47話 激突、蜀VS旧蜀
北郷SIDE
「…という訳でこの方針で行くのですよ」
「…風、なんも説明されてないけど…」
「おぉ!それはうっかりしていたのですよ」
「「「………」」」
周りの冷たい視線も何処吹く風で
「さてさて、お兄さん、お兄さんが雛里ちゃんの下に向かうのは時間いっぱい使ってぎりぎりでしょう、もちろんそれでは途中でまた足止めがあった場合時間が足りなくなります、なので万が一の場合は二面作戦で行きましょ〜」
「…風の策もやっぱり隊の二分か…」
期待していたがやっぱりダメか…
「やっぱりお兄さんも同じ考えでしたか〜、なら話は早いのです、早く向かうのですよ」
「…風…」
「残念ですが風と涼華ちゃんと星ちゃんのお馬さんはお兄さん、白蓮ちゃん、翠ちゃん三人のお馬さんには追い付けないのですよ、という事は必然的に二分するなら足止めは風達、お兄さん達が先行するのが上策なのですよ」
「…スマン」
「…お兄さん、風達は大丈夫ですよ、雛里ちゃん達を連れてすぐに戻ってきてくれれば問題なしですから〜、風達は相手とお留守番ですよ」
「一刀殿、風は私が命に換えても守ります、任せて下さい」
「星…嬉しいけどダメだ、君も無事でいてくれ…君ももう俺の大切な人間の一人なんだから…」
「勿体なきお言葉…フフッ、やはり貴方に惚れて良かった」
「え?」
なんかサラッと…
「続きは帰ってから閨でお聞き戴きましょうか、フフッ、これでもう一つ無事で帰らねばならない理由ができました」
周りはいろいろやばい空気を発散し、俺自身も頬が赤いのがわかる…
「じゃ…じゃあしゅ…」
「ま、待ってくれ!!」
今度は誰ですかっ!?今の空気を打ち消したいのに!?
「あ、あの、た、頼みが…あ、あるんだ…」
「どうしたの馬超さん!?」
俺忙しいんだけど!?
「た、頼む、わ、私をま、真名で呼んでくれ…」
「…真名で?良いの?」
「…頼むよ、雛里達を助ける為に北郷に命を預けるって決めたんだ、預かって欲しい」
「わかった、真名は預かる、でも命は必ず利子付けてでも返すからそのつもりでよろしくな、翠」
「ふふっ…あぁ」
「…もう良いですか?では出陣ですよ」
「よし、行こう!ホウ統ちゃん達を助けに」
「はっ!」
「応っ!」
「あぁ!」
「はいっ!」
「行くのですよ〜」
………
……
…
「おい、馬が近づいて来るぞ!!」
「なにっ!?さっきのやつらか!?」
「いや、一人だけだ」
馬が城門手前で急停止した
「魏将張文遠!魏王曹孟徳の命により援軍に来たで!誰か事情説明し!!」
「は、はいっ!今門を開きます!!」
ガラガラガラガラ!!
「ど、どうぞ!」
「あ、あと後続の兵達にも伝令出してくれへんか?」
「わかりました!」
「うし!なら頼むわ!…ハイヤッ!」
全力で路地を駆ける霞の目に映る景色はいつもとは違う、こんなに活気のない成都は初めて訪れた…
「所々壊れとるな…中で戦有ったんか?」
木の樽や荷車だった物は無惨にもボロボロ、壁や石畳にも傷跡や武器が転がっている
「うへぇ…結構めちゃくちゃやん…」
路地を駆け続ける霞の視界には破壊の後が増えていく…霞の脳裏に嫌な光景が浮かぶ、
入口の兵に一刀の安否くらい聞いておけば良かったかも知れない…
「あ〜っ!!心配するんはウチのガラちゃうし!!城に行けば分かるんやから余計な事考えるんは後や!!…ん?なんや?」
成都の城は街自体を囲う壁と城のみを囲う城壁の二つの壁で出来ている
その城壁の上、誰かが城の上で何かを振っている
「…誰や?」
向こうはこっちが誰か分かっているようだが…
「霞ちゃーん!!」
「ウチをあんな呼び方をするのは一人しかおらへんな…」
紫苑が城壁にいるらしい、しかしなんでまた…
「紫苑!!どないなっとんねん!?みんなは無事なんか!?一刀はっ!?」
「霞ちゃん落ち着いて、門を開けるから霞ちゃんの隊が到着するまでの間少し話を聞いて欲しいの」
「…分かった…」
近くの兵に馬を預け、城壁へと上がる
「来たで紫苑…」
「ごめんなさいね、急いでいるのに」
「かまへんよ、ウチも焦りすぎやった…落ち着かせてくれて感謝しとる位や」
霞の言葉に一瞬微笑んだ紫苑だが急に表情が引き締まった
「霞ちゃん、蜀を攻めてきたのは張任、元々蜀を治めていた劉璋軍の将よ…」
「つまり旧蜀軍てわけや」
「…えぇ」
「街の様子は?まさか一の壁抜かれたわけやないやろ?」
「内応に応じた部隊が門を開けて外にいた者達を引き入れたの…」
「裏切り、か、厄介なもんやな…」
「霞ちゃん、戦場では良くある事よ…」
「分かってはいるんやけどね…何となく割り切れんわ…向こうに家族達いるんやろうけどこっちにも仲間おったやろうし…紫苑もわかるやろ?お互い降将として魏と蜀に仕えとる身やし」
「そうね…ふふっ」
「ん?何がおかしいんや?紫苑」
「月ちゃんと詠ちゃんの事、桃香ちゃんは分かってるわ」
「なんや、気付いとったんか」
「洛陽の事は全部麗羽ちゃんと袁術ちゃんの虚言だって斗詩ちゃんから聞いたの」
「あ〜…そういえば蜀におったなあの三人、…初めて見た時は危うく斬り殺すとこやった」
目が本気の霞
「…話を戻すわね、二人の話を出したのは一つお願いがあったからなの」
「なんや?」
「鳳蓮…張任を助けてあげてほしいの…」
「張任を?」
「本当は悪い人じゃないの、部下思いで祭とお酒が大好きで…よく桔梗と三人で飲み交わした大切な仲間なの…お願い、もし機会があるなら彼女に投降する機会をあげて…」
頭を下げる紫苑
「ウチは問答無用でかかってくるなら容赦せぇへん、向こうに話し合いするきあるなら構わんけど」
「それで構わない…ありがとう霞ちゃん…」
「お…やっと砂煙見えて来たわ…ウチ、行くで」
「彼女をお願い…」
「任しとき」
魏の兵が動く、大乱を留める楔となる為に…
………
……
…
城門の前に居並ぶ万近い兵を眺めその城の主は感嘆の声を漏らした
「ふっふ♪桔梗の奴め…良く鍛練しておるようだな」
昨夜のうちにあれだけの距離を移動しておきながら疲れた様子一つ見せない、存外優秀な兵達のようだ
「笑い事ではありませんぞ!!篭城戦の為の備蓄はかなりあるとはいえ、万の兵に相対するだけの戦力など有りはしませんぞ?」
「なければ『作れば良い』、どうせあの男は大量の人形を作って寄越すさ、我等は策が成るのを待っていれば良いさ…それにな」
「それに?」
「あれだけの兵を相手どって戦だというのに篭城などとは無粋とは思わんか?のぅ、我が軍一の剛剣、呉班よ?」
張任の口が赤い三日月の如く歪む…その笑みはまさに獰猛と呼ぶに相応しい
「これは驚きましたな、まさか城に構えておるというにその優位を敢えて捨てると申しますか」
だがその顔には笑みが浮かび頬が緩んでいる、なんのかんのといってこの男も自分の副官に相応しい位戦が好きなのだ
「私としては散々篭城した挙げ句罠で片っ端から痛め付けてやろうかと思ってはいたんだが、万が一劉備軍の奴らに侵入されては民に害が及ぶからな」
「…劉備軍は誘いに乗ると思いますか?」
「乗るさ、もう既にここまで我等の思惑通りに運んでおる、罠の中にいる者が罠をかわす事などできんさ」
ちょうどよく石段を駆け上がってくる影が一つ、伝令のようだ
「張任様っ!綿竹の森に騎兵が100騎ほど侵入、どうやら向こうの門を開ける気らしいです!!」
「伝令ご苦労、…呉班、裏を頼む、私は桔梗の相手をする」
「わかりもうした、足止めだけでよろしいのでしょう?」
「それで構わん、後はあの娘らに任せろ」
「は、では」
馬を飛ばし走り去る男を見送る
「…ここまでは完全な我が策の通り、さて…私の城の周りを這い回る者共には少し仕置きが必要だな」
張任は今一度口許を笑みの形に歪めた…
………
……
…
「クソッ!!ここまで予想通りかよ!!」
周りには200はくだらない山賊の集団、よくもまぁこんなにも集まってくれたものだ
「いやはや、ここまで律儀に予定通りだと軍師冥利に尽きますね〜」
「呑気にんなこと言ってる場合か!!」
「確かにその通り、そろそろ手筈通り3人にはいってもらいましょうか」
「で、でもこれだけの敵がいたんじゃ!!」
「一刀殿、まだ貴方は勘違いしておられる、今朝の話の通り死地に赴くは貴方がたであって我等は待つのみなのです、我等は心配するとしても貴方が心配する事など有りはしません…お願いします、雛里を…皆を助けて下さい」
「星…わかった、ホウ統ちゃん達は俺に任せてくれ…翠!白蓮!行くぞ!!」
「応!!」
「任せろ!!」
周りの包囲はせばまりつつある、抜けるならば一点集中
正面の山賊達は腕前はそれなりだが如何せん隊形がお粗末だ…今ならまだ!!
「翠!白蓮!続け!!」
絶影が俺の声に呼応し加速する、その瞬間絶影は黒い疾風となって周りの者を弾き飛ばす
ある者はその普通の馬より一回り以上ある巨体をもろに受け、またある者はその馬体を支える強靭な蹄の餌食となり、その命を散らす
果敢に刃を絶影の走る先に繰り出す者もいるが、絶影に届く刃など有りはしない、いや俺がさせない
進路を塞ごうといくつもの槍や剣が突き出される、その中で絶影の進路を完全に塞ぎきる物のみを選んで刃を合わせていく
白蓮と翠もその穴を拡げる様に付いて来ている為山賊達は迂闊に手出しはできない
まさに敵を貫く槍、立ち塞がる者は容赦なく餌食となる
「おや、進路ぐらいは開く手助けをするつもりだったのですが…」
「皆さん行ってしまいましたね〜」
「後は我々だけです!兄上達に負けぬよう頑張りましょう!!」
「そうですね〜、少なくとも4半刻(30分)はこの場に留めておきたいですから星ちゃん、あまり追い立て過ぎないようお願いしますね〜、あ〜、それからお馬さん達は先に逃がして上げて下さいね〜」
「心得た、徐晃殿…では呼びづらいか、そうですな、これから互いに命を預け合う身、真名も預け合いませんかな?」
「はい!私は涼華と言います、よろしくお願いします!」
「私の事は星と呼んでくれ、…ふふっ、ここを乗り切れたら一刀殿の話で一献お相手頂きたいな、風以上に一刀殿に詳しいと聞いた」
「はい!聞きたい事があればいくらでも聞いて下さい、兄上の私生活全て教えて差し上げます!」
「その時は是非とも風もお呼ばれしたいのですよ」
「でも…」
「その前にですよ」
「周りの者らに教えてやらねばなりませんな」
「自分達がいったい誰に喧嘩を売ったのかをですね」
「いくぞ!下郎共!!我が名は趙子龍!蜀が大徳、劉玄徳が一の槍!怯える者はさっさと尻尾を巻いて逃げるが良い!!さぁ!我こそはという強者はおらぬか!!首級をあげれば天下に誇れようぞ!!」
「この女!舐めやがって!!お前ら!!舐めた口利けねぇ様に体に教え込んでやれ!!捕まえた奴が1番に使わせてやる!!」
頭らしき男の声に一斉に色めき立つ山賊達、捕まえれば名声と同時にあのような美女の体まで手に入ると聞けば誰でもそうなる
「頭!!他の奴らは!?」
「逃げた奴らは構うな!!他の奴らも捕まえりゃ自由だ!!やっちまえ!!」
「「「おおぉぉぉ!!」」」
欲望に塗れた凶刃が牙を剥く、たった3人相手にこれだけの人数で攻めるのは愚の骨頂、だが相手は趙子龍…蜀の誇る名将である、束でかかってもらわねば勝ち目などありはしない
幸い部下達は欲が出たのか我先にと攻め掛かっていっている
あいつらは知らない、何故俺が今日ここを通る人間がいる事を知っていたのか
つい昨日の事だ、部下達が仕事を探しに出ていった際に一人の男が現れた
そいつは大量の金の入った箱を部下らしき者達に運ばせてくると地図を開き
「明日この道を男一人と少女五人の集団が通る、その内の一人でも殺せれば謝礼としてこいつをやろう」
などと言ってきた
何故この軍人らしき男がこの村が山賊の根城だと知っていて俺達みたいな山賊などに殺しの依頼をするのか、という疑問はあった、しかし目の前に置かれた黄金色の山の前には些細な事だ
北領では曹操と袁紹に追い回され、その中で頭目である張牛角が死に次の頭目に指名された張燕も官軍と上手く折衝していたが公孫家と袁家が滅びたのを機に兵と共に曹操に帰順、当初いた10万の兵は今や300まで減っていた
…だが運は俺を見離してなどいなかった、たった一人、一人殺せばあの莫大な金が『俺』の物だ
…しかし男の期待とは裏腹に部下達はあの女達に一太刀すら与えられていない
(うぅ〜…!!くそっ!!くそっ!!こんな強いなんて聞いてねぇぞ!?)
「頭っ!!待機させてた弓隊の奴らドジりやがった!!逃げた奴らに森から射かけた何人かがやられて弓と矢束を持ってかれた!!」
「何やってやがる!!そいつらはどうなった!!」
「取られた弓で何人かやられた!!追い付けない奴らはもうこっちに向かわせてる!!」
…仕方ない、向こうの奴らは諦めてこっちの奴らに狙いを絞る、…一人、たった一人なのだ
しかしその一人に辿り着かない、
唯一殺しやすそうな金髪のガキも2人の女に阻まれ手出しできない有様だ
「てめぇら!!捕まえようなんて加減はすんな!!ぶっ殺しちまえ!!」
「「「応っ!!」」」
一層激しくなる剣撃に星も涼華も少しだけ眉を顰る
(一刀殿達は上手く逃げ切ったようだな…我等もまだこれだけならば余裕だが、先程の話通りならば今弓兵がこっちに向かっているはず、包囲を破らねばまずいな…)
「涼華っ!私は退路を拓く!風を頼むぞっ!!」
「風様、私の足元でしゃがみながらついてきて下さいね」
「は〜い、移動はなるべくゆっくりでお願いしますですよ〜」
星の背を守る形で涼華が戦斧を構える
「…いくぞ!!でりゃあぁぁぁ!!」
始まった撤退戦、味方はなく、敵は多い…