造船
「造船か…」
「ん?どうした。気になるか?」
帰りの道すがら,つい口をついて出てしまった。
父は優しい口調だ。
「うん…」
生まれ変わっても造船がここまで身近にあるのは前世からの因縁だろうか。
「流石俺の子だ!ガングもいいって言ってたし明日も行ってみるか!」
グエンは嬉しそうな口調で目を細めながら話す。
造船が好きだったか,船が好きだったかと言われればそうでもない。
どちらかというと,車の方が好きだったし休みはずっとドライブして,
極力仕事,船の事は考えないようにしていた。
「あんた,無理強いはだめよ!」
俺の考え込んだ様子を否定ととったのかリエナが言う。
ガングはちょっと焦った様子で取り繕おうとしている。
「母さん,無理強いじゃないよ。ちょっと戸惑っただけ,お店のお手伝いもあるし」
正直言えば行きたい。何故だかわからないが,造船という単語で若干のホームシックを発動しているのかもしれない。
「そんなこと気にしたくたって大丈夫よ,ハワード。二人でもなんとかなるわ。」
ちょっと茶目っ気を出しながらリエナは答える。
「そうだぞ!それよりもお前が船にあんなに目を輝かせてくれたのがうれしいんだよ!」
「え,輝いてた?」
「ああ,初めて見たかもな!お前のあんな顔は!」
そういいながらグエンはニコっと笑って見せた。
そのあと家に着くまでは,両親が知るこの世界の船についていろいろと聞いた。
いわく,この世界の船は基本木造帆船あること。一部軍船や,貴族の持つ船は風魔法を使える魔法使いが乗っていて自然の風がなくても進めるようにしていること。大きくても,全長20~30m程度であること等々。
ワクワクしている自分がいた。それに戸惑う自分も。明日も行ってみることになった。
次の日,午前中はお店の手伝いをして,午後から行くことになった。
お昼ごはんを食べてから歩いて30分ばかし。
1人で行くものだと思っていたが,行き返りはグエンが付いてきてくれるらしい。
それもそうか,小学生ぐらいだし。
たわいもない話をしながら父と歩いているうちに造船所の門の前に着いた。
昨日は気づかなかったが,この造船所警備もなければ門もあけっぱだ。
こんなもんでいいのかなどと的外れなことを考えているとガングが歩いてきた。
毎度都合よく登場するものだ。
「よう!グエンと坊主!よくきたな!」
やはり声のボリュームはぴかいちだ。
「悪いんだが,任せていいか?」
「いいともよ!ぜってえ怪我はさせねえからよ!」
どうやら,二人の間で話はついていたようだ。
後で聞いたら,昨日の夜のうちに酒場で諸々詰めてくれたらしい。
「昨日は門の前だけだったから,今日は実際に船ができていくところを見てくか!」
いわゆる工場見学のはじまりだ。
ガングは実際の建造工程をなぞる様に歩いて逐一説明してくれた。
まず,船に使う木材を運び込む水切り場,前世と同じように船で運んでくるようだ。
次に,丸太を綺麗な木材にする製材所,製材所はかなり広く,木屑のせいで奥の方はかすんで見えるくらいだ。それでも一心不乱に削ったりノコで切ったりしている数十人作業員が見えた。水切り場になかった天井も,少し高くしっかりとした造りである。
製材所を奥まで歩いて,大きな扉から出ると昨日見た船が横から見えた。
最後,船台である。
海に向かって傾斜させた地面の上に転がる台を置く。
その上に船を造って,船が出来たら,台のストッパーを外して進水させる。
ガングの説明を聞いていたが,前世の船台と大差ないようだ。
ドックのように地面を掘っていないので,船の全体像をつかもうとすると自然と見上げる格好になる。まだ建造半ばなのか,マストなどは見えなかった。全長20mぐらいだろう。
…造船というより木工所だ…。第一の感想はそれであった。
というのも,作業服はおろか,ヘルメットの概念もないので,さっきから木屑で髪の毛とか手とかざらざらしっぱなしなのである。前世はヒューム(鉄粉に近い)というもっと危ないものよりはましかもしれないが。
そして,やはりブロック工法ではない。
しばらく眺めていたが,建物と同じで基礎となる竜骨や縦桁を作って,その上に柱を立てていく。
そして骨組みを作って壁を張る。
同時に床も張っていく。
大きな家を建てているようだ。
ブロック工法は,あらかじめ陸上側で一定程度の大きいブロックを作っておき,
船台上でくみ上げていく方法である。そもそも木造船でできるのか分からないが。
しかしこれはこれで面白い。
鉄のように火であぶってまげて,高電圧で鉄を溶かして繋げて,ガンガンと鉄を叩いて設置する世界とは程遠い優しい世界に感じた。
気づけば,もう夕方になっていた。
船台まで見た後は建造中だというのに船の中も見せてくれた。
ガングは危なそうなところを避けながら上手いこと案内してくれた。
少しは打ち解けたと思う。
木屑だけはどうにもならないが。
「ガングさん,また明日も来ていいですか?」
気が付けば自然と言葉が出ていた。
ガングは満面の笑みで力強く「もちろんだ!」と言ってくれた。
そこから俺の造船所通いが始まった。