議題4「魔王倒したよ♪」提出者:衣良皆 陽葵
──転職騒動から1ヶ月。
営業一課は、魔王城最上階にて、魔王ゲロゲボスと激戦を繰り広げていた。
「……業火に呑まれてその身を溶かせ── 爆炎陣」
「右手よ貫けえええっ!|疾風迅雷拳ッ!!」
「天より授かりし女神の導きを……集え、聖なる光よ──!」
『──グギャアアアアアアッッ!!』
「み、皆……! よくぞ、ここまで引き付けてくれたぁぁ! あとは俺に任せてくれっ……これで終わりだゲロゲボスッ! スーパーアアアアアギガデイイイイ」
──ターンッ
私は魔王ゲロゲボスの脳天を銃で吹き飛ばした。音も無く魔王の背後を取り。魔王はその禍々しい巨体をビクビクと震わせ、やがて完全に沈黙した。
「……対象を排除」
「──対象を排除……っじゃないっすよおおお! ラスボスですよおおおお!? せっかく勇者の俺がカッコいい必殺技でトドメを刺して英雄になるところだったのにいいいい!?」
私はまた部下であり、勇者である疎間 保を怒らせてしまっていた。ちゃんと核を狙って、的確に銃殺できたと思うのだが……。
「せめてド派手な詠唱呪文とか必殺技とか使ってもらっていいですか!? なんですか銃って! ここは剣と魔法の世界なんですよ!? せめてアサシンらしくダガーとかカタールとか使ってくださいよ!!」
しかし、私は暗殺者なので敵にバレたら廃業なのである。いまここで無職になるわけにはいかない。暗殺には詠唱や短剣は非推奨だ。この1ヶ月色々検証してみた結果、職種的に銃を得物にするのが最適であると私は判断していた。
「主任かっくいい〜♪」
「今回も流石のお手前でした」
「アタシの目でも追えないなあ、主任の早撃ちは」
部下からの歓声が上がる。しかし、これが暗殺者のルーティンなので、毎日こなすのは当たり前のこと。むしろルーティンがこなせなければ一人前の社会人とは言えまい。
「はあ……もういいですよ。……しかし主任、遂にやりましたね」
疎間 保は感無量、と言った表情をしながら、その目を潤ませている。
我々営業一課は、この1ヶ月間で各々効率的に力をつけ、遂にラスボスと呼ばれる、魔王ゲロゲボスを討ち取ったのだ。
伊達に、日本一きついと言われる職業、『営業マン』を長くやってきていない。営業で鍛えた鋼のメンタルと根性でこそ、得られた結果と言えるだろう。
「私たち、ついに帰れるんですね?」
「長かったような短かったような、だな」
「ひまり、帰ったら何食べようかな〜♪」
皆思い思いのようだ。これで私も帰って仕事を片付けられる。待っていてくれ、私のクライアント達──。
*
私達は凱旋し、英雄として名を刻んだ。王国からは莫大な報奨金をもらい、我々の銅像も城下町に立つという。
私は上司として、お世話になった異界人へ別れの代表挨拶巡りをしながら、立ち去る前にと頼まれた、王国兵士達への戦闘訓練業務を単身請け負っていた。
その間、部下達には束の間の休息を取らせていた。休みなく働かせるブラック企業の上司にはなりたくない。
しかし、結果として、この判断が後の悲劇を生むことを私はまだ知らなかった。
「──どうせもう帰るんだし、最後にカジノで全部使っちまおうぜ! パーっとさ」
「うはーっ、疎間さんもたまにはいいこと言いますねい!」
「アタシ一回あのルーレットに全賭けってやつ、やってみたかったんだ!」
「ひまりポーカーやりた〜い♪」
私がこの時、部下達をしっかりと管理できてさえいれば。
*
「──疎間さん」
「ん? どした? なんかあった?」
隠岐 利己の目はいつになく険しかった。
私には彼女が次に言う言葉が分かっている。
「どうやって帰るんですか」
「いや、俺にもわからん」
キリリとした表情で疎間は答える。
「──帰れるって言ったじゃないですかああああ!」
「言ってねええええよヴァアアアアカ!! そういうパターンもあるかもねって言っただけだよおおおおだああああ」
ぎゃーすぎゃーすと騒がしい二人を尻目に赤波 真中は申し訳なさそうに呟く。
「すみません……主任」
魔王を倒してから更に1ヶ月が経過していた。
確かに、ラスボスを倒しても帰れないのなら、正直なところ、お手上げであることは間違いない。裏ボス的な何かを倒せば或いは、とも思うが、その存在は確認できていない。また、倒したからといって、帰れるかどうかも今回同様に定かではない。
「…………」
魔王を倒すまでの1ヶ月は、道すがら魔物を倒してはその毛皮や角を売り、なんとかその日の宿代と食事代を稼ぎだしての、その日暮らしを続けていた。疎間はともかくとして、彼女達にとってはかなり厳しい旅であったことだろう。
そして、魔王を倒した今、世界は平和になり、残された魔物達の動きも沈静化し、異世界での冒険者需要は激減していた。
莫大な報奨金はカジノで水の泡となり、営業一課は私が王国兵を訓練した際に稼いだ、少ない貯金を切り崩しながら細々と暮らしている状況である。
「ひまりたち、どうなっちゃうんだろ〜……」
衣良皆 陽葵は不安そうな表情を一瞬見せるも、私と目が合い慌てていつもの陽気な笑顔を『にひ〜』と私に見せる。
「……」
私は衣良皆のその不器用な笑顔を見て、心を決める。
「……私は」
「──私は異世界に会社を立てる」
「「……へ?」」
私には上司として、部下達を守る義務があるのだ。