33話 勝負のち一刀争奪戦争勃発の事
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夜明け間近の雲に赤みが挿し始めた頃、愛紗と俺は先に宿から出て近くの森まで来ていた
朝飯までは後二刻程、体を動かすにはちと早いが愛紗と再戦の約束をした以上彼女がやるならとことん付き合うまで…しかし
「愛紗…大丈夫?」
「こ、これしきの事…」
「いや、昨日の今日だし無理だよ、また次にしよう…愛紗」
「い、いやです、昨日の約束をお忘れですか!?」
「あ〜…いや、それね…あのさ、何処で聞いたのか知らないけどね、俺、後宮なんてもってないし…」
「ごまかさないで下さい!天の御遣いは魏の諸将総てを後宮に置き魏を統べた伝説は他国にすら伝わる程、一般的に広く知られております!」
…何その伝説、その伝説を立てた人物が初耳である
「わ、私が勝利した暁には私もそ、その後宮入りを、き、希望します!」
…仮に伝説が本当ならこっちから頼んで後宮入りしてもらう相手からのお願いなど断る訳がない
「では、尋常に、勝負!!」
「うおっ!?」
左肩を凪いでいく槍、いくら練習用とはいえ程よく鈍器である、流石に当たりたくはない、一足ステップバックでかわす
だが凪ぎ払いはフェイント、正面で停止した刃は鋭い突きへと変化し首を寸分違わず突いてくる
こちらは槍を立て左右に身体を振りながら払っていくのがやっとだ
「やりますね!一刀殿っ!では!」
槍を突きの形で連続で突いてくる、その槍で壁を作り俺は後退を余儀なくされる
「な、なんつ〜槍捌き…」
「お褒めにあずかり恐悦至極!しかしまだまだいきますよ!」
これが関雲長の槍捌き…霞が惚れ込むのも無理はない、その一撃は爆発と勘違いするほどの
と、冷静に判断してはみたものの槍は逃げる暇を与えず、上下左右逃げ場のない連撃を繰り返しているのだが…
しかし考えてみればおかしな話である、ない(はず)の物の為に戦うなど無意味なことはない、一刀としては昨日自分を好きだと言ってくれた愛紗とは今日くらいラブラブした雰囲気でいたい等と不埒な事を考えていた身としては寂しい限りである
結局数十か数百か打ち合ってはみたものの決着は着かず互いに肩で息する程に疲労しただけだった
「や…やります…ね…一刀…殿っ…」
「あ、ありがとう…愛紗…で…そろそろっ…飯…戻ろっ…か…?」
「そっ、そう…です…ね」
愛紗は立ち上がろうと足に力を入れた瞬間、腰に痛烈な痛みが走った
「ひぅ!?」
「愛紗…?どうしたの?」
「…あ、足に力が…」
「足?それって…」
顔を真っ赤にしている愛紗の様子で気付いたらしい一刀をみて更に顔を赤くする愛紗
「あ〜…ごめん…」
「謝らないで下さい!!余計恥ずかしいです!!」
「う…ごめん…でも困ったな…歩くのつらいよね?誰かに手を…」
と考えている内何かが近づいてきた、人の気配ではないようだがこちらに近づいてくる
…蹄の音?
岩陰から姿を現したのは…
「絶影!迎えに来てくれたのか?」
「ブルルル…」
そっぽを向く絶影、どうしてこの馬はこれ程にも主似の意地っ張りなのか、しかし来てくれた事には感謝しないと
「絶影、彼女を宿まで連れて行きたいんだ、頼めるか?」…愛紗のすぐ脇まで移動する絶影、目が早く乗せろと言っている
「ありがとう絶影…愛紗ちょっとごめんよ」
「なっ!?一刀殿!?」
背中と膝の裏に手を通し愛紗を持ち上げる…俗に言う『お姫様抱っこ』という奴だ
…普段から青龍偃月刀を振り回し戦場を雄々しく駆ける姿からは想像できない程愛紗は軽かった
絶影は愛紗を乗せるとゆっくりと元きた道を戻り始めたのだった
…
……
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部屋に運ぶと愛紗は休みたいという事なので、俺は後で愛紗のところに食事を運んでもらう事にした
「おはよ〜ございま〜す」
「お待ちしておりました、御遣い様」
頭を下げる店員に苦笑しつつ、後で愛紗の部屋に食事を運んで欲しい旨を伝える、向こうも快諾してくれたのでとりあえず俺も食事に…
と、向こうで蜀の娘達+風と涼華が楽しそうに食事している…一人よりみんなでの方が楽しいに決まってる
「お〜い」
「お兄ちゃんもご飯なのだ?こっちで一緒に食べるのだ〜♪」
「んじゃ失礼して…」
ん?なんだか俺が来た途端一部の娘達の話声が止んだような…
「あ、あの!一刀さん!」
「ん?何?桃香」
「私の隣空いてます!どうぞ!」
「あ、あぁ、ありがとう」
星の目付きが鋭くなる、…俺、睨まれるような事したかな…?
「一刀殿、私昨日街に出てましてな、とても美味なメンマを仕入れたので良ければ」
「あ、ほんと?んじゃひとつもらうよ」
「では」
スッと席を離れ右隣の席に移動してくれる星、俺はメンマ壷に手を伸ばそうとして…
「さぁ、一刀殿、口を開けて下さい」
差し出されたメンマを馬鹿みたいに見つめてしまった
「「「「!!!」」」」
みんなの視線が一挙に集まる
「どうしました?さぁ、一刀殿…」
星が右隣の席から俺の膝の上に移動してくる…柔らかい女の子の感触が俺の右太ももの上に…
「せっ、星っ!?」
「さ、一刀殿…」
や、やばい、星がすごく色っぽい…
あまりの色っぽさにボ〜っとしていたのだろう、半開きの口の中にメンマを入れる箸の感触
慌てて咀嚼し味の感想を言おうとしたが
「おや、失敬、つい私の箸で」
…メンマの味が消失し、頭の中は『間接キス』という言葉で埋め尽くされた
「いかがです、一刀殿」
「ウン、ウマイヨ、セイ」
もちろん味なんかわかりゃしません
「そうでしょう♪何せ今まで食べてきたメンマの中で五本の指に入る程の美味しさ、ささ、もうひとつ…」
星!何故自分が食べてから俺に食べさせる!?
パニック寸前の俺を助けてくれたのは左隣の乙女だった
「か、一刀さん!こっちの料理なんかも美味しいですよ!!」
桃香の声でなんとか理性を呼び戻した俺…ありがとう桃香、少し残念だけど助かったよ
で、桃香の方を向くと
「は、はい、一刀さん、あ〜んして下さい…」
桃香が匙を出している
これは俗に言う『かわいい女の子に食べさせてもらう』という男の夢BEST10入り確実のイベントではありませんかっ!?
「か、一刀さん、口を開けて下さい…」
「い、いやでも恥ずかしいよ…」
なんたって愛紗を除いたみんな揃っての食事である
鈴々は自分のご飯に夢中なのは良いとして、紫苑を何を考えてるのか身をくねらせ悶えてるし、月ちゃんは真っ赤になりつつこっちを見てるし、詠と音々音は桂花が使いそうな罵倒の言葉を次々投げてくるし、涼華に至っては黒々しぃオーラを纏って部屋の隅でのの字を書きはじめている、頼みの風は…寝てる…
「桃香殿、今は『私』が一刀殿にメンマを振る舞っているのですが?」
スッと細まった星の目が殺気を帯びる…
桃香もその視線を受け、一瞬たじろいだが負けじと俺の腕に腕を絡め
「星ちゃんの番は終わり!次は私の作った料理食べてもらうの!」
桃香さん!桃香さん!腕に!腕に巨大なマシュマロが!
「邪魔をしないでいただきたい、私は今宵一刀殿と話したい事があるのでその約束を取り付けたいだけなのですが?」
それが指す意味は明白だ
桃香もいつもの天然ボケがなりを潜め、その意味を正確に理解したらしい、負けじと対抗する
「こ、今夜は私が一刀さんの部屋いくの!」
俺の左腕を掴んで離さない巨大マシュマロ×2
星も引く気はないのか腰に手を回す
バチバチと頭上で火花を散らす二人
一刀は二人の胸や太ももやお尻の感触を金輪際忘れないように胸に刻みつつ(人、それを外道と呼ぶ)、なんとか理性を保っている状態である
更には
「あ!兄上!!よ、呼ぶなら私を閨に呼んで下さい!!」
いつの間に復活したのか参戦してくる妹分、というか俺は閨に誰か呼ぶと何時決まったのですか?
「困りましたね〜、お兄さん、こういう状態を天の国の言葉で『もてもて』というのでしたか?」
「ふ、風!冗談言って無いで助け…」
「風は怒っているのですよ〜、お兄さんは風の事も閨に呼んでくれていませんから〜」
いつもの眠そうな半眼に鬼気迫る物を感じる…敵が一人増えました
「お兄さんは風の事は遊びだったのですね…風をお兄さんなくしては生きられない身体にしておきながら、用が済めば後は捨てるつもりだったのですね…」
よよよと泣き崩れる風……(風が得意とする策は状況に応じて臨機応変に対応する策、確かにこの場の三人を退かせるには確かに有効だ…有効なんだけど…)
…風の方法ではその後の俺を待つ結果は最悪だ!!
…ほら、詠と音々音はまるで俺を見る桂花みたいに汚物でも見るかのような冷たい目してるし、紫苑さんの視線は突き刺さるくらい鋭いし、月ちゃんは悲しそうな目で見てるし、鈴々は意味分かって無いし…
いつの間に移動したのか風はテーブルの下から顔を出して逃げ場のない俺を見上げてるし、涼華は肩を抱くような姿勢で羽交い締めにしつつ耳元で『兄上は私を捨てたりしませんよね?』とか囁いてくる…
…こ、こぇぇ!
四面楚歌、絶体絶命、万事休す…絶望的な言葉ばかりが頭を巡っていく…
…こうして俺、北郷一刀は否応なしに彼女達の対立の中心に立たされたのだった