転生
「ちゅんちゅん」
小鳥のさえずりが聞こえる。
そして少し眩しい。
朝だ。スマホを…。
あれ,ない。
…………ない。
昨日どこにおいたっけ…。
昨日?あれ,そもそもいつ寝た?
「うっ!」
頭が焼けるように熱くなった。
途端に叫ぶ,叫ぶが,
出てくるのは少し高い,いや女性に近いぐらいの泣き声。
詰まるところ赤ちゃんの声。
状況がまったく理解できないので目を開く。
だが視界すべてがぼやけている。
すると,なんだか肌色の大きな物体がこちらめがけて迫っていた。
「あっ!テントウモー!!…」
もう一度目が覚めた。
そして目が覚めてから長らく時間がたった。
状況が読めてきた。
恐らく僕は赤ちゃんだ。
そして恐らく名前はルーカスだ。
そしてたぶん恐らく母の腕の中だ。
なんせ目がぼやけて見えない。
だが,目が覚めてから「ルーカス,ルーカス」と声を掛けられている。
僕はどうやら生まれ変わってしまったらしい。
うむ,どこかで読んだ光景だ。だいたいわかった。
ということは死んだのだ。
あっけない死だった…,
いやクレーンにつぶされるのは相当にたいそうな死に方だ。
ともかく,地縛霊にされずに転生させてくれた神様には感謝だ。
鉄と汗と男くさい造船所の地縛霊など誰が喜ぶのか。
さて,転生して赤ちゃんになったと。
そしてここの言語は分からない。
ただし前世の知識はある。
そして母の髪色が金髪であることから察するにナーロッパの可能性が高い。
いや,本当にただの外国という可能性も捨てきれないが…。
ここまでお膳立てされてそれはなかろう。
そして,転生というテンプレから察するに剣と魔法の世界だろう。
某サイトに10年以上かじりついていた俺に死角はなかった。
全てを理解した。
都合のよい世界を思い浮かべて安心した。
眠い。もうひと眠りしよう。
さて,諸君,5年がたった。
やはりなのだがここはナーロッパだ。
博識な諸君にはこれでこの世界がどういう世界か説明が付くだろう。
ただし,この世界はそこまで魔法が世界を席巻していない。
魔法は才能のある一握りしか使えないようだ。
いわゆるローファンタジーだよ諸君。
そしてその才能は遺伝するらしい。
そのうえ,魔法にはイメージと理論を知らねば使えないらしい。
これらから分かるのはつまるところ魔法は貴族しか使えないということらしいのだ。
魔法を使える事,それこそが高貴な血の証明なんだそうだ。
そして庶民にもまれに才能をもった人間が生まれる。
そういう子供はスグに貴族にひっとらえられて…じゃなかった。
登用されて,実は高貴な血の持ち主だった…。
ということが必ず判明するらしい。
らしい,というのは何を隠そう僕もバリバリの庶民の出なのだ。
なぜ,そういったことが分かったかっていうと,うちは港町で魚屋をやっている。
新鮮な魚と情報はうちに集まるってわけだ。
ここは港町ビット。スティフナート王国というところの重要な商業港だそうだ。
商業港ということもあり,帆船がたくさん止まっている。
家のある小高い丘から遠くによく見える。
最初はなぜこの立地と思ったものだ。
新鮮な魚を扱うなら絶対に海の近くがいいし,客もたくさんくるはずだ。
だが,5歳になって手伝うようになってから分かった。
ここは穴場なのだ。港すぐは確かに新鮮な魚が手に入りやすく,客も多い
しかし,皆同じ考えで魚屋が乱立し,競争が激しい。
一日の売り上げに一喜一憂し,明日の売り上げの為に少しでも新鮮な魚を,客を,引き込む夜叉の世界なのだという。
翻ってここは,鮮度は少し落ちるもののわざわざ港におりてまで買いに行かない年配の人や,体の不自由な人の固定客がいる。
安定した収入が入るそうだ。そして皆顔なじみだから,ここに新しい店が入る余地もない。
うちの親も考えたものだ。
体の不自由な人が多いのは少し不思議だったが。
と思ったが,この土地は先祖代々から所有する土地で,親父がたまたま魚が好きという理由だけで開業したらしい。
そしたらたまたま売れたと。
だが,父は幸せなことに売れてる理由を知らない。
母親だけが知っている。
あまりに稼ぎがいいので親父が港すぐに店を移そうとしたらしいが,すべてを知る母はスグに止めたようだ。
どの世界も母親は強い。
そんなこんなで,今日はお手伝いを始めてから初めての休日だ。
いやお手伝いについてそんなに語ることはないというのだ,愛想ふりまき役兼もっと買っておねだり役だけだ。
ここスティフナート王国は7日間のうち1日だけ休みがある。
地球と同じだ。なんでも昔の大英雄が惑星の自転を弄ってこれに設定したのだとか。
…たぶん転生者だろう。
今日は生まれて初めて港に連れて行ってくれるらしい。
初めてだ。今までは家の周辺までしか行ったことがなかった。
ワクワクする。
丘の上のこじんまりとした商店街を抜けて,民家を下っていく。
雑貨屋や日用品を売っているような場所から様変わりして,食品や魔法品店等がひしめく大きな商店街を歩いていく。丘の上とは比べ物にならない
露天商も元気がよく,まるで縁日だ。
おいしそうなにおいがあちらこちらからしている。
そして,丘から見えていた小さな布団とつまようじみたいな物体は,
巨木が立ち,そこに雲が貼られているような錯覚さえ覚えるぐらいまでになった。
そう,帆船であった。
「これがお船だよ。大きいねえ!」
母がおどけたように言う。
「これで毎日おいしくて新鮮なお魚をたくさん運んできているんだぞ!」
誇らしく父がいう。ここでは海とは浪漫であり,そこに駆り出る男たちは羨望を集める存在,そしてそんな男たちを乗せる巨大な帆船は一種の誇りだそうだ。
海洋国家なんだろう。
ふいに遠くもなく近くもないところから,乱暴に何かを叩く音と,怒号が聞こえてくる。
そしてなんだか懐かしい雰囲気が漂ってきた。
「あれは船を造っているんだぞ」
帆船があれば造船がある。
当たり前のことだった。
だけど,なんだか嬉しかった。
思えば僕はここまで孤独だったのだ。
だけど,ここで造船という前世との共通点を見つけることができた。
特に船は好きではなかった。だが,この世界では好きになれそうな気がした。