37話 二面作戦準備
翠、蒲公英、朱里SIDE
「早速ですが、今回の作戦ですけどこちらが最大用意できる兵三万の内一万を率いてもらい、魏に救援を呼びに行ってもらいます」
「一万もか?向こうは五千しかいないんだろ?」
「ですから、必ず二人一組で当たってもらいます、相手の能力が未知数ですから…」
「…ん、わかった、必ず二対一で当たらせるよ」
「お願いします、あ、後ですね、お二人はいつも通り騎馬隊を率いて下さい、他の部隊の指揮は私がやりますので」
「朱里も出るのか?」
「はい、敵兵が強く戦線が膠着するようでしたら騎兵のみで長坂の関を抜けて下さい、私は残った兵を退却させます」「えぇ〜!?私達だけで行くの〜!?」蒲公英は不安…というか不満そうだ
「…蒲公英ちゃんの言いたい事はわかりますけど、今回の目的は敵の排除ではありません、無用な戦闘は極力避け、騎馬隊だけで向かったほうが被害は少なくて済みます、…それと…軍師の私が言うのはなんなんですけど…なんだかすごく嫌な予感がするんです…誰かの思い通りに進んでいるような…よくわからない不安がずっと頭から離れないんです…」
「…つまりあたしらがその誰かの思い通りにならないように動くわけだ、…よし、わかったよ、あたしらに任せな、朱里、んじゃ早速騎馬隊の編成決めに行くぞ蒲公英」
「あ〜!待ってよ〜、お姉様ぁ〜」
二人が外へ歩いて行く様子を眺めながら朱里は自分の嫌な予感を頭を振って追い出すのだった…
桔梗、焔耶、雛里SIDE
「雛里、これはどういう事か説明してくれんか?」
桔梗達三人が座る机の真ん中には成都から白帝城までの地図と近隣の兵を集め易い場所の地図が所せましと並んでいる
「はい、朱里ちゃん達救援部隊は翠さんや蒲公英ちゃん指揮下の騎馬隊を率いて長坂を抜けるのを第一目標とし、他の兵士さん達は朱里ちゃんが連れて戻ります、その間に一万の兵を率い白帝城へと出撃します」
「なるほどのう、じゃがそうなると城が手薄になる、儂か焔耶が残るか?」
「いえ、城の指揮は冷包副将軍にお任せしようと思います」
ちょうどその時部屋の扉が開く
「…失礼します、鳳統殿…お呼びでしょうか?」
入ってきたのは薄い黄緑がかった短髪の少女だった、短く切った短髪の間に深く刻まれた皺はまるで睨みつけてるようだが本人いわく地だそうだ
「あ、はい、白帝城への進軍が決まりましたので城の守りをお任せしたいのですがお願い出来ますか?」
「…兵の規模は」
「一万程預ける事になります、…城の防衛が目的なので動く事はないかと思います」
「…御意、決行の日取りが決まりましたらご連絡を」
スッと頭を下げ部屋を退室していく冷包
「…冷包か、あやつが劉璋の逃げ出した後に士官してきた時はどういうつもりかと思ったが、この一年半のあやつの頑張りには正直舌を巻いた」
「そういえば冷包さんも桔梗さんと同じ劉璋軍出身でしたね」
「あやつは元々軍師肌でな、劉璋軍では1〜2を争う程の才気を持っておった、しかし必要最低限の単語しか口にせん故、劉璋が見切りを付けようとしていた所を張任が拾ったという話だったが…まさか逃げる劉璋から離反して寝返るとは思いもしなかったわ」
「今のお話を聞くと、やはり張任さんの元へ行かせない方が良いですね、お城で待機してもらいましょう」
「…うむ、張任の事だ、会えば必ず説得にかかる、戦意を失った指揮官は兵達の身を危うくするのみ、会わせん方が無難じゃろう」
桔梗と雛里は互いに頷き合った
「…城の守りは問題なし、しかし三千の兵と人形のような物が守る城をどうやって落とすかじゃな」
「城攻めの鉄則は単純に兵力差で押し切る事ですから、現状で見てもその条件は満たせないと思います」
「じゃろうな、かといってあやつが挑発や罠で大人しく出てくるとも思えん」
「発見されず近づくにはこの道を辿るしかありませんね」
南に広がる綿竹森を指す雛里
「…軍師殿、張任殿も森には気付いているのでは?」
難しい表情で焔耶も加わる
「はい、警戒はしています、一刻毎に兵士が森の中を警邏してます」
「それでは…」
「ですからその隙を突きます、警邏の兵が交代の為に下がったのを見計らい城の手前まで前進し、城門開閉の際に突入します」
「上手くいくか?」
「その為に正面からお二人に張任さんを『説得』してもらうんです」
正門に意識を向けさせ他方から攻める、戦の常道である
しかしこれには焔耶が良い顔をしなかった
「…正々堂々とは程遠い戦ですね」
「偽善斬党には前々から和平の使者を送っておった、それを一切取り合わず兵を起こしたという事は話し合いの余地はないという事じゃ、お主の言い分もわからんでもないが…」
「でしたらもっと正々堂々とした戦で決着を付けるべきです!」
「ではお主はその為に兵達の身を危険に晒すのか!」
「必要とあらばそうすべきです!兵だって覚悟は…」
「この大馬鹿者がっ!」
力任せに焔耶を殴り付ける桔梗
「焔耶!貴様は今兵達に命を捨てろと言ったのと変わらん!取り消せ!」
殴られ倒れ込みながらもじっと桔梗を見据える焔耶
「…それでは桃香殿が心を痛めるだけだというのがわからんのか?」
「…しかし…このような方法も桃香様は認めないでしょう…」
「………」
「………」
無言のまま互いの視線のみが交わる
「…少し部屋で頭を冷やせ…」
先に視線を外したのは桔梗だった…黙礼のみで退室していく焔耶
「焔耶…」
桔梗の胸に焔耶への黒い疑惑が生まれたのだった…