2話 竜の子を連れた少女
「みんなああああああ!!」
俺は、ベッドの上で叫びながら目を覚ました。
とてつもなく長い夢を見ていたせいか、俺は汗だくになっていた。
どんな夢を見ていたのか具体的には思い出せないが、壮絶な出来事を終えた後のような感じがして、体は妙に疲れ切っていた。
汗びっしょりになった服を着替え、一階へと下りる。
食卓にはすでに家を出ている母親が用意してくれた朝食があった。
俺の家、夢宮家は現在俺と母親との二人暮らしで、父親は海外に単身赴任中のため、家には滅多に帰ってこない。
俺は洗面台に着くと、顔を洗おうとするが、鏡に映った自分の姿に違和感を覚える。
一瞬、今の自分とは違う姿が映ったような気がしたが、おそらくは気のせいだろう。
顔を洗い終わった俺は食卓へと戻り、朝食を食べ始める。
暖かい日が多くなり始めた四月上旬、俺は現在高校入学を控えており、ゆったりとした日々を過ごしている。
このまま変わらぬ日々がずっと続いていくのだろうなと俺は思っていた。
そんな中、ふと俺はテレビの電源を入れた。
そのテレビの内容を見て俺は驚愕した。
「繰り返します。東京都晴ヶ丘市に突如として発生した空間より、未知の生命体を含む軍団が次々と現れています。この軍団の正体に関しては現在調査中ですので安全が確認できるまでは……」
テレビの映像には、恐竜のような見た目をした生き物に乗っている人々や、空を飛ぶ神話に出てくるドラゴンのような見た目の生き物が映っていた。
今朝見た夢の記憶の一部が頭にちらつく。
俺は、この生物たちを見たことがある。
夢で見たことと、現実の超常現象的な出来事の一致。
しかも、俺が住んでいる晴ヶ丘市内で起きたことだ。
これは決して、偶然とは思えない。
俺が現場に向かうための準備をして家を出るまでの時間は短く、迷いは無かった。
この時俺が動く理由は好奇心というのがほとんどであったが、これからどれほどのことが俺の身に起こるのかは全く考えてはいなかった。
最も、俺がこの時動いていなかったとしても運命はさほど変わらなかっただろうが……。
俺は、テレビで見た現場に走って向かった。
その現場には、すでに人だかりができており、なおかつバリケードが設置され、立ち入り禁止区域になっていた。
俺は人々の隙間をかいくぐって現場を見ようとするが、人だかりが多すぎて最前列まで近づくことができなかった。
そのため、俺は上から様子を見ようと近くの歩道橋に上がる。
ところが、歩道橋に上がり終わったところで、小さな生き物が俺にぶつかってきた。
「ピエッ!ピエ」
碧い鱗を纏った翼の生えた小さな生物、普通なら驚くであろう見た目だが、不思議と俺はドラゴンの子どもだということが分かった。
「ピエちゃん!待って」
この子ドラゴンの後を追ってか、青色の髪の毛を長く伸ばした少女が歩道橋の上を走ってきた。
「すみません!うちのピエちゃんがご迷惑をおかけしてしまって」
少女は小さな生き物を俺から受け取り、両手で抱えた。
「いや、大丈夫だよ。それよりこの小さい、ドラゴン?でいいのかな。この生き物といることを考えると君はあそこにある空間から来たんだよな」
「はい。私はネゼタルク・リフィア。アストリア王国よりやってきました。ここはなんという国なのですか?」
「今俺たちがいる国は日本、都市の名前は東京だよ。リフィアは何をしにここに来たんだ?」
「私の父は国王様の命令で次元の門、この世界と異世界の境目の調査にやってきているのです。私は、恥ずかしながら異世界を見てみたいという子どものような理由です」
リフィアは恥ずかしそうに右手で髪を触りながら目線を逸らす。
「それなら、この世界のことが知りたいよな?俺が街を案内するから、リフィアはリフィアの来た世界のことを教えてくれないか?」
「本当ですか!?それならぜひお願いしたいです。あの、何とお呼びすれば」
「これは失礼したな。俺は夢宮優、この街、晴ヶ丘市に住んでるからよろしく」
「ハレガオカシ……ですね。分かりました」
「それじゃあ行く前に、ピエはいるだけで目立っちゃうから俺の鞄の中にしまおう。鞄ごとリフィアが持っておいて」
俺は持っていた鞄をリフィアへと渡し、リフィアはその中へピエを入れた。
「狭いかもしれないけどしばらく我慢してね。あとでご褒美を買ってあげるから」
「ピエピエッ!」
ピエとリフィアが会話する光景はあまりにも自然で本当に意思疎通ができているのではないかと感じた。
「それでは行きましょう、優さん」
俺たちは異世界への入り口の周りにできた人混みを避けて街中へと向かった。
リフィアにとってはほとんどの物が珍しいようで、俺は説明するので手一杯になってしまった。
そんな中でも唯一聞けたのは、リフィアが来た世界では魔法が使われるということと、最近国王軍が魔王を討伐したことにより、この世界と行き来ができる次元の門を開くことができたらしいということだ。
次元の門でこの世界に来る前に、魔法は使うなと念を押されているから魔法を見せることはできないらしい。
俺としてはピエを見たというだけで異世界を信じることができるが、リフィアにとってはあまりにも多くの異文化を見たために興奮しているようだった。
特に、リフィアはスマホに関してはかなり興味がそそられるようで、俺が見せたカメラ機能には感動していた。
「私もこの絵、写真がほしいです。なんとか譲っていただけませんか!?」
「スマホは渡せないけど、写真なら他で作れるよ」
俺はリフィアをコピー機に案内し、何枚か写真を譲った。
俺とリフィアを撮った写真もその中にはあった。
「これは全部あげるよ。俺たちの出会いの記念に持っといて」
「わあ!こんなにたくさん。ありがとうございます、これは家族に自慢ができそうです」
俺たちは近くのレストランで食事をした後、和菓子店で軽食を食べた。
「このいちご大福というお菓子、絶妙においしいです!こんなもの食べたことない!」
「そんなに好きなら持って帰ればいいよ。家族の分もお土産にできるから」
「いいんですか!?優さん、何から何までありがとうございます!」
俺はリフィアに魔法について詳しく聞いてみたが、どうやら使うためには自分の適性魔法を調べないと難しいらしい。
最初は詠唱が必要であるため、どの魔法の適性があるのか見当を付けなければ意味のない練習をしてしまうことになるということだ。
「おそらくはそのうちアストリア王国とこの世界とで交流が始まりますから、焦らなくていいと思いますよ。国王様もそのつもりで今回調査団を派遣していますから」
俺たちはその後水族館に行った。
リフィアのいた世界とこちらとで水中にいる生物に差はあるのか知りたかったからだ。
結果は数種類の魚は見たことがあるが、他の生物は見たことも聞いたこともないというものだった。
特にペンギンを見た時には、どうして鳥が水中に潜っているのか不思議でたまらなかったらしい。
俺たちは夕方にはリフィアと出会った次元の門付近に戻った。
「優さん、今日は本当にありがとうございました。この恩はいつか必ずお返しいたします!」
「喜んでもらえてよかったよ。また国同士で交流が始まってからでも会えるといいね」
「はい、その時はぜひ今度はアストリア王国にいらしてくださいね。では、優さんさようなら。行くよ、ピエ」
そこで俺たちは別れ、リフィアは次元の門へと向かっていった。