3話 次元の門の先に
俺はリフィアを見送った後、すぐに家に帰った。
この世界で何かが起こったのは間違いないが、まだ俺が知り得る情報はかなり限られているようだ。
それでも、リフィアと出会えたことで、なんとなく何が起こっているのか分かったような気がした。
しかし、それはあまりにも限られた情報に過ぎないのであった。
俺が家に帰宅すると、母親はすでに帰っており、晩御飯の支度をしていた。
どこへ行っていたのかと聞く母に、俺は友達と遊んでいたと答え、二階へ上がった。
今朝の夢が何か関係していると思い、俺が現場に行けば何か起こるかと期待したのだが、俺の思い違いだったのかもしれない。
俺は半分諦めてベッドに寝転んだ。
勢いよく倒れこんだ俺は頭を何か硬い物で打つ。
何がベッドの上にあったのか電気をつけて確認すると、そこには刀が置いてあった。
(こんなおもちゃあったっけ……。まあ、昔の物を母さんがどこからか出してきたのかもしれない)
俺はベッドに座り、刀を鞘から抜いてみる。
刀は重く、刃の部分は部屋の電気を吸い込むかのように鈍く光っている。
俺が刀を再び鞘にしまうと、横から不気味な気配を感じた。
その気配のする方を見ると、そこには黒い衣服に身を包んだ巨大な男が立っていた。
白く長い髪を後ろで束ね、微動だにしない固い表情のまま、仁王立ちをしているその姿からは、紫色のオーラのようなものが見え、その存在感はこの世のものとは思えない。
俺は立ち上がって距離をとった上で、その男に話しかけた。
「お前は何者だ。どうして俺の部屋にいるんだ?」
「ほう、我が見えるのか。どうやら物質化した我に触ったのが原因らしいな。よかろう、名乗ってやる。我は天地之剣。異界よりやってきた」
異界。
その言葉を聞いて今日の出来事が思い出される。
はっきりとしたことは分からないが、この人間とは思えない不気味な存在は、リフィアと同じく異世界から来たと考えるのがいいのだろう。
「天地之剣、お前の正体は何なんだ?それに、異世界からやってきたということは、次元の門を通ってきたのだろう。なぜ俺の部屋にいる?」
「質問が多いな。我は異界、エルドラークの神だ。この世界に来るための次元の裂け目は次元の門というのか。なぜこの部屋にいるのかというのは愚問だな。それは……」
天地之剣は俺の部屋の窓の方を指す。
外のことを言っているのかと思ったが、それは間違いだった。
俺の部屋に突如として奇妙な模様が渦巻く空間が発生した。
「その次元の門とやらの出口がこの部屋にあったからだ。なぜこの部屋に出口があるのかを我は考えていたのだが」
「待ってくれ、異世界エルドラークの神だって?なら今回の次元の門の発生も天地之剣がやったことなのか?」
「それは違う。我も何が起きたのか詳しいことはまだ把握していない。なぜなら、我は魔王の手により封印されていたからだ」
話がかなりぶっ飛んできたが、この存在はリフィアとは全く違う知識を持っているようだ。
自らを神と名乗るこの存在を完全に信用したわけではないが、得られる情報は聞き出しておいた方がいいだろう。
「魔王っていうと、アストリア王国の国王軍に討伐されたっていう魔王か?」
「汝は事実と異なる情報を受け取ってしまったらしいな。我は封印された身でありながら確かにこの目で見たぞ。勇者一行が魔王を倒すところを」
「そうなのか?天地之剣が言っている異世界というのはアストリア王国が存在する世界ということで間違いないよな」
「その通りだ。どうやらアストリア王国の国王は何かを隠しているらしいな」
「本当に勇者たちが魔王を倒すところを見たんだろうな。封印された状態でも何が起きているのか分かったのか?」
「それなら確かめに行くことができるぞ。その前に、我を返してもらおう」
天地之剣は俺の方に手を向けた。
「どういう意味だ?」
俺の質問に天地之剣は答えず、気づくと俺の持っていた刀が天地之剣の右手に握られていた。
「我について来るが良い。我の勘が正しければ、姿は異なっているが、汝は……」
天地之剣は俺に詳しい説明をせずに次元の門と思われる空間に入っていってしまった。
天地之剣はどうにも得体が知れないが、嘘は言っていないような気がする。
俺は意を決してその空間に入って行った。
暗くてよく見えなかったが、俺の部屋からもその空間の向こう側の世界が見えていたようだ。
向こう側の世界にたどり着いた俺の目に飛び込んできたのは、無数の蝋燭が並んだ祭壇に、長く続く広間。
人の気配がしないからかこの部屋にはどっしりとした暗い空気感がある。
天地之剣はすでに広間の端の階段のところにおり、俺が見たのを確認すると階段を下りていった。
俺も急いで階段を下りる。
下の階には、戦いの跡があり、瓦礫が散乱していた。
だが、そんなことよりも、俺はその光景を見て啞然とする。
この部屋は、あまりにも今朝見た夢の場所と酷似している。
俺の記憶が、少しずつ蘇ってくる。
脳が一度不必要だとして切り捨てた記憶をなんとか辿ってつなぎ合わせる。
俺は確かに、この場所でおぞましい化け物と戦ったのだ。
「ここは……ひょっとして……」
「魔王城だ。我はあそこの壁の中に封印されていたのでな。戦いの一部始終を見ていたのだ」
「確かこの辺りで、魔王を倒したはずだ」
その場所には一際大きな骨が複数の武器とともに散らばっていた。
「汝の記憶が蘇ったか?やはり我の勘は当たっていたようだ。汝の雰囲気は、勇者に似ている。何が起こったかは分からないが、汝の部屋に次元の門が発生したこととも関係しているのだろう」
「戦いは、ギリギリだったんだよな……」
「そうだ。勇者一行の5人は魔王との戦いで4人が死亡、残る勇者も発生した魔法陣によりどこかへ消えてしまった」
俺は、魔王の残骸の近くにある鎧と骨に触れる。
「魔王にとどめを刺す時に一緒にいた……アウゼルだ」
近くには白いローブに包まれた白骨化してしまった遺体がある。
俺は落ちていた杖をその遺体の元に置いた。
「死にかけたアウゼルを治療してくれた、回復役のリリネット」
少し離れた位置には青色のローブと帽子が見える。
俺は傍に行き、首に掛けられていたであろうペンダントの埃を払う。
「魔王と攻撃を撃ち合いながら弱らせてくれた魔法使いのペジウス」
俺は今度は部屋の反対側へ向かう。
散らばってしまった矢を集め、弓のある位置に持っていく。
「魔王の両翼を破壊してくれた弓使いのリデア」
夢で見たことが実際に起こっていて、でもそれは異世界で起こったことで、いつ起きたか分からないほど前に起こったことで……。
俺はかなり頭が混乱していた。
「ここでの戦いまでの記憶はなんとか思い出せたよ。でもそれ以前のことはよく思い出せない……」
「その様子からして他の場所を訪れることができれば記憶はさらに蘇るのではないか。だが、そうするには別の次元の門を探す必要があるだろうな」
「どういうことだ?」
俺の問いに、天地之剣は窓の外を指し示す。
俺が駆け寄って窓の外を見ると、一定の空間の先は地平線の彼方まで暗闇が続いていた。
「ここは魔王城だよな。夜だから暗いっていうわけじゃないのか?」
「実際に行ってみれば分かる。魔王城の領域の外には入ることができないことになっているようだ」
「何が起きたんだよ。エルドラークの神なら分かるんじゃないのか」
「魔王が死んだ後かなりの時間が経ってから我の封印が解かれたが、その時にはすでにこうなっていた。魔王城の領域だけがエルドラークから隔絶されたということだろう。すでに我の力が及ぶ領域はこの魔王城周辺に限られてしまっている」
魔王城に封印されていたという事情から察するに、神といってもできることは限られているのだろうか。
俺は魔王城の外に地面があるのを確認し、かつての仲間たちの骨と遺品を集め始めた。
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