54話 過ぎ去りし日々
……………!
…………っ!
「桔梗様っ!!」
ハッと意識を取り戻せば何時の間にか居眠りをしていた様だ
「…スマン、焔耶、居眠りしていた様だ」
「大丈夫ですか?昨晩は遅くまで机に向かっていた様ですが…」
「今日までに仕上げねば為らぬ書簡がいくらかあってな、随分と掛かってしまった」
………返事がない
「…焔耶?」
先程まで向かいにいたはずの焔耶がいない
「桔梗…」
「ん?…誰じゃ?」
いつの間にか入口が薄く開かれ、誰かが立っている
人影を確認しようと扉まで近づく桔梗
「…私だ、鳳蓮だ」
「なんだ、鳳蓮か、…お主焔耶を見ておらぬか?先程までそこに…」
「…何故だ?」
「ん?」
「…何故そのままなのだ?…桔梗…」
「は?…お主いったい何を…」
「何故そのまま現れた…私は鍛え直してこいと言ったはず、…どうしてそのまま現れた?」
有無を言わせぬ気迫に気圧される桔梗
「…貴様は弱い、弱すぎる…だから大切な者一人守れぬのだ…」
キィッと軋みを上げ閉まっていた側の扉が開き、そこには
「……え、焔…耶…?」
血に塗れ、五体を何十にもバラバラに切り裂かれた焔耶『だったモノ』が、廊下いっぱいにぶちまけられていた
そのまま廊下に視線を移していけばたくさんの部下だったモノ達が血と体の部品で道を作るかの様に夥しい血肉をぶちまけている…
「…あ、あぁ…ああぁ!」
…その一人一人が光を失った瞳でこちらをジッと見据えているのだ
「…キ…キキョウサマ…イタイ…クルシイ…タスケテ…キキョウサマ…」
聞こえるはずのない助けを求める声が頭を劈く
「…桔梗…弱いままじゃ…死ぬぞ?」
胸に音を立て刃が突き立った
………
……
…
嫌に現実味がある夢だった…全身が嫌な汗で濡れ、呼吸は荒く、
心臓が今にも口から零れてしまいそうだ
「は、ははっ…馬鹿な事を…」
あまりにも非現実的な想像に苦笑が漏れる、しかしそれが嫌に渇いて聞こえる
「…キキョウサマ?」
「誰だっ!!」
ジャキリと豪天砲を入口へと向ける
「す、すみません!表で見張りをしていた所おかしな物音が聞こえたので…」
「…そうか、すまなかった、寝ぼけてしまったようじゃ」
「そうですか、では失礼します、良い夢を」
「…ああ」
パサリと閉じた天幕
「…良い夢を、か…」
笑えない冗談だ、あんな悪夢の後に寝直せる様な余裕は今の自分にはない
「…鳳蓮」
何時から自分達はすれ違ってしまったのだろう
劉焉に仕え、紫苑や剛騎(呉班)達と山賊や盗賊の討伐していた頃は良かった
…だが劉焉殿が政を大きく変え始めた頃から少しずつ関係が疎遠になった…、劉焉は税を引き上げ、兵役の期間を延ばしだしたのだ
儂は何度となく劉焉へ進言したがあやつは『これも民の為』の一点張り、次第に劉焉との関係も悪化し、何時しか巴群太守などという態の良い左遷を喰らっていた
儂はそんな劉焉に絶望し、劉焉が没した後は劉璋のきちんとした舵取りを期待し、結局劉焉と同じやり方を始めた劉璋にも価値を見出だせなかった
儂は劉璋の能力いまひとつと評し、太守として劉璋の力が及ばぬ地ぐらいはをどうにかしたいと、あやつの下を離れ独自に巴群を治め、鳳蓮は劉璋の能力を信じ、あやつの下でその知勇を奮い続けた
その一度にして決定的な違いが鳳蓮と今の自分との力の差…
劉焉の心変わりの前後、あれが多分鳳蓮をあそこまで様変わりさせたのだろう
しかし理由を知ろうにもちょうどあの頃は巴群太守になっていた為、政務に追われ劉焉達の動向になぞついぞ興味は無かった儂には今更それを知る術は無い
「…鳳蓮、お主は…」
「…しゅうっ!!敵襲っ!!」
外から突然響いた声に咄嗟に豪天砲へ手を掛け外へと走り出た
周囲は慌てふためく兵士達でごった返していた、すぐに手近な櫓の梯子に登り状況確認と兵の指示を行う
「…誰か儂の馬を!!状況の分からん者は下手に動かず分かる者の指示に従え!!」
「は、…はっ!」
焦っていた兵士達も少しは冷静になったのか周りの兵士達と連携し始めたのでこれで大丈夫
…後はこの騒ぎの原因らしい外を走り回る騎馬隊を仕留めれば完全に収拾が着くだろう
桔梗は単身馬を駆けさせた…