73話 始まりの狂笑
???SIDE
「………ようやく…廻り始めましたか…く…くくく…もうすぐ果たせますよ…ふ、ふふふ…ははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」
暗く先の見えない闇、まるでここにだけべったりと闇を塗り込んだ様な異様な空間が広がり、その闇を見つめる一人の男の哄笑がまるで闇を震わせんとするかの様に、それでいて心底愉しそうに響いている
「さぁ■■ ■■!再演の刻は来ました!!終わりのない物語に終演を与えましょう!幸福に溢れた物語を悲劇で彩りましょう!!さぁ世界よ廻りなさい!!今こそこの世界に溢れなければならなかった歎きの歌を響かせるのです!!」
暗い闇の満たされた空間がかすかに震えた様な気がした…
………
……
…
呉蘭SIDE
「皆!!刻は来た!!かつて我等が守った蜀を蹂躙し、奪い取った憎むべき敵劉備、我等はこの日をどれほど待ち望んだ事か、今ここに居並ぶ皆も同じ思いであろう!さぁ!今こそその身に我等の怒りの深さ、存分に教えてやろうではないか!!」
父上の号令に呼応し響き渡る鬨の声、三千弱の寡兵だが今まで苦楽を共にしてきた仲間達の咆哮は10万の兵を得たようなもの、
「劉備は現在同盟国の魏と共に野に陣を張り、徹底抗戦の構えを見せている、魏と交渉が決裂した今我等にとっては魏も敵に同じ!我等の力、そして『死なずの兵士』をつこうて必ずや勝利を掴み、我等が王、劉璋の旗の下に今一度この蜀の大地を取り戻すのだ!!」
『オオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』
地を揺るがさんばかりの喚声とも怒声とも付かない叫びが城壁に立つ俺達の肌に突き刺さる
「やるぜ野郎共!!ビビるこたぁねぇ!!死なねぇ盾ならいくらでもある、奴らを盾に俺達は槍を突き出せ!!曹操軍も劉備軍も関係ねぇ!邪魔すんなら蹴散らしな!!狙うは劉備ただ一人、気張っていくぜ!!」
「うぅぅぅぅぅぅぅす!!」
相変わらず独特な奇声だが彼等にとっては最も士気が上がる掛け声らしいので無視する
「みんなもうすぐ終わるよ!!最後まで頑張ろ〜ね!!」
「おぉぉぉぉ〜!!」
鳳濡…お前に副官として一言言いたい、…威厳が無いのも大概にして欲しい
…まぁ、彼等の士気の高さはあの鳳濡の緩さ故か、上が頼りなければ下が踏ん張る、良い例だ
まぁ本人に言えばきっと怒るが…
「…私達の宿願、邪魔はさせない…皆、力を貸して欲しい」
一様に頷く冷包将軍麾下の兵
冷包隊は静かに闘志を燃やす、将軍の冷包自身の性格がそのまま部下に伝播した様に一糸乱れぬ統制で静かに、しかし闘う意志を感じさせる頷きを返す
「よし、済んだ様だな、皆しゅ…」
「待った、最後あんたが締めないとな」
「いや、俺は…」
「今回の全権は凰騎、お主に委ねよと張任殿から言われておる、総大将らしく頼むぞ!」
「し、しかし父上…」
「兄ぃ!きちっと締めなよ!!兄ぃの一言に掛かってるんだからね!」
…何故余計な事を…
……仕方ない…
「今こそ我等の大願果たす時!!蜀の大地を劉璋様の元に取り戻す為、皆、力を貸して欲しい!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
想いを同じくする仲間達の声が虚空へと轟き、これから始まる戦への志気の高さを伺わせる
「あんたも普段からこの調子なら兵もついて来るんだがな」
「余計なお世話だ」
だがこれだけ士気が高いならば魏と渡り合う事もできるだろう
…魏よ、後悔するがいい
…我等を敵に回した事を
「…この『偽善』、我等が斬るに値する、…出陣だ!!行くぞ!!」
………
……
…
一刀SIDE
「…こ、これは…」
死屍累々と転がる兵達は一様に恐怖に彩られた表情で
そしてまた一人恐怖に彩られた表情の男が…
「儂の唇はダーリンだけのものじゃがダーリンのたっての頼み、有り難く受け取るが良い、ム、チュ☆」
「ウギャアァァァァ!!」
「今だっ!!我が身!我が鍼と一つと成りて、肉体を犯す魔を滅する!!うぉおぉぉぉぉ!!元気に…なれぇぇぇぇぇ!!」
カッ!!と光がほとばしった華陀の鍼が突き刺さる
…まさに悪夢だ、もちろん華陀の治療ではなく治療の手前に行われた謎の人物による口づけの方
「…ふぅ、治療、完了だ…卑弥呼、わざわざ手伝ってもらってすまないな」
「ダーリンのたっての頼み、無下になぞできんのが漢女心じゃからな、なかなか素敵な男子もいてダーリン公認の浮気と思えば…もちろん儂はダーリン一筋じゃぞ?」
クネクネしてるのがマジで気持ち悪いが…なんだか見慣れぬ水着の変態と華陀がなんだか仲睦まじく…
「ん、お主は誰じゃ?患者か?」
見つかった!?
「すいません!違います!どうか治療はご勘弁を!」
今まさに俺にも治療という名の悪夢がっ!?
「ん?一刀じゃないか、どうしたんだこんな所で?」
「華陀!!その怪物を止めてくれ!!殺される!!」
「誰が地獄からはい上がってきた様なおぞましい怪物じゃ!!」
「そこまで言ってねぇ!!つか距離詰めないでホントマジで!!」
「二人共どうしたんだ?」
「華陀、お前は身の危険感じないのかよ!!」
「危険?いや、確かに恰好は奇抜だけど卑弥呼は悪い奴じゃないぞ?」
「華陀…お前そういう趣味が…?」
この世界唯一の男友達だと思ったのに…はっ!?まさか…!?
「華陀!まさかお前俺の身体がっ!?」
「ん?いや、見た所おかしな病魔の気配はしないがどうかしたのか?」
…そりゃないか、この男、人を治す事にしか興味無い医者の鏡みたいな人物だしね
「お主が北郷、貂蝉から聞いておる、流石は貂蝉の惚れた男子、その真っ直ぐな眼差しで見つめられれば如何な漢女と言えど胸を高鳴らせずにはおれまい、儂のハートもムネムネするのう☆」
「きっと鳴ってるのは胸筋が軋んでるだけだと思う、というか華陀、そんな危険な生物を連れて何やってんだよ?周りを見ろよ、みんなあまりの恐怖で顔、凄い事になってるぞ…」
白目剥いてビクンビクンしてますけど…
「心配ない、麻酔が効いてるんだ、麻酔というのは身体を痺れさせて痛みを感じなくさせる医療行為の一つで卑弥呼は相手の唇を塞ぐ事でそれが出来るんだ」
それ麻酔じゃない…いや、てかもうなんか目覚めないんじゃないか…?
「…華陀、お前は大丈夫…?麻酔、されたことない…?」
「何で医者の俺が麻酔をされるんだ?」
「…いや、なきゃそれで良いんだ…」
華陀…君は医療にしか興味がないんだね
「うむ、惚れた男子達が怪しげな会話をしておると胸がキュンキュンするのぅ…☆」
「だぁぁぁぁ!!近付くなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
くそっ!!仕方ない、これ以上死者を出さない為、鐵斎の錆に…
「ん?…!!北郷…その刀は…」
やばっ!!ばれたっ!?
「え、いや、別に斬ろうとか考えた訳じゃないよ!?」
「いや、今手を掛けている方では無い、その腰のもう一本じゃ」
「ん?新月の方?」
「…だ〜りん、少しだけ席を外して貰えんか?」
…正直卑弥呼と二人きりじゃ(って一応周りには倒れた皆さんいるが)めっちゃ不安だけどどうやら真剣みたいだ
「華陀、俺からも頼むよ」
「患者達はしばらく大丈夫だから俺も少し休憩にさせてもらうよ、患者に何かあったら調理場の辺りにいるからそこに来てくれ」
「悪いな、俺も後で用が有るから待っててくれな」
「あぁ」
スッと部屋を出ていく華陀を見送り卑弥呼と部屋を移動する、流石に病人達に迷惑だ(主に卑弥呼の存在が)
部屋に入るなりさっきまでとは打って変わり、静かな様子で口を開く卑弥呼
「では改めて名乗らせてもらうぞ、儂は卑弥呼、お主に近しい立場の者じゃ」
「…卑弥呼、ってのは『あの』卑弥呼で間違いない…よな…?」
「確かに美しさだけならば負けはせぬが、お主の言っておる卑弥呼とは似て非なる存在じゃ、儂も貂蝉とほぼ同じ立場じゃからな」
「…美しさ云々の話は無視させてもらうけど貂蝉と同じ立場って?」
「うぬぅ…なかなかに辛辣な物言い、貂蝉はなじられるのが好みであったか」
「貂蝉の話はいらんから続きを、喋らないなら華陀の所行く」
もう正直逃げたい…
「うぬぅ…まぁいいわい、北郷、貂蝉は自身をなんと言っておった?」
急に真面目な話になったのでこちらも少し真面目に考える
「確か…外史の管理者とかなんとか…」
「その通りじゃ、儂と貂蝉は世界を見守り、見届ける役目を担っておる…といっても既に儂は貂蝉に役目を譲った身じゃから儂には本来その義務は無いんじゃが、力を貸して欲しいと泣き付かれてな、今一度役を受ける事になった訳じゃが、どうにもおかしな事になりそうでな」
「…おかしな事?」
「北郷、お主はこの外史が正史にそぐわぬ結末を迎え、一度結末を迎えたのを理解しておるな?」
「外ならぬ俺自身がやった事だしね」
「うむ、お主はその結果この外史より弾き出され、現代日本へと帰された、…しかしそれではおかしいのじゃ」
「おかしい?」
「過去、現在、未来、時間とはこの三つを常とする、それはこの異世界と呼ぶべき場所でも変わりはない、本来男子で在るべき武人達が女人として存在するこの世界においてもその原則は変わらぬ、故にお主の世界は『この世界から見た未来と極めて近似値の値を取る別世界』と評すべき場所に存在しておる」
「未来と近似値の値を取る世界?…えぇと、どういう意味だ?」
「例えば、主は初めて曹操殿に会った時どう思った?おかしいとは感じなかったか?」
「いや、おかしいってか驚いた、だって俺の知ってる歴史じゃ曹操は男…」
「そうじゃ、北郷一刀の知る歴史に於て曹操は男子、しかしこの外史に存在する曹操殿は女子じゃ、この隔たりは歴史においては覆ってはならぬ大変な差違、有ってはならぬ事なのじゃ」
「有ってはならぬって…だって華琳達は現に…」
「そうじゃ、ここにいる武人や軍師、時代に名を残した者達は悉く女人、有ってはならぬ現実が存在するという矛盾、これがこの外史に存在しておる」
「どういう事だよ?有っちゃいけないのにあるって、それじゃ辻褄が合わないじゃないか」
「いや、意味が合わないのは前提としている条件が有るからじゃ、その条件を除けば話は簡単じゃ」
「前提条件?」
「それはつまり『この外史が正史から分岐した世界である』という条件じゃ」
「それはつまり俺の知ってる歴史とこの世界…外史は関係無いって事か?」
「厳密には無関係という事はない、しかし正史における死を回避したからといってこの外史から弾き出されるなど有り得ん」
「じゃあなんで…」
「それは分からん、しかしこの外史にお主を居させたくはない何らかの力が働いたのは間違いない」
「俺がこの世界に居ちゃ困る奴がいるって事か?」
「うむ、そう考えていいじゃろ、北郷、心して進むのじゃぞ」
「ん、忠告サンキュ、覚えておくよ」
そういって手を挙げた俺に対し卑弥呼の視線は下に向いた
「…お主は曹 孟徳の剣、それをゆめゆめ忘れぬ事じゃ、その剣もそうある事を望んでおる」
「…その剣って新月の事か?」
肯定の意味で頷く卑弥呼、どうやら冗談とかそういう話ではなさそうだ
「その剣、随分長い年月を経ておるようだな」
「嘘か本当か家じゃ戦国時代以前に打たれたんじゃないかって言われてたけど、斬れ味は間違いなく一流以上だしそれだけ経っても刃毀れ一つしないから眉唾物だよ。そんな年代に打たれた剣がそんな強靭な訳ないしね、ま、家にとっては家宝だから嘘だろうと本当だろうと構わないけどね」
「たしかに年月は経ておる、しかしおそらくそれはお主の家に有るべき物では…いや、それは儂から語るべきではないじゃろう」
「…どういう意味だよ?ちょ!!おい!!」
踵を返し部屋を出て行こうとする卑弥呼を咄嗟に捕まえようとしたがあっさりかわされた
「刻がくれば分かる、ゆめゆめ忘れぬ事じゃ、振るうだけなら凡人にもできよう、しかし扱うならば担い手が必要じゃ」
「…担い手?」
「ではの、少々野暮用が出来た、失礼するぞぃ」
「あ、おい!担い手って何だよ!?俺じゃダメって事か!?」
何も言わずに卑弥呼は部屋を後にしてしまい、一刀には妙な蟠りだけが残った
…担い手…
「俺は新月が選ぶ主には相応しくないって事か……」
では新月の持ち主に相応しいのはいったい誰か?
やはり刀を使う人間?
とすればこの時代こういった刀を使う人間はそう多くない
「…そういや周泰ちゃんって刀使ってたっけ…華陀との後で捜してみるか」
一人ぼやきつつ場所を変える、華陀は確か調理場辺りにいるって言ってたか
んじゃ、俺も一緒に腹ごしらえでもしときますかね
お久しぶりです、随分長い間小説放置になっていました。
これからも更新は滞りがちになるかも知れません、申し訳ありません