56話 天に恋い焦がれ…
愛紗と星に置いていかれ、一人遅れた俺を尻目に難しい顔で孔明ちゃんとホウ統ちゃんが頭を捻っていた
「…では襲ってきた人達の規模はかなり小さいものだったんですね?」
「あぁ、松明を括り付けただけの馬がほとんどの様だった、乗り手がいたのは20騎程度だろう、残りは紐で繋いで引っ張り回していただけだった」
「…陽動という事でしょうか…?」
「おそらくな、すぐに逃げ散ったのを見るにもう目的は達したという事だろう」
…多分王塁の仲間だろう、外で暴れ回って混乱させ、混乱に乗じて入り込んだようだ
「目的は分からなかったのか?」
「無理を言うな愛紗、一人でも捕まえられたのならわかるが逃げられてしまったのだぞ?」
「そ、そうか、すまん」
「だが桔梗、お主どうして敵襲と聞いてすぐに外に向かったのだ?」
「元は同じ劉璋坊主の下に居た仲間、戦のやり口ぐらい分かっておる、暗闇で奇襲をするなら少数で外から火矢を射かけ、浮足立って出てきた所を、というのが劉璋軍のやり方なのだ、儂の居た頃からちっとも変わっておらん」
「なるほど、それはすまなかった、失礼な物言いだったな」
(…なるほど、劉璋軍はゲリラ戦が得意って訳か…)
…それはかなり厄介だ
組織とは大きければ大きいほど小回りが利かなくなりがちだ
そういう意味で軍という物はゲリラ戦の格好の的となり易い、下手な大軍より質が悪いかも知れない
「ならば桔梗、お主相手方の弱点などは分からんのか?」
「…やはり圧倒的な人員不足じゃろうな、少数精鋭と言えば聞こえは良いが結局は大規模な戦ができるだけの兵力がないのが実情じゃ、…儂が居た頃は、な」
「あたし達が戦った人形の事は知らないのか?」
「儂もあんなものは初めて見た」
「やはり妖術の類でしょうか?」
「妖術なんて本当にあるのか?」
「何を言っておる一刀、魏にも妖術使いはおるではないか」
「え?」
「地和の事じゃ」
あぁ〜…そういえば地和は妖術で舞台の演出してるんだっけ
「だが朱里よ、お主そんな強力な妖術、聞いた事があるか?人形をまるで生きた物の様に動かすなどもはや人の成せるような業ではないぞ?」
…たしかに、先日見た人形の動きは明らかに異常だった、橋でほんの少し見ただけだが間違いなく人と変わらない動きで歩を進め、号令一つで綺麗に撤退していったあれが人形だとするなら俺の居た頃のロボット技術など鼻で笑われるに違いない
「ありゃぜってぇおかしいって!」
「お姉様の言う通りだよ!あんなお化けみたいなのとまた戦うなんて蒲公英やだかんねっ!」
「お…お化け…」
「ん?愛紗、どうしたんだ?顔色悪いけど…」
「何でもありませんっ!」
「いやいや、何でもないって…」
「何でもないったらないんです!一刀殿も私の事など気にせず軍議に集中して下さい!」
「す、すいません…」
…何だろ?華琳と同じ類の威圧感だった…
………
……
…
結局軍議は昼へ持ち越しとなり一時解散となった
…なんかドッと疲れた、それもこれも何故か俺に鋭い視線を注ぐ愛紗の威圧感
「ホントに俺何したんだろう?」
無自覚に愛紗を怒らせたならば何とか理由を知りたいが…
「ん?…あれは…」
帽子から覗く短い金髪、小柄な体からはみ出す位高く本を積み重ね、右に左に揺れながら歩いている
…危ないし手伝うか
「はわ、はわわっ、…はわっ!…うぅ、危なかったぁ…」
ちょうど停まった今がチャンス
「孔明ちゃん、大丈夫かい?」
「はわわっ!?北郷さん!」
随分と驚いたのか本の山が傾く
「おっと!…ふぅ、大変そうだね、手伝うよ」
「そ、そんな!北郷さんはお客さんですから…」
「良いから、俺が手伝いたいから手伝うんだ、遠慮しないで」
「はうぅ…すいません」
分厚い本がひ、ふ、み…10冊とは、女の子が運ぶ様な物じゃ無いぞ…
「よっ、と…この本全部孔明ちゃんの天幕で良いのかい?」
「あ、いえ、これは全部桃香さんの天幕までお願いします」
「桃香の?」
「多分張任さんとの晩餐会までは日数が空くでしょう、その間に少しでも昔の蜀の事や張任さん達の事を調べたいと桃香さんが…」
「なるほど…」
流石は蜀の王だ
「本当なら桃香さんも一緒だったんですけど星さん達と兵隊さんの補充の件で打ち合わせしてまして」
「んで一人で運んでたのか、駄目だよ、そういう時は周りの兵士さん達に頼っても良いんだから、こんなに重いのなんか一人で運んで転んだりしたら孔明ちゃんが怪我しちゃうよ?」
「ほ、北郷さん!!私を子供扱いしてますねっ!?」
「アハハッ!ごめんごめん、怒らないでよ、孔明ちゃん」
「ひどいです!北郷さんっ!!」
ぷいと拗ねた様に首を横にした孔明ちゃんの頭に手を伸ばす
…ナデナデ
本の山を肩で担ぎ上げ、頭を撫でた
「はぅあ!?ほ、北郷さんっ!?」
「…あぁ〜、嫌ならごめんよ、なんだか孔明ちゃんといるとどうしても撫でて上げたくなってしまってね」
季衣や流琉と一緒にいた時の様だ、なんというか妹と一緒みたいなそんなイメージがね
「…こ、子供扱い…しないで下さい…」
赤い顔で下を向く孔明ちゃん…やっぱ、ホントに怒らせたかな…?
「あぁ〜、ごめん!もうやめる!やめるから機嫌なおして!ね!?」
「あ…」
手を離し、慌てて宥めるが孔明ちゃんは下を向いたまま
「…はうぅ…は、早く持って行きましょう」
「こ、孔明ちゃん、待ってくれ〜!」
一人先に行く孔明ちゃんの後を俺は慌てて追うのだった…
………
……
…
「ありがと〜♪朱里ちゃん、重たかったでしょ〜?…あれ?一刀さん?」
「よっ、随分熱心だな桃香、こんなに本集めて勉強かい?」
「えへへっ♪少しでも張任さん達や蜀が昔どういう国だったのか知っておこうと思って…あ、そうだ、一刀さんも一緒にお勉強しませんか?…って夜中に迷惑でしたね」
一瞬桃香が困った様な顔をして照れた様に顔を伏せた
…俺もいますぐ寝る訳では無いし
「いや、構わないよ、あんな後じゃ寝る気にもなれないしさ、付き合うよ」
「一刀さんも付き合ってくれるって、朱里ちゃんはどうするの?」
「私は今から雛里ちゃんと交渉に関して打ち合わせをしようかと思いまして」
「打ち合わせ?じゃあ私達と一緒にしようよ、私も聞いておいた方が良いでしょう?」
「え、あの、でも…」
「俺も賛成だな、もしかしたら何か俺達にも意見が出せるかも知れない」
「うぅ…」
…朱里は内心困り果てていた、つい交渉の打ち合わせなどと言ってしまったが本来の目的は雛里と二人で風から恋愛の指南をしてもらうつもりだったのである
間違っても一刀の前でできるものでは無い
…しかしこれは逆に良い機会かも知れない、雛里と一緒に来れば何か思いも寄らない話を聞けるかも知れない
「わかりました、雛里ちゃんを呼んで来ますから少し待ってて下さい」
………
……
…
「雛里ちゃん!」
バーン!と音を立て開かれた扉
「おぉ!」
「あわっ!?しゅ、朱里ちゃん!?」
「雛里ちゃん、大変!大変なの!!」
事の顛末を事細かに説明するにつれ、雛里の表情が強張っていく
「む、無理だよ朱里ちゃん…は、恥ずかしくて…」
既に一刀と面と向かって会話できない位に重症の雛里だ、一刀含め四人しかいない空間で話などできる訳がない
「いやいや朱里ちゃん、良くやってくれましたね〜、お兄さんと積極的に会話の機会を作ってあげるとは風はその優しさに感動なのですよ」
「は、はい!風先生」
「という訳で雛里ちゃんはまずはお兄さんと普通に話ができる位にはなりましょ〜、もちろん真名を預けるのも必要ですね〜」
「そ、そんなの無理です〜…」
既に雛里は半泣き、しかしこの程度で弱音を吐いていられる程風先生は優しくない
「ふふふのふ…雛里ちゃん、雛里ちゃんはお兄さんとその次、もしくはその更に次にはお兄さんと深い関係にならなくてはならないのですよ?」
「ふ、深い関係っ!?」
さっきまでの泣き崩れそうな表情は一転、茹蛸の様に真っ赤に染まった頬を覆う様に顔を隠す雛里、しかしいつもの帽子が無い為半分以上が隠れてない
「そう、深い関係です、幸い晩餐会の日取りはまだ、お兄さんと良好な関係を築くなら今が好機なのです」
「あ、あぅ…そ、それは…わかりますけど…」
「雛里ちゃん!頑張らないと!」
「おやおや朱里ちゃん?朱里ちゃんも他人事では無いのですよ」
「へっ!?」
「朱里ちゃんもお兄さんに真名を預けるのですよ〜、雛里ちゃんも一人より二人で預ければ少しはやりやすいでしょうから〜」
「え、えと、あの、わ、私は別に北郷さんには真名は預けなくても…」
「おや?朱里ちゃんはお兄さんが信用に足る人物ではなかったと?」
「い、いいえっ!!そんな事絶対ありません!政では素晴らしい知識を見せていただきましたし、優しいですし、雛里ちゃんを助けてくれる程強いですし、す、凄く尊敬してます!…そ、尊敬してるんですけど…」
「真名を預けるのは恥ずかしいですか?」
「はい〜…」
風は雛里と朱里の様子に満足げに頷き…
「それが二人の今の気持ちなのですよ、二人の気持ちはまだ恋と呼ぶには些か小さいものなのです、だから真名を預けるに至らないのでしょう」
「…ち、違いますぅ!わ、私は本気で北郷さんが…」
「ならば雛里ちゃん、あなたは何故お兄さんに想いを伝えないのですか?好きならばその相手に真名を呼んではもらいたいとは思わないのですか?」
「そ、それは…」
「…ふぅ、やれやれですよ、その程度ではまだ恋などきる状態ではなさそうですね、良いでしょう、風ももうお二人に付き合うのは飽きましたから今から桃香ちゃんとお兄さんの三人でお勉強にいくとします、で、その後はお兄さんと二人きりで男女関係の機微についてのお勉強ですね〜」
風は暗に抱かれに行くと宣言したのだ
「…だ、だめっ…です!!」
ギュッと風の袖を掴んだ雛里の必死な様子に風はフッと笑みを零した
「ちゃんとそういえば良いのですよ、素直になって伝えたい事を伝えればお兄さんは必ず受け入れてくれますから、さ、雛里ちゃん、頑張ってくるのですよ」
「は、はい…」
ペこりと頭を下げてから歩き出した雛里を風は楽しそうに眺めながら
「やれやれ、風とお兄さんの二人きりでの時間はいつになったら取れるのでしょうね〜」
「わざと雛里ちゃんを行かせたのにそんな言い方はないんじゃないですか?」
「風はあまのじゃくさんですから〜、悩んでる娘にはああいった助言しかできないのですよ、朱里ちゃんは行かなくて良かったのですか?」
「わ、私のは私自身良く分からないので…」
「そのようですね〜、そういう場合しばらく様子を見てみる事です、勘違いかどうかは自分しかわかりませんからね〜、ではでは〜、風は眠いのでもう失礼します〜、雛里ちゃんの結果は明日聞きますから〜」
のそのそといなくなった風
「勘違いかどうか、…ですか…」
…朱里は一人呟いた