9話 変幻自在の魔法
俺はエレイザの死体を天地刀の能力を使ってすべて空間の裂け目に入れた。
エレイザは死んでもトカゲの姿のままだったが、どちらにしてもこんなものを放置していると問題が起きるに違いない。
俺は天地刀をしまい、荷物を持ってすぐに現場を後にした。
俺の服は血まみれになっていたため、誰かに見られて変な疑いをかけられないかと心配したが、深夜ということもあって誰ともすれ違うことなく家に帰ることができた。
俺は母を起こさないように静かに服を洗った。
血が染み込んでいて落としにくかったが、洗剤をふんだんに使い、なんとか汚れを落とすことができた。
俺はそのままシャワーを浴びて、体についた汚れを落とす。
エレイザとの戦いでは一時は死ぬ覚悟をしたが、この経験のおかげで自分の中で戦闘に関する記憶が戻ったようだった。
エルドラークでどのように過ごしたかは具体的には思い出せないが、数多くの戦いを経験したということをなんとなく覚えている。
そのおかげで魔法を使うことができた。
俺が使えるのは雷属性の魔法と一部の光属性の魔法だと推測されるが、適性については不明だ。
それでも、使い慣れている雷属性の魔法を主軸に戦っていくことになるだろう。
エレイザを倒したことによって、俺の中で少しの自信がついたが、敵がいるという事実も同時に浮かび上がってきてしまった。
エレイザはアストリア王国とは関係があるのか、どうしてこんな場所にいたのか、気になることは多いが今日はもう休むことにする。
俺は買ってきた食料を部屋に置いて自分のベッドで寝ることにした。
また魔王城で寝ることもできたが、俺の体には疲労が蓄積しており、ぐっすり眠りたい気分だったため次元の門は通らなかった。
魔王城で異なる時間の流れの中にいたというのもあるが、思えばとてつもなく長い一日だった。
魔王と戦う夢を見て、次元の門が発生し、リフィアと出会い、天地之剣と出会って魔王城に行き、骸骨やエレイザと戦った。
ここまでいろんなことが起きたというのも、俺が戦いの記憶を思い出したことも含めて必然だったのかもしれない。
俺は、これからやってくるであろう波乱万丈の時代を想像しながら眠りについた。
そして迎えた次の日の朝。
傷は残っているが、体の調子はすっかり回復していた。
母のいない家の中で朝食を済ませ、俺は自分の部屋で天地刀を抜く。
その後出てきた天地之剣に頼んで魔王城への次元の門を開けてもらった。
深夜帯に離れて以降の魔王城だったが、何も変わりはなかった。
エレイザと戦って以来俺の中で戦闘のイメージが湧いてきていた。
俺は、天地刀を抜いて自分の中で使えそうだと感じた新しい能力を試してみた。
その中にはエルドラークで使っていたであろう技もあるのだが、天地刀の能力に関しても新しい発見があった。
俺は天地刀を振らずとも、手を使って空間の裂け目、及び異空間を出現させることができるようになっていた。
天地刀の能力であるからか天地刀を出していないときは使うことが出来ないが、空間の裂け目は手から少し離れた位置にも出すことができるため、かなり戦いの幅が広がったはずだ。
「天地刀の能力が使いやすくなったな。俺としては嬉しい限りだけど、どうしてこんなことができるようなったんだ?」
「優の勇者としてエルドラークで過ごした経験と、我のエルドラークの神としての能力が一致したと言える。我の能力は意識によって発動する。優の意識がより我の能力と同化しやすくなったのだろう」
「エルドラークでの戦いの記憶を取り戻せたのは大きいな。魔法の使い勝手も少し試したいからスケルトンソルジャーで試すとするよ」
俺は棺桶を開けて、スケルトンソルジャーを倒すという作業を何度か繰り返した。
その中で、俺がかつて使っていた独自の魔法、雷足を試した。
雷足は、足の裏に瞬時に雷を発生させ、爆発させるようにしてその威力を利用して移動する技だ。
予備動作なしでいきなりものすごい速度で敵に近づいたり、高く飛んだりすることができる。
他にもいくつかの魔法を俺は試し、スケルトンソーサラーだけは魔法を異空間に吸収してから倒した。
俺が魔法を扱えるようになった今、外の世界でエルドラークとの交流がどこまで進んでいるのかが気になっていた。
俺は一度家に戻り、アストリア王国と次元の門に関する情報を集めた。
すると、何やらアストリア王国から使節団が送られてくることになったらしい。
しかもその使節団を率いるのはアストリア王国国王ということだった。
俺は天地刀を抜いて天地之剣に出てきてもらい、昨夜のエレイザの一件と国王がこの世界にやってくることが関係しているのかを聞いてみた。
「あの女は人間ではなかったからな。おそらくは元魔王軍側の者で、この世界にどうにかしてやってきたのだろう。もしくはこの世界に元からいた人間ではない生物という可能性もある」
「それなら、国王とは関係ないのか?」
「必ずしもそうとは言えない。この世界に来ることが出来た時点でアストリア王国に内通者がいる可能性が高い。国王の傍に行って様子を見ることができれば、あの女と同じ気配のする者を探し出すこともできるぞ」
こちら側から潜む敵を探し出すという、天地之剣からの驚きの提案。
しかしその行動にはどう考えてもリスクがあるように思えた。
「なら一応次元の門付近まで見に行って、どれくらい敵が潜んでいるかを確認しよう。戦闘はできれば避けたい。まだ敵の実態が分からないからな」
俺は、天地之剣には出てきてもらったまま、使節団が来るであろう次元の門付近に向かった。
天地之剣を連れたまま出歩くというのは不思議な感覚だった。
俺としては明らかに違和感があるのだが、他の人間には天地之剣は見えない。
それでも天地之剣との会話は最小限にして俺は歩いた。
現場ではこちらの世界の警察と護衛と思われる人々が周辺を見張っていた。
最初に次元の門が出現した時程の人混みはないが、ある程度人が集まっていた。
「どうだ、あの女と同じ気配の奴はいるか?」
「今のところはいないな。そもそもエルドラークの世界の者がいないようだ」
俺たちはアストリア王国の使節団が来るまでしばらくの間周辺で時間を潰した。
そして、人だかりが増えてきた頃に、エルドラークから国王率いる使節団がやってきた。
こちらの世界の人々も歓声を上げてアストリア王国の使節団を出迎えている。
俺の場所からも国王が馬車から手を振っているのが見えた。
アストリア王国国王、俺たちの手柄を横取りしたであろう人物。
武装している様子からは、いかにも戦えそうなオーラを放っている。
「優、いたぞ。あの女と同じ気配の者が。国王の傍に一人だ」