30話 祭の後は…
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「コクッコクッ…プハッ…美味い♪」
夜半も過ぎたこの時間、月を肴に杯を傾けるのは蜀の将である張子龍…星である
「今宵の月は満月、酒の肴には持ってこいだとは思わんか?…なぁ愛紗よ」
「気付いておったのか星」
「ふふっ、一人で呑むのには些か飽きが回ってきた所だ、何か話したい事でも有ったのだろう?酒の肴に聴かせて貰おう」
「そこまでお見通しか…わかった、付き合ってくれ」
「なんだ愛紗、お主もその道を志すのか?よかろう、私が女人の肉体のめくるめく快楽を…」
「この馬鹿者!意味が違うわ!!」
「…愛紗」キッと真剣な眼差しで愛紗を見つめる星
「…な、なんだ?」
愛紗の方をがっちりと掴み少しずつ顔を寄せて行く星
「ま、待て星!私にはそっちの気は…」
「愛紗…」
唇が目の前に迫り
「…あまり大声を起てては近所迷惑だぞ…」
「この馬鹿者!」
ゴンッ!と愛紗の拳が落ちた
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「少しは加減してくれても良いのではないか?」
「酔っ払いの酔い醒ましにはちょうどよいわ」
「いや、すまん、あまりに愛紗がかわいいからからかいたくなってな」
「この酔っ払い…」
再度拳を振り上げる愛紗
「まぁ聞け…私は背後から忍び寄るお主の気配が忍んではいても感じられた、だから最初からお主の名を呼び、呼び付けた…しかし来たお主の顔を見て一瞬誰か分からなかったのだ、何故かわかるか愛紗よ?」
「私が私だと分からなかった?それはどういう…」
「ふむ、まぁ簡単に言えばお主の表情がまるで別人のようだからだ」
「さっぱり意味がわからぬ、普段の私と今の私、何が違うというのだ」
「ふふっ…それはお主自身が1番良く知ってるのではないか?」
「なっ!?」
「お主の今の顔はまるで初めて知った恋に戸惑う乙女、道を見失った旅人そのものだ…さ、とりあえず座れ、少しお主の今の気持ちを話してみよ愛紗よ…」
愛紗を見つめる星の表情はいつもの相手を眺めて笑っているようなものではなく、相手をいたわるような優しい目だった…
…
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星の隣に座り杯を受け取り一気に煽る
飲み込んだ分を吐き出すようにぽつぽつと言葉が洩れる
「…わからなくなってしまったのだ…」
「…何がだ?」
「私自身の気持ちがだ…私は北郷殿の武技に優れた点も知に長ける部分もそれを鼻にかけない気性も全て尊敬しているのだ…だから彼に向ける私自身の思いが高ずるのは私自身予感していたのだ…」
星は杯を一口含み言葉を促す
「初めの内は彼を見ているだけでよかったのだ!彼の笑顔を見ているだけで幸せだった…だが今日彼の胸に抱える気持ちを聞いて私は本当に民を大切にしている彼の姿にこ、こ、恋、してしまったのだ…」
真っ赤になって俯く愛紗
「恋をした自覚が有るならば思いを北郷殿に伝えれば良いではないか!北郷殿は魏の武将軍師殆どを落とした天性の種馬と聞く、お主相手ならば間違えても拒みはしまい」
カラカラと快活に笑う星、しかし…
「それはできない!」
「何故?」
「あの方は魏のものだ…私が彼に手を出せば魏との関係が悪化…下手をすれば戦にも…」
「それは考え過ぎではないか」
まったく、この生真面目実直娘は…と星は苦笑した
「な、何故笑う!?私は真面目に…」
「ふふっ…魏の将達はそこまで器量の狭い者達ではないよ、お主が思いをぶつけたくらいで文句は言われんし言えるわけがない、恋慕の情とは誰かに言われてしたりやめたりはできない物よ、自身の気持ちにもう少し素直になってはどうだ?愛紗よ」
月を見上げ杯を煽る星はもう話は終わりとばかりに酒の蓋を締める
「さて、そろそろ私は酒盛りをやめようと思うが愛紗はまだここにいるか?」
「いや…戻るとしよう」
「では先に行っていてくれ、私はつまみをしまってからな…」
そこにはメンマの乗った皿があった
「わかった、先に行くぞ」
すっと窓から中へと潜り込む愛紗を尻目に星はぽつりと
「素直になるべきなのはどっちであろうな…?」
と一人ごちた…