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53話 信に足る者



…この感情はいったいなんなのか


…恐怖?…違う、確かに死ぬのは怖かった、しかしそれだけではないだろう


…弓を向けられた瞬間聞こえた声、絶影の上で掴まった背はがっしりとしていて逞しく、不思議な安心感があった


多分…この感情は…


………


……



「『<恋>特定の異性を強く慕うこと。切なくなるほど好きになること。また,その気持ち。』…あ、あわわ…あわわ…」


意味もなく天幕の中をあわあわ言いながら歩き回る姿は端から見れば面白いのだが本人は至って大真面目である


…桔梗からの手紙の一件で結局桃香は応じる事に決めたようだ、桃香はそういう人物だと分かっているし、そういう人物だからこそ今まで一緒に頑張ってこれたのだ


焔耶の身が今は最優先、その為に今出来る事を…


…出来る事


…出来る…




…正直何も手につかない


仲間の窮地、死地に赴く王、ここは少しでも危険を減らすべく策を講じるのが自分の軍師としての勤めではないのか


分かっている、分かっているのだ、今やらねばならないのは朱里と相談して敵地での危険性を極力減らす事だ


だが今現状はどうだろう、部屋で一人籠もって策を巡らせとはみるものの一向良案など浮かぶ余地がない


「あうぅ…どうしよう…」

 

元々男女の恋愛とは無縁の水鏡女学院にいた事が今更ながら災いした、こういう時の対処の仕方を雛里は全くといって言いほど知らなかった


朱里と一緒に艶本を何度か見た事は有る、が艶本には恋愛感情の機微や対処の仕方など書いてはいない


天才伏龍鳳雛にもまだまだ知らぬ知識は山の様に存在しているのだ


コンコン


「雛里ちゃ〜ん♪」


「あ、は〜い」


扉を叩いてから相手に声をかける、魏で教わった文化で魏では『のっく』は最低限の『まなあ』らしい


カチャリと扉を開けて入ってきたのは予想通りに朱里…


「失礼します、ホウ統ちゃん」


「雛里ちゃん、失礼するですよ」


「ほ、北郷さん!?」 

「風もいるのですよ?」


「あ、あわわ!ごめんなさい〜…す、すぐにお茶を…あうぅ…」


…わたわたと茶器の用意を始めるが手が震えていかにも危なっかしい


…危ないからお湯は俺が沸かして来よう


「お湯沸かしてくるよ」


「あわわ!?お、お客様ですからそんな事…」


「良いから任せて、ね?」

「あうぅ…はい…」


カチャッと一刀が扉を開け出ていく


「………あう〜…」


心臓が止まるのではないかと思った…


「雛里ちゃん、どうしたの?顔赤いよ」


「…朱里嬢ちゃん、それを聞くのは野暮ってもんだぜ、なぁ、雛里嬢ちゃん?」

「あ、あうぅ…」


 

久々稼動の宝慧が雛里の感情を全て理解しているといっている


「ふ、風さぁん…ひっく…ひっく…」


しゃくりあげる雛里


「お〜、よしよし、泣かなくても大丈夫ですよ」


朱里もようやく事態を理解したのか慌てている


「ひ、雛里ちゃん!芽生えっ!?芽生えなの!?」


「しゅ、朱里ちゃん…」


真っ赤になりながら頷く雛里の姿に感じるものがあったのか神妙な面持ちで顎に手を当て考え始める朱里


「はわっ!?」


プシュッと煙を上げ停止する朱里…やはり朱里の脳内演算装置にも男女間の問題に関する答えは入っていなかった


出てくるのは房中術と艶本に載っていた同衾の作法位だ


「ふっふっふ、二人ともまだまだ恋愛については風の足元にも及ばないのですよ、そんなお二人には風がお兄さんを篭絡させた手練手管48手を伝授してあげるのですよ」


「よ、48手…」


「あ、あわわ…」


二人とも真っ赤になっている…


(…お兄さんに対する恋敵は少ない方が風としては助かるのですが、どうにも放っておけないのですよ…困ったものなのです)


「二人とも、どうしますか?無理にとは言わないですよ?」


「…雛里ちゃん」


「…朱里ちゃん」


お互いの視線のうちに有るものを確認した二人は大きく頷き…


「「お願いします」」


 

深々と頭を下げた


………


……



お湯を沸かすのにもこの時代一苦労だ


薪は準備されてるけど火を起こすのは自分だからね


幸い火種があったのでそのまま薪を焼べ、竹筒で吹いて火力を上げていく




ぱちぱちと爆ぜる火を眺めながら思い描くはこれからの事


多分このまま桃香が交渉に望めばかなり不利な交渉を持ち掛けられるのは必死、というかまず何か強みがなければ交渉になどならないだろう


「魏延、か…」


今蜀の皆は安否の心配をしているだろう


でも俺は…


…杞憂だ、心配ない、ここは歴史通りの三国じゃないんだ、心配なんか必要あるもんか


頭を振って嫌な妄想を追い出す


「おや、お主は…」 

後ろから突然声が掛かった

「あ、厳顔さん、もう起き出して大丈夫何ですか?」

「これ位何と言う事はない、寝台に寝ておっても体か鈍るだけじゃ」


…確かに、ベッドで暴れてた様子を見る限りこの人ならそうなんだろうな


「ん?…お主今失礼な事を考えておらなかったか?」

「え、あ、いや…すいません…」


「…くくっ…ふっはっは!随分素直に認めたものじゃな!」


「いや、なんか見透かされそうで…というか隠しても無駄な気が…」


「はっはっはっ!潔さは美徳じゃな、好感が持てる」

「…どうも」


「…話は変わるがまだ礼を言っておらなかったのぅ、雛里を救ってくれた事、感謝しておる」


 

スッと頭を下げた厳顔の様子に慌てて手を振り


「そ、そんな厳顔さん!頭上げて下さい!俺はそんな大した事…」


「星から聞いておる、雛里を救うと単身白帝城に向かうつもりでいたそうじゃないか?」


「いや、それは…確かにその通りだったけど…」


「…どうして儂らの為にそこまでしてくれる?曹操殿の臣のお主にははっきり言ってそこまでせねばならぬ謂れも道理もなかろう?むしろ曹操殿の考え通りなら国一つまともに治められん桃香に国を任せる事などできないのではないか?」


…確かに華琳と桃香の交わした約定ならばそうするだろう


「…大丈夫、桃香はちゃんと蜀を治められるよ」 

「今現に国は乱れ、桃香と敵対する者が現れたのにか?魏はさっさと王(桃香)の首をすげ替えた方が早いのではないか?」


「…厳顔さん、確かに今は桃香と敵対する勢力が現れちまった、これは桃香が招いた問題かも知れない、でも桃香は負けないよ、きっと解決の道を見つけられる…あんまり俺の『華琳』を見くびらないで欲しいな」

…それ以上は桃香を今一度王に選んだ華琳への侮辱だ、そうなれば俺も黙ってはいられない


「…俺の華琳…か、流石は華琳殿が選んだ男じゃな、気迫、目の付け所、何より華琳殿への忠義、どれを取っても一流じゃ…失礼した、己の非礼を詫び今一度名乗らせて貰おう、我が名は厳顔、字はないが真名は桔梗と申す、儂の真名受けとってもらえるか?」


「理由を聞いても?」


「…始めは華琳が裏で何か意図が有ってお主を桃香の傍に置いたのかとも思ったが、先程の答えでお主は信に足ると感じたのでな…この答えでは不満か?」


「…いや、信用してくれてありがとう、俺は北郷一刀、真名は無いから下の一刀って呼んで欲しいな」


「一刀、か…承知した」


「よろしく、桔梗さん」


「さん付けは止せ、真名を預け合ったのじゃからお主も対等で、な?」


妖艶な笑みを浮かべる桔梗

「わ、わかった…よろしく…桔梗…」


 

「ふっふ♪久しく男子おのこに真名を預けておらぬ身、もし閨に来たいというなら開けておくぞ?」


「え、あ、いや、それは…その…」


「はっはっ♪初心じゃのう、ではまたの機会に致そう、…さて、酒でも呑んで一汗かいてくるか」


ガサゴソと棚から酒を取り出し自前の徳利へと移し替えていく


「フフン♪やはり酒がなくてはな、それではまたな一刀」


「…あ、はい…」


「火だけは気をつけるんじゃぞ?」


怪我が嘘の様に確かな足取りで歩きさる桔梗を見送る一刀


「…魏にはいないタイプだなぁ…」 

魏の娘達って俺より慣れてる娘いなかったしなぁ…はっきり言って手玉に取られそうだ…


「…さて俺も…いっけねぇ!!」


グラグラと煮え立つ湯、慌てて薬缶を火から下ろす


「…煮だってるな…持ってく内に冷めるか?」


時間掛かったのはなんて言い訳しようかな…

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