第3話 こんなシナリオ聞いてないんだが?④
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あれから数日経ったが、ソルは部屋に引きこもったまま出てこない。
だから、とりあえず今日はピアノを弾きにいくことにした。
いや、確かに沙耶にいじめないとは言ったけど仲良くなるとは言ってないしね、うんうん。
両親亡くしたばかりだから、私は、そっとしてあげるのがいいと思ったのだ。
別にピアノが弾きたいからじゃないよ、弾きたいからじゃ……。
ええ、弾きたいからです。
ということで、今日は何を弾こうかな……。うーん。
今日は子犬のワ◯ツにしようかな。
あの軽快な右手のメロディーが癖になるんだよね……。
よし、子犬のワ◯ツ弾くかあ。
確か、この前のレッスンでピアノ講師から奪い取った楽譜をここに隠してたはず……。
私は、グランドピアノの横にあった棚から楽譜を取り出した。そして、ピアノの譜面台を立てて楽譜を置く。
さてと、弾きますか。
私はドレスの裾を捲り、ピアノの鍵盤に指を添える。
一つ一つの音の長さを均一にするように意識しつつ、メロディーは繋がるようにして指を動かす。
音は、重くならないように早く弾く一方、雑にならないように丁寧に一つ一つの音をはっきりと出す。
やばい、楽しい子犬のワ◯ツ。まだ、指が小さいから音が少し濁る所もあるけど、今まで毎日欠かさず練習をやっていたからか指がすらすらと動くのを感じる。
弾き終わるのはあっという間だった。達成感と優越感を感じながら、天井を見上げる。
しばらくピアノを弾いた後の余韻に浸ってから、ピアノの椅子から立ち上がるとドアに立っていたソルと目があった。
あれ、部屋に引きこもってるはずでは……?
私、ゴキ◯リほいほいならぬピアノほいほいなのかな?
すごいピアノを弾いてたら色んな人が来るんだが……。
あ、でもお母様もソル君はピアノが弾けるって言ってたしもしかしてピアノが弾きたいだけかも。すごく睨みつけてくるしね。うんうん、きっとそうだ。
でも、ずっと弾いていたい。けどこの屋敷にはピアノ一つしかないし……。でも譲りたくないけど、うーん。
私は葛藤を繰り返した後、意を決してソルに声をかける。
「ピアノ弾きたいのかしら?」
「弾きません。ピアノは、嫌いですから」
「うん?」
あ、しまったびっくりし過ぎて地声が出てしまった。しかし、ソルはそれに気づかなかったようで、話を進めた。
「ピアノというか、音楽が嫌いなんです」
「それは、どうしてかしら?」
「貴方に言ったってどうせ分かりませんよ」
「分からないかどうかは、聞くまで分からないじゃない?」
「だって貴方は、あんな音が出せるじゃないですか! 自分の音を持ってて、あんなに楽しそうにピアノを弾いてて!」
「それは、ピアノが好きだからですわ」
「そんなの知ってます……!」
「でも、貴方の言い方ですと、上手く弾けている私に嫉妬しているみたいな言い方でしてよ、本当はピアノが好きなんじゃなくて?」
「っ違います……」
「じゃあ、どうしてピアノが嫌いなんですの?」
「……っそれはっ」
核心をついたのかソルは私に言われたことに狼狽える。
「と、とりあえず、ピアノの音が僕の部屋まで聞こえてうるさいから、弾くのを辞めるか、小さい音で弾くようにしてください。」
ソルは吐き捨てるようにそれだけ言うと、苛立つようにドアを音を立てて閉めた。
思春期?
それにしても、どうして弾き終わるまで待っててくれたんだろう?演奏の途中で言うことだって出来たはずなのに。
やっぱり本当は、ソルはピアノが好きなんじゃないかなあ。じゃないと最後まで聞いたりなんかしないと思うからね。
まあ、とりあえず今日はここら辺でやめとこうかな。そろそろ礼儀作法の時間だし。
また、明日ピアノ弾こう……。
私は、欠伸をしながら、いつも礼儀作法を学んでいる部屋に向かった。