プロローグ〜始まりは涙の後に
これは新・恋姫†無双の魏エンド後、消えてしまった北郷を求める乙女達と彼女達を求め足掻き続けた北郷一刀の物語です。 この手の作品は既に何番煎じかわからない位に出回ってますので面白くないと思ったら後は流して頂き、面白かったら感想などお願いします。 では『新・恋姫†無双〜貴方との日々をもう一度〜』よろしくお願いします
「全軍!一時停止!!追って指示有るまで待機せよ!」
郊外の平原に響き渡る低めの女性の声、曹操軍麾下の精兵達が一斉に足並みを揃え立ち止まる
対する劉備軍は既に配置が済んで虎視眈々とこちらの隙を窺っているはずだ
「そろそろ所定の時間です、華琳様」
兵に指示し脇に控えた秋蘭の言葉に軽く頷き、馬上から声を張り上げる
「勇敢なる魏の将兵よ!!度重なる戦で辛酸を舐めさせられた劉備めに我が曹魏の恐ろしさ、骨の髄まで叩き込んでやれ!!我が覇道に相応しい堂々とした戦を見せよ!全軍!突撃!!」
ウオォォォォ!!
激しい地鳴りを響かせ劉備軍へと突撃する魏の兵を眺める華琳
「曹孟徳として号令を発するなどいつ以来かしらね…?」
控えた秋蘭がいつもより心なしか言葉尻短く返す
「三国統一戦以来ではないかと…」
その言葉に周りの軍師達の顔色がほんの少し…それこそ親しい人間にしかわからない程小さく変化した
「そう…そんなに経つのね…」
周囲を重苦しい空気が包むかに思われたが一人の伝令によってその空気は払拭された
「伝令っ!遊撃の張将軍より左翼壊滅の報!公孫讃軍から抜け出した騎兵の突撃により楽進隊長と李典隊長、于禁隊長が討ち取られました!」
「「「!!!」」」
左翼の凪、真桜、沙和は公孫讃には有能な将がいない事を再三伝えてある、無理な突出さえしなければあの三人ならば普通に当たれば圧せる相手だ
だがそれが数瞬で崩れた、公孫讃に負けた、なんて事はない
蜀の陣容でそれが可能な相手となると数人
しかし馬を使いながらあの速度で曹魏の兵を薙ぎ払いながらとなると出来る人間は個人へと絞られる…
砂煙を上げ突撃してくる紅い髪の少女と全身赤い毛並みの馬、その駆ける姿は正しく飛翔、故に皆は呼ぶ…
「『飛将軍』呂布のお出ましね…桂花達は下がりなさい、すぐに来るわ」
自身は馬からするりと降りると毅然と飛将の突撃に対して構えを取る
「いえ…呂布相手ではどの道持ちません、せめて華琳様の盾として散らせて下さい…」
冷静に、しかし陶然と華琳の前に桂花は進み出る
「私達も一応将軍ですからね〜」
のそりと風が歩み出ればその隣で眼鏡をくいと直しながら稟も並ぶ
「ほんの一瞬盾位の時間稼ぎは可能でしょう、その間、今左翼壊滅を確認した春蘭様が関羽を無視して取って返してくれているようですし、間に合えば御の字といった所ですね」
稟らしくもない楽観的な意見に稟の表情を見ようとしたが目の前に迫った砂塵がそれを許さなかった
それは砂塵を切り裂く暴風か、
砂煙を巻き上げ左右に尾を引きながら呂布が迫る
華琳の護衛を蹴散らし桂花達に向け突っ込んでくる呂布
「このっ!邪魔するんじゃ無いわよ!!今良い所…」
「………邪魔」
無造作に突き出された戟の先を真っ赤に染め桂花、風、稟が倒れた…
それを好機と見た秋蘭が放った矢、神速で放たれた三本の矢を弾き、躱し、半ばから強引に断ち切って直ぐに目前に迫った呂布の戟に一閃され秋蘭も地に倒れ伏した
胸中で秋蘭の犠牲に詫びつつ《背後》から必殺の一撃を叩きつける
「もらった!!」
背後から振るわれた絶の一撃、これならば…!!
「…遅い…!」
振り向いた呂布から返す刃で受け止められ反転しながら振るわれた刃が鉄の冷たい感触だけを華琳の身体へと残した…
曹魏の敗北
…こうして魏の歩んできたこれまでで類を見ないほどの大敗北を喫したのだった…
………
……
…
「えへへ〜♪今回は私達の勝ちですね、華琳さん♪」
私達が白旗を揚げたのに気付いた桃香達がこちらまでやって来た、負けた後でこの満面の笑顔は正直少し腹が立つ
つかつかと桃香へ歩みより…
「わひゃい!?かりんひゃ〜ん!?なにひゅるんですくぁ〜!?痛ぅい、痛ぅいでふ〜」
「負けた腹いせよ」
6割程の力加減で抓りあげる
「ふひぃ〜ん!」
口角をありったけ伸ばされて悲鳴染みた声を上げる桃香に嗜虐心をおおいに刺激された華琳、頬っぺた伸びきるまで抓ろうと力を込め…
「華琳さま〜ぁっ!!御無事ですか〜!!」
「あら、春蘭」
春蘭に気を取られたせいで指が離れ、その間に桃香は愛紗の後ろに逃げた…惜しい
「華琳様〜…あぁ!せっかくの御召し物が…あ…でも…これはこれで…むしろ汚れた華琳様を私が隅々まで綺麗にして…あ!華琳様…駄目です…そこはまだ…」
春蘭が裾を掴みながら何やら悶えている
その隣で今までじっとしていた恋が何か考えるそぶりを見せると
「ん…………ごめん、…なさい」
と自分が斬り付けて血糊が付いた将達に頭を下げた
「ふふ、それには及ばん、負けたのは私達の未熟故、恋が気に病む事は無い」
そやで〜、と聞き覚えのある関西弁が割り込んでくる
「でも恋さんめっちゃ強いで〜、凪は気弾弾かれて吹っ飛ばされるし、内の螺旋槍受け流して切り返してくるし、沙和の二刀は話にならんし、ホンマボロボロや〜…」
台詞通りに砂ぼこりと血糊で汚れた真桜を先頭に三人が戻ったようだ
「真桜ちゃん酷いの〜」
と不満げに頬を膨らませる沙和
「華琳様、楽進、李典、于禁ただいま戻りました」
「三人共お疲れ様」
「それでどうだった?天下に名高い飛将軍の方天画戟の威力は?」
「噂に違わない力でした、三人同時でも二十合と打ち合わずやられてしまい、面目次第もありません」
生真面目に受け答えする凪
「…恋、貴方は三人と戦ってみてどうだった?見込みはありそうかしら?」
三人娘の表情がキュッと引き締まった
「…ん?…ん〜…………連携…上手かった……下がれなくなった…」
「…なるほど…凪、沙和、真桜」
「「「はいっ!」」」
姿勢を正す三人に向け
「呂布は虎牢関で関羽、張飛、趙雲の三人相手でも悠々撤退出来る武の持ち主、その呂布相手に退けなくなったとまで言わしめた貴方達の成長は素晴らしい物が有るわ、三人揃って更に励みなさい」
「「「はいっ!!」」」
「さぁ!試合は終わりよ、もう城では宴の用意が始まってるわ!!皆も疲れを存分に癒しなさい」
蜀の兵士達が魏の兵に手など貸しながら自国の話などしつつガヤガヤと戻って行く
桃香達も戻る中、私達は少し遅れると言い残し先に行っていて貰う
喧騒が消えた後に訪れる静寂はまるで別の世界に放り込まれたかのようだ
いや、いっその事放り込まれた方がいい、彼のいる異世界に行ければどんなに素晴らしいだろう
叶わぬ願いと知りつつも願わずにはいられない
…少し感傷的になったようだ…柄にもない
…私は覇王なのだから
「…随分不甲斐ない結果ね、みんな」
みんなを見渡すとそれぞれに謝罪の言葉を述べている
「…何が悪かったのかしら?」
口々に自分の用兵の悪さや策の問題点が上がる
「…私が突出し過ぎました、申し訳ありません」
「姉者を先鋒に据えたのは私です、関羽と張飛が姉者と季衣を誘ってくるのが分かっていながら後援に徹してしまったのが失策でした」
「僕が悪いんです!華琳様!僕が前に出ちゃったから春蘭様も流琉も前に出ちゃって…」
「あそこは季衣ちゃんが前に出て正解でした〜、鈴々ちゃん達の横撃に対応できたのはそこで抑えてもらえたからですから〜」
「むしろ左翼の凪、沙和、真桜、もう少し耐えられなかったの?」
「申し訳ありません、桂花様」
「せやかて桂花様ぁ、飛将軍とめろってなかなかしんどいでぇ…」
「なのぉ…」
「うるさいわね!無理だからそれを何とかしろって言ってんのよ!!」
「んな無茶苦茶な!!」
笑い声が響く、…そんな中一言…
「…乗れへんねん…」
誰よりも小さく、他の声よりはっきりと響いた声、皆の視線は紫髪の女性へと集まった
「華琳は平気だったんか!?ウチは駄目やった!あの森が目に映る度に自分のどっかが悲鳴を上げるんが判ったわ!!お前は違うんか!?華琳!!」
つかみ掛かって来る霞を私は振りほどけなかった…霞は泣いていた、多分訓練の最中もずっと堪えていたのだろう
堰を切ったように溢れ出した涙は背の高い霞の頬を伝い私の頬へと流れ落ちる
「…華琳は今日の戦どないに思って見てたんや…季衣や流琉が森を見ながらまともな戦が出来ると思たんか?春蘭がよそ見しながら勝てる思たんか?軍師のみんなが頭回らんでも策思い付く思たんか!?」
「「「!!!!」」」
「霞…お前…!」
「…ウチの仕事は遊撃や、戦場全部を把握しとかんと話にならんわ、…なぁ華琳、どこに『ここで』勝てる要素有ったんや!なぁ!なぁ!?」
掴みかかって来る霞の手を振り払えない…出来るわけない…
「なぁ…なんでや!?なんでこの場所選んだん!?この場所がウチらにとってどんな大切な場所なのか忘れるわけないやろ!?」
一瞬の沈黙
「……だからよ……」
駄目…声が震える
「私がこの場所を選んだのはここを吹っ切る場所にしたかったからよ…皆がそれぞれに彼と思い出を作った森で、もう彼を振り返る必要もない位に気持ちの整理を付けなくちゃいけない、そう思ったの…」
覇王として皆に告げるできるだけ堂々と告げたつもりだが…
「華琳様…」
「…華琳…」
今私は酷くみっともない顔をしてる…涙で視界が歪むし、喉の奥から嗚咽が漏れる
「華琳…すまん…うち…」
霞の瞳にも光るものが生まれた
「兄ちゃん…」
「兄様…」
「泣くな!季衣流琉!お前たちは魏の将兵だろう!」
「春蘭…様ぁ…」
季衣と流琉が堪えきれず溢した涙を春蘭が一喝する、春蘭自身も両の眼から涙を溢れさせながら自身を叱咤するために
「隊長ぉ…う…ぅ…」
凪も堪えていたものが噴き出したのか真桜に抱きすくめられながら嗚咽を漏らしている
「………」
「…風…」
「どうしました稟ちゃん?」
「…貴方も存外強情ですね…」
「なんの事ですか…?」
稟はそっと風の肩を捕まえ抱き寄せた、風の肩は小刻みに震えている
…やはり偽りようがない、まだ《私達は》北郷一刀を必要としている、振り切って前に進んだつもりでも何処かで彼を求めている
一刀が消えて半年…乙女達の心の傷はまだ消えない