただ、あまりにも貴方という女性と送る日々が平穏で、真実を打ち明ける日も遠くなってしまった」


 後悔しているなんてことは彼を見ればわかる。


 それに、なんだかもうすでにあきらめているようなことを言い始めた。


「いつかどこかでバレるとわかっていても、事情を説明せずに貴方の言葉に乗って自分だけ逃げだした。どんなに罵られようとも許されません」


 ……罵りませんけど……。


「そんなことをやってしまってから考えて、指摘された時、頭が真っ白になって、見苦しい所を見せてしまった」


 ……ああ、あんなに取り乱していたのは嘘をついた罪悪感からというのもあったのね。

 

「失望……するほど、俺は期待もされていなかったと思うし、それほどの男でもないと思いますが、とにかくは謝罪をと考えてました。しかし最終的には貴方の手間を増やしてしまって……本当にすみません」


 つらつらと自己嫌悪を繰り返して紡がれる言葉にイーディスは口を挟まなかった。


 どうやら、もう世界の終わりだと言わんばかりに、絶望している様子だし、ついでに問答無用で捨てられるつもりでいるみたいだが、それを否定する前に彼の話を聞いてやった。


 しかし、延々と謝罪を続けてくるので別の言葉で同じようなことを言い続ける彼に、頭がこんがらがってきたあたりでスパッと聞いた。


「それで、結局、何を黙って私と結婚したというの?」


 一番聞きたいことはそれだった。それがわからない事には何も言いようがない。


 真剣に聞くイーディスに思いつめた様子でアルバートは一度言葉を止めてそれから、俯いて小さくなって言うのだった。


「デリックは、獣の女神に魅入られて生まれた、聖者です」

「獣の……女神」


 ……というと、はるか昔にその力を失ったと言われている魔獣などの創造主である女神ね。しかし、魔獣の多いこの国ではまだその力は現役と言われている。


 そしてその女神にはある特別な曰くがある。


「破滅の呪い伝説に出てくる……あの?」

「そうです。弟は獣の形で生まれてきました」

「……」


 破滅の呪い……それは、昔から語り継がれているこの国の伝説の一つだ。


 ……うろ覚えだけど私も語り聞かせてもらったおとぎ話のような伝説だから覚えている。


 今からずっと前、今ほど人々が豊かではなかった時代。とある小さな村に獣の女神に魅入られた子供が生まれてきた。


 神との距離が近い神聖な子供であるが、人間の腹から生まれても獣の姿形を持っているため、心の貧しい村の人たちは、聖者を人としてではなく家畜として育てた。


 しかし、お告げとして女神からそれを教えられ怒った、獣の聖者は我を忘れて獣の女神の加護を使い魔獣たちを使役して村人を襲い、破滅をもたらした。


 それ以来、獣の女神の聖者には加護ではなく破滅の呪いが与えられている。


 迫害を受けたらそれだけの力を返す災いの呪い。


 だからどんな見た目であっても分け隔てなく接しましょう……そんな教訓話の為の創作の女神と聖者だと思っていたのだがどうやら、実在するらしい。


「村を滅ぼしたという逸話のある獣の聖者であるデリックの扱いに、誰もが困っていました。両親も、使用人たちも。そこで、この国で一番権威ある教会へと入れるということで話はまとまったんです」

「権威ある教会……なるほど、それでフェルトン侯爵家に婿入りする話が決まっていたのね」





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