57話 乙女心、上昇中
桃香と二人きりというのも悪くないがいい加減孔明ちゃんが心配になってきた
「何処まで行ったんだろ?さすがにかかり過ぎだよなぁ?」
さっきの事もある、少し様子を…
「…す、すみません…失礼します」
「雛里ちゃん♪あれ?朱里ちゃんは?」
「しゅ、朱里ちゃんは少し用事で…」
「ん〜、なら仕方ないね、じゃあ三人でしよっか」
「おう!」
「…は、はい」
………
……
…
三者三様で勉強開始、桃香は蜀の歴史関係を重点的に調べて国を治めていた劉璋やその周りの部下達の情報を探し、ホウ統ちゃんは地形図を調べて交渉の折に兵を伏しておける場所を模索中、で俺は斥候の持ち帰った情報を整理しようとしていたが…
「…城壁の中の様子は全く分からず仕舞い、か…」
中に放った蜀の斥候が全く帰って来ない、一人残らずやられたのだろう
(やっぱさっきの王塁って男の部下かなぁ…それとももっと上が?)
そういや手紙は上司から云々なんて言ってたよな…
「…あ、あの…ほ、北郷さん…」
「え?あ、ごめん、何?ホウ統ちゃん」
「兵の配置なんですけど魏の騎兵はこの辺りに伏してもらいたいんですがどうですか…?」
地形図を指しながら多分俺が聞いていなかったであろう説明を一からしてくれるホウ統ちゃん
騎兵を配置する位置は昼間抜けてきた森の手前、白帝城まではかなり遠い
「騎兵の皆さんを伝令として動かしてたいんです、森の中では自由には戦えませんから…」
「…やっぱ騎乗のまま森で戦うのは不利か…うし、じゃあ霞達にはそう伝えとくよ、馬が使えないなら霞達には近くで待機してもらえば良いしね」
「はい、お願いします」
俺程度が考えつく事などとっくに考えているという訳か、流石は鳳雛…ん?これは…
「ホウ統ちゃん、この橋は?かなり大きな河があるけど…」
「えと、この橋は、…金雁橋ですね、東との交易の…北郷さん?」
「金雁橋…なら…って事だから……」
やはり張任との戦の中に出てくる橋の名だ
一度の敗北の後、ラク城から出撃した張任達は劉備にこの場所で敗北したのだ
ならばこの場所がもしかしたらこの戦において何か重要なファクターに…
「一刀さん!」
「うおっ!?と、桃香、お、脅かすなよ…」
「質問して直ぐに考え込んじゃって声を掛けてたのに反応してくれないんですもん」
「わ、悪い…」
そんなに話し掛けられてたのか…
「わ、私の説明じゃ分かりづらかったですか…?」
「いやいや!全然そんな事無いよ!むしろ分かり易くて助かった!」
「そ、そうですか…良かったぁ…」
安堵の息をつきながら雛里は遂に意を決した
「あ、あの…ほ、北郷さん…!」
「ん?」
「わ、私のま、まま、まな…真名を…」
「真名?」
「よ、呼んで下さい!!」
…もう後戻りはできない、完全に言ってしまった
「それは俺を信頼してくれるって事だよね?」
「は、はい…その…と、突然ですみません……」
「いや、まあ、ちょっと驚いたけど、嬉しいよ、俺の事も一刀って呼んでくれ、雛里ちゃん」
「は、はい!」
嬉しそうな雛里の様子を眺めながら北郷一刀は気持ちを入れ直した、自分をこれだけの者が信頼してくれている、だからこそ知識の限りを尽くしてこの蜀の地を…
「…なぁ桃香、聞いて良いかな?」
「なんですか?」
「桃香は王として張任をどうするべきだと思う?」
「どうするべきか、ですか?私は張任さんと話し合って、仲良くなれば良いと思うな♪」
「いやいや桃香、張任『と』どうするべきか、じゃなくて張任『を』どうするべきかって事を…」
「きっと話し合えば張任さんだって分かってくれると思うんです、だって張任さん、余り人殺しをしようって戦ってる感じじゃないですし、焔耶ちゃんにも酷い事はしてないと思うんです、だから…」
「張任と友達になれる?」
「はい♪きっと大丈夫です!」
…そうか、これが劉備玄徳の強さか…華琳が『覇』を求めるなら桃香は『和』を生み出す、俺は無意識に桃香が張任と敵対する事を絶対条件として考えていた
でも違う
桃香は戦う相手すら友達になると言い切ったのだ
「本当に桃香は強いな…ごめん、さっきの質問は忘れてくれ」
「えぇ〜、一刀さんがしたんですよ〜?」
「良いから良いから〜、さ、勉強勉強、お、雛里ちゃん、この地形、兵を伏せるのに使えないかなぁ?」
「一刀さ〜ん!ごまかさないで下さ〜い!!」
「…ふふっ」
「あぁ〜!雛里ちゃん、今私の事笑った〜っ!!」
…そうだ、桃香が友愛なる未来を目指すなら俺はそれを全力でサポートするんだ、それがきっと未来を変える事に繋がるはずだから…
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………
……
…
東の空にうっすらと光が差し始める頃、遅れていた最後の一騎が城門前に辿り着いた
「良く戻ったな王塁、ご苦労だった」
「副将軍殿、わざわざ待っててくれたのかい?…ってんなわけないか…」
「いや、俺はお前からの報告を待っていた、加えて伝えておかねばならない事もある」
「…それなら普通に待ってようぜ…なんだよその後ろのはよぅ…」
「ただ待っているのは性分に合わない、少しでも効率を優先した結果だ」
呉蘭の後ろには8人程の男が縛り付けられ転がされている、多分中に侵入しようとした細作だろう、一人残らず当て身を喰らって昏倒させられた様だ
「こいつら殺すか?」
「いや、北郷一刀との交渉に利用する、魏延の件の交渉は先送りにしないとまずいからな」
張任様に話を付けておけばこんな事態は避けられたが既に手紙を運ばせた後だったのだから仕方ない、あの状態の魏延を劉備軍に知られる訳にはいかないのだ
「…効率優先、ね、ま、良いさ、んで報告すけど、場外で馬を引かせて走らせながら、俺が場内に侵入、目標に接触して手紙は渡してきた、唯一予定外だったのは北郷一刀が文官じゃなく武官だった事ぐらいだ」
「武官だと?」
「どうやら当人で間違いはなかった様だ、影武者とか偽者ってのは有り得ねぇな、そういう臭いはしなかったよ」
「…俺の調べた過去の記録には戦場へ出たという記述はなかった、…今まで隠していたのか…?…しかし解せん…何故そんな回りくどい事…」
「まぁまぁ、落ち着きなって副将軍殿、そういう人間の考えなんて俺らみたいなのには分からないんだからよ」
「………王塁、かなり失礼な事を言っていいか?」
「な、なんだよ急に、お、俺なんか変なこと言ったか?」
「…2〜3日前、呉懿が同じ事を言っていたぞ」
王塁はものすごく嫌そうな顔をした…