46話 前哨戦最後の一手
白帝城へと向かう部隊の天幕で顔を突き合わせる三人
「雛里、この状況お主はどう考えておる?」
「はい…進軍速度は予定より若干速いようです、このまま行けば予定より一日ほど早く作戦に移れるでしょう…でも…ここまで抵抗らしい抵抗がないのもおかしいです…」
「罠か?」
「偽善斬党がそれほどの戦力があるとは思えませんが用心した方がいいかと…」
「そんなの必要ない、正面から堂々と当たれば我等が負ける事などない」
「で、ですが焔耶さ…」
「まだそのような馬鹿な事を言っておるのか焔耶!!」
怒りに震えた桔梗が焔耶に掴み掛かる、焔耶は今にも殴り掛かりそうな桔梗をじっと見据えている
一触即発の空気が天幕を包む
「焔耶、そうなればどれだけ犠牲が出るかわかっているか?」
スッと桔梗がむなぐらを掴んだ手を離した
「…焔耶、お主の思いは儂にも分からんでもない、儂だって唯の戦ならばお主と同じ考えでいたはずじゃ、…だが今は違う、今すべき事は戦ではなく蜀の民に安寧を与える事、平和となった蜀に騒乱を起こす張任を止めねばならぬ、儂だけでなくこれは桃香殿の願いでもあるはずじゃ」
「…はい」
「焔耶、民の為に堪えてくれ…頼む」
桔梗が頭を下げた
「き、桔梗様…」
…自分はなんと愚かだったのか…これほどまでに桔梗は民の事を考えていたというのに自分という奴は…
「桔梗様…お顔を上げて下さい、私が間違っていました…申し訳ありません…桔梗様」
「え、焔耶…」
「桔梗様のおっしゃる通りです、桃香様の願いは民が安心して暮らせる国、その思いに呼応し立った自分が自尊心などに固執し恥ずかしい限りです…」
「焔耶…」
「…張任殿を止めましょう、民にこれ以上要らぬ不安を与えてはいけません」
壁に立てかけた鈍砕骨に手を掛ける
「…もう…大丈夫か?」
「はい!苦しむ者の為に武器を取ったのです、戦い方になど固執すれば桃香様や民に会わせる顔がない」
「…フッ、結局お主は桃香殿一筋だな…」
「…よかったです…」
…三人は思い新たに進む、白帝城到着までは残り僅か…
魏SIDE
「…そろそろえぇやろ、うし!!、ここで待っとき、お前より後から来た奴らは全員馬を向こうの牧場に預かってもらう事になっとるから許緒将軍か典韋将軍の部隊に混じってついてき」
「え、あ、で、ですが将軍、まだ半分も到着してませんよ!?」
「ついて来れへん奴らはおいてく!まだ8000までおるやろ!!このまま3000まで兵は絞るんや!!」
「ほ、本気ですか!?」
「あたり前や!!後あいつとあいつとあいつの馬限界や、降ろしとき、後発隊に加えるんや、あと頼むで」
「わ、わかりました、ちょ、張将軍は…?」
「ウチは先行く、蜀の城行って状況を教えてもろてくる」
「え?ちょ、張将軍!?」
「ほなな!ハイヤッ!!」
疾風の如く走り去る霞に取り残された副官
「…私にどうしろと?」
呟いた言葉は風に乗り砂塵に消えた…
………
……
…
「でりゃーーー!!」
突進してきた山賊を弾き返し、一刀で円月刀を根本から叩き折る、戦意を失い周りに恐怖を伝染させながら逃げ戻る山賊
2〜3人を同時に相手しながら隙のある相手に確実に一撃を見舞っている星、その姿はまるで蝶
ヒラリヒラリと凶刃をかわしながらその槍は確実に相手を地に沈めてゆく
「誰かこの趙子龍を止めんとする強者は居らぬか!」
その隣を駆ける鮮烈な緑、煌めく銀色の閃光は上下左右の斬り薙ぎに加え突きを織り交ぜながら敵を圧倒していく
驚くのはそれを騎乗のままにやってのけている事、騎兵の鉄則は数の多い相手に闇雲に仕掛けない事だ、ヒット&アウェイのできる広い場所ならともかく木々の繁る山道である、皆が馬を降りて戦う中、馬と見事な連携をみせる
まさに錦馬超、その一見豪快に見える槍捌きは相手の動きや構えを判断した上で最良の攻撃を選び、
迫雷は主の考えがわかるのか馬超さんが槍を振りやすいよう向きを変え動き、主の手助けをしている
「西涼が馬騰の遺児馬超!!死にたい奴はかかって来い!死にたくなけりゃ下がってな!!」
馬超さんの猛撃が山賊を襲った
…そして後方で風の護衛をしているのは白蓮だ
彼女は『普通』だと言われる、…確かに派手さはまったくない
しかし彼女の戦い方、それは良くも悪くも「普通」なのだ
星のような流麗な槍捌きや馬超さんのような豪快さはない、しかしそれは変に癖がないという事、ムラが一切無いのだ
剣の基本の三動作、斬る、払う、突くのお手本のような剣技に内心舌を巻く思いだ
「うわゎ!?そ、そんなにいっぺんに来るなよぉ〜!!」
ヤバッ!?あんま皆に見とれ過ぎた!!
白蓮と風の傍まで山賊数名の接近を許してしまっている
急ぎ後方へと退却…
「公孫讃殿っ!!」
風の後ろから人より頭一つ程巨大な戦斧が前へと踊り出てくる
あの戦斧『曇天』は重量だけなら俺の鐡斎の方がかなり重い、だが形状は戦斧である、重量の半分以上が先に集まっているのだ
生半可な力では持ち上げる事すらできないこの戦斧の持ち主はその重量を軽々振り回す
「せいやー!!」
まとまって斬りかかった三人の山賊達はそのまま跳ね返る様に吹っ飛んだ
勢いを殺す為地面へと刃をぶつけ、体ごと前へと横薙ぎの一撃、
…あの細腕の何処にあれだけのパワーを隠してるもんだと感心したくなる
「俺も前に出る!涼華!白蓮!風の護衛頼むぞ!!」
「え、おい!北郷!?」
「任せて下さい兄上!!」
………
……
…
「…くそっ!!駄目だ!退け退け!!」
「お、覚えてやがれ!!」
お決まりの台詞を残して山賊達は逃げ去った…
「はぁ、はぁ、はひぃ…し、死ぬかと思った…」
「だ、大丈夫か?白蓮」
「まったく、白蓮殿、あの程度で音を上げるとは情けない」
「無理言うな!!お前ら程私は強くないんだぞ!!」
「そんな偉そうに言う事では無いでしょうに…」
「白蓮がもう少し強けりゃあたしらも前でおもいっきり戦えるんだけどなぁ…」
「うぅ…」
「ほらほら、二人共、白蓮をそんなにいじめるなよ、あれだけの人数相手にできる人間の方が稀なんだからさ…」
「人数といえば今日のはやけに大規模でしたな、風、お主はどう見る?」
「う〜ん…そうですね〜、やっぱり今までと同様野盗、もしくは山賊でしょ〜ね〜」
「そうは言ったってもう4日走って3度襲われてるんだぞ?こんな偶然あるかぁ!?」
「ですから偶然ではないでしょ〜、向こうの思惑通りという事なのですよ」
「なるほど」
「そういう事か…」
「これも計画の内とは我々より一枚上手ですな」
「え、え?お、お前ら今の説明でわかったのか!?お、おい風!もっとわかりやすく説明してくれよ!!」
「ぐぅ…」
「風が言ってるのはつまり張任が山賊を扇動してるって事さ」
「お兄さん、説明は風の役目なのですよ」
「寝てたのは誰だよ…」
「翠ちゃんには少し焦らして教えるのがコツなのですよ」
「確かに翠は覚える気がない事には無頓着ですからな、その欠落した知識欲を使わない事にはそのうち蒲公英に『のうれん入り』させられるぞ?」
「げっ!?それは勘弁!!」
「『のうれん入り』って何?」
「脳筋連合の略称だそうです」
「…ちなみに魏からは何人…?」
「二人ですね、…誰だかお聞きになりますか?」
「…いや、…いい…」
なんとなくわかる…
「…お兄さん、ちょっと良いですか?」
急に居住まいを正す風
「今日までの襲撃で疲弊したお馬さん達を休ませる為に半日以上使ってしまいました、このまま行けば良くて半日、最悪の場合間に合わないかも知れません、その上でお聞きしますがお兄さんはこのまま皆を助けに向かいたいですか?それとも後発隊を待ちますか?」
「後発隊を待ってたら絶対間に合わない、俺達がどうにかしてでも間に合わせるしかない」
「わかりました〜、では何とか間に合う方法を考えましょ〜か」
「悪い、できるか?」
「お兄さんが求めるなら風はそれを全力で手助けするだけなのです」
「ありがとう…風」
二人だけの時間がゆっくりと
「ん〜ゲフン!ゲフン!!」
わざとらしく咳ばらいする星
「あ、あ、あわわ!あわわわわっ!?」
真っ赤になって目を隠す馬超さん(隙間からチラチラ見てます…)
「お、お前ら!!こ、こんなとこで何する気だよっ!?」
…何をする気だとお思いで?白蓮さん…
「…どうせ…どうせ私なんか…」
足元でのの字を書きはじめる涼華
…流れませんでした
「あ〜…ゴメン…」
恥ずかしいのをごまかすため頭を掻く…
「見せ付けてくれるものだな風?」
「風もたまにはお兄さんを一人占めできる時間が欲しいのですよ」
星の怒りも何処吹く風と受け流す風
「さてと、風はもう眠たいので策の説明は明日にさせてもらいます、ではおやすみなさいですよ〜」
すぅすぅと寝息を立て始める風
「…もう策考えてたのか」
「風は軍師としては超一流ですからな」
「そういえば星は風や稟と一緒に旅していたんだったね」
「えぇ、できる事なら同じ王に仕えたいと旅していましたが路銀稼ぎに白蓮殿の所に居たら存外居心地が良くなってしまいましてね」
「悪かったな…存外で…」
「ハッハッハ!私は褒めているのですよ?北の小国のなかでも一際勢力が小さな国、立ち寄る程度で終わるつもりが長々と居着いてしまいましたからね、おかげで桃香殿達とも出会えた、感謝していますよ」
「…うぅ…遠回しにかなりけなされた気がする…」
「まあまあ…そんなに落ち込むなよ白蓮…ほら、風じゃないけど早く寝ないと明日は早いよ」
「…北郷は?」
「俺はこのまま火の番しようかとね、野盗に狙われる危険は高いけど野犬や虎よりはましだし」
「でも一人じゃ危ないだろ、私も起きてるから星達は先に寝ててくれよ」
「「「!!!」」」
「え?いや、でもさ、今まで俺の時間は俺一人だったし…」
「私がお前に用があるんだよ、少しだけ良いだろ?」
「まぁそういう事なら…」
「よし、ほら、他はさっさと寝た寝た、明日が正念場なんだからさ」
しぶしぶ寝床へと向かう三人だが白蓮の様子が気になり気が気ではない
じっと息を殺して聞き耳を立てる三人
しばらくすると一刀と白蓮の話し声が聞こえてきた
「…北郷、単刀直入に聞くぞ?私の事どう思う?」
「「「!!!???」」」
「あ…もがが!?」
とっさに涼華が叫ぶのを止めた星、状況の推移を見守るつもりなのだ
「…それは女性としてっていう意味で?」
「あ〜違う違う!…なんて言えば良いのかな…一人の人間として、って言うのかな、もちろん女性としての評価も含めてほしいけど将としてとか太守としてとかお前の目から見ての『公孫讃』ていう人間を評価して欲しいんだ」
「いや俺の評価なんて…」
「北郷だから聞きたいんだ、お前結構はっきり言う方みたいだし、客観的に見てくれる気がするからさ…他の蜀の連中は、私に気使ってあんまりはっきりとは言わないしさ…」
「……わかった」
そう言われては仕方ない、この際じっくり観察して彼女の期待に応えるとしよう
「…な、なんか恥ずかしいな…そんなじっくり見つめられると…」
「…俺だって恥ずかしいよ、でも我慢して」
「わ、わかってる!」
じっと頭の先から足の先まで眺めた後
「…白蓮ってかなり着痩せするほう?」
ゴッ!!
「次ふざけたら本気で殴るぞ」
「…ご…ごめっ…」
…鳩尾殴られ悶絶してます
呼吸が落ち着き直した所で
「…改めてザッと見ただけだけど、白蓮って結構悩み抱え込む方でしょ」
「は?」
「眉間にシワ寄りやすくなってるよ、今のうちに直した方がいい」
「あのな〜…私は容姿の話を聞きたいわけじゃ…」
「悩みが多いのは容姿の話じゃないよな?」
「そりゃそうだけどさ…そういうのじゃなくて…」
「評価されなきゃ不安?」
「ち!違っ!!…あ…」
今の否定が答えを言っている
「はぁ…私ってダメだなぁ…今のじゃ自分から白状したようなもんだ…」
「…どうして評価されたいのか聞いて良いか?」
「…北郷は『普通』ってどう思う?」
「普通?」
「…普通ってさ、これ以上残酷な言葉ないんだぜ」
白蓮の瞳に陰りが生まれた
「…ウチ(公孫)の家って裕福でさ、私塾にも通えたし貧乏暮らしなんて太守になるまでしたことなくてさ…そんな家だったからさ私自身も家の名を継ぐならそれに相応しい人間になりたくてさ…」
「…でも無理だった…頑張れば頑張る程私自身の最低評価が上がるだけ…『公孫家なんだからできるのは当たり前』できなきゃ『普通の公孫讃はこの程度』なんて揶揄される…なんだか自分が物差しみたいで…すごく…苦しかった…」
「白蓮…」
「なぁ、私って誰かに必要とされてるか…?」
…白蓮が評価を気にするのはそういう事なのか…つまり彼女は誰かに必要とされたいのだ…自分『だけ』を必要として欲しいのだ
「白蓮…君は自分を否定してるみたいだけど君自身は蜀の仲間をどう思ってるの?」
「どう思ってるって…もちろん大切な仲間だ」
「だろ?なら相手もそう思ってるんじゃない?」
「…そう、かな…?」
「君がみんなを大切だと思ってる分、みんなも君を大切だと思ってるよ、俺、蜀の人間じゃないけど俺は白蓮の事、大切に思ってるよ…」
「北郷…ありがとうな、おかげで元気出てきた…」
「そりゃよかった、ならその元気明日まで取っておいてくれよ、…明日が正念場だ」
「…あぁ、そうだな…」
「白蓮は先に休んでよ、俺はもう少ししたら星達と交代するから」
「え?でも…」
「大丈夫だからさ…な?」
「…あぁ、それじゃ悪いけど先、休むな、お休み…ほ…一刀…」
「お休み白蓮」
何故か白蓮の頬が朱かったような…火の加減でそうみえただけか?
薪を新たに焼べながら明日の事を考える…後一度の襲撃を受け足を止めてしまえば全てが水の泡…逃げるにしてもついて来られたら…
「…逃げるか」
俺にできるのは今はそれくらいだ
しかしそうなると…
「…風の策を聞いてからだな…」
こうして戦いの前の夜は更けてゆく…たった一人の思惑が全てを動かしているとも知らず…