181 絡んでくる魔女
「結局はロトワール王国には聖女はいなかったという事ですよね?」
宿に戻り一息ついていると、サリエラがそう聞いてきたので頷く。
「ああ、間違いなくネイアが幻術をかけてそう見せたんだろう。全く面倒な嘘をついてくれるな……」
「……そうなるとこれはロトワール王国の問題になりますよね?」
「そうなるな。だから、俺達はしばらく様子見してからレオスハルト王国に戻ればいいだろう」
俺はそう答えながら天井を見上げて一息ついていると、サリエラが俺を心配そうに見てきた。
「キリクさん、お疲れの様ですから温泉に入って来たらどうですか?ちなみにこの宿には露天風呂もあるみたいですよ」
サリエラにそう言われ俺は目を細める。
「露天風呂か……」
俺はそう呟くと同時に昔の事を思い出す。
それは勇者時代の事で、俺は正体を見られないよう、身体を洗う時は大概部屋の風呂か生活魔法で済ませていたのだ。
後は貸し切りとかでたまに露天風呂には入っていたが、勇者時代は数回程度しかない。
そして、キリクになってからはパーティーを組んだあいつらの所為で露天風呂には一度も行けていないのだ。
まあ、そこら辺は自分の見る目がなかったのもあるわけだが……。
俺はそんな事を思い出していたら、どっと疲れが出てきてしまう。
その為、思わず立ち上がると嫌なこと全てを洗い流す気持ちで露天風呂へと向かったのであった。
◇◇◇◇
露天風呂に到着した俺は目を細めた。
何故なら、周りには誰もおらず俺一人の貸し切り状態だったからである。
「ついてるな。これならゆっくり入っていられそうだ」
俺は早速身体を洗うと、複数ある露天風呂のうち薬草風呂と書かれた方に入り大きく息を吐く。
「染み渡るな……」
「そうねえ、でも、私ハーブ湯の方に入りたかったなあ。あっ、炭酸風呂も良いわね。後で一緒に入りましょうよ」
俺は気配もなく突然、後ろから聞こえた声に驚くと共に反射的に振り向く。
すると、少し離れた位置に瓶底眼鏡を掛けた黒髪の女が湯船に浸かっていたのだ。
全く気づかなかったぞ……。
俺は警戒しながら、少しずつ距離を取ろうとすると、そいつは笑みを浮かべて近づいてくる。
「離れようとするなんて酷いですよ、キリク様ーー」
「……いつからそこにいた?」
「ふふふ、いつからでしょうねえ」
「ここは男湯なんだがな……」
「人払いをしてるから大丈夫ですよぉ」
「……気づかなかったぞ。何がしたいんだカリナ……いや、カーミラ」
俺がそう言うと、瓶底眼鏡を取ったカーミラは笑みを浮かべながら更に俺に近づいてくる。
「言ったでしょう。面白い話しをしてあげるって」
俺はカーミラに言われて獣人都市ジャルダンでの事を思いだした。
「良いだろう。だが、近づくな」
「ええー、酷いわねえ。こう見えても私、自分の身体に自信あるのよ」
カーミラはそう言って立ち上がると身体を見せつける様にゆっくりと迫ってくる。
「ふふふ、こう見えても私ってまだ、誰にもあげてない清い身体なのよぉ」
カーミラはそう言って髪をかき上げ流し目をしてくるが、俺にはカーミラの異様さが強過ぎて何も感じる事はなかった。
「……それがどうした?」
「何よ……つまんないわねぇ」
カーミラは口を尖らせ俺を睨んでくるが、すぐに笑って俺にしなだれかかってきた。
そんなカーミラの行動に俺はどうすべきか悩んでしまったが、今の俺ではカーミラには全く歯が立たないのは理解していたので、結局は様子を見るしかできなかった。
そんな中、なぜかカーミラは何も言ってこずにしばらく静かにしていたが、突然、笑いだしたのだ。
「ふふふ!はははっ!駄目、思い出したわ。キリクが颯爽と馬鹿な連中の間に入って断罪するやつ。あれ見てて楽しかったわあ」
「やはり、見てたのか……」
「何でああやって人って愚かな事をするのかしらねぇ」
「全ての人が愚かな事をするわけじゃない……」
「流石、勇者様は言うことは違うわねぇ」
「……嫌味にしか聞こえないな」
「そんな事ないわよぉ。これでもあなたの事は認めてるのよ。他の罪人よりはね」
「……罪人?確かに俺は沢山、人も殺してるが、そうなるとお前もそうだろう?」
「ふふ、私の言ってるのはそういう事じゃないわよぉ」
「なら、どういう意味なんだ?」
「知りたいならぁ、私を守る騎士様になってよぉ」
カーミラはそう言うと妖艶な笑みを浮かべ、更に身体を密着させてくる。
そんなカーミラに俺はかぶりを振った。
「……魔女の騎士なんて勘弁願いたいな。ただでさえ俺は加護無しで嫌われてるんだぞ」
「あら、残念。私なら前みたいな力を使える様にできるかもしれないんだけどぉ」
「それなら、なおさらだな」
「……ふふふ、ここまでして落ちないなんて余計欲しくなるわねぇ」
「悪いが他を当たってくれ。俺はこう見えても忙しいんだ」
「忙しいって聖女の件でしょう?それなら教えてあげるけど、この国にはいないわよぉ」
「何故わかる?まさか、お前はそれを調べに来たのか?」
「ひ・み・つ。けど、聖女は今この大陸にはいないわよぉ」
「……ずいぶんと自信があるな」
「だってぇ、私、聖女の秘密知ってるしねぇ」
カーミラはそう言うと、口角を上げる。
その表情から絶対的な自信を感じ、嘘だろうとは俺は言えなかった。
そんな言葉が詰まってしまった俺にカーミラは続けて言ってくる。
「聖女ってのはね、三十年以上前から現れてないのよぉ」
「……なぜお前にわかる?」
「ふふふ、私の騎士にならないキリクには教えない。そのかわり別の事を教えてあげる。今までこの世界にいた聖女って全員偽者よ」
「偽物……」
俺がそう呟くとカーミラは頷き、ゆっくり俺から離れていく。
「ちなみに偽物は聖女だけじゃないから」
「どういう事だ?」
俺がそう聞くがカーミラは人差し指を口元に持っていく。
どうやらもう答える気はない様で、そのまま背を向き露天風呂から出てしまう。
しかし、出入り口で立ち止まると背を向けたまま俺に質問してきた。
「……もし、一人の少女があの宰相の娘みたいに虐げられていたら……勇者の力がなくてもあなたは助けれる?」
「……さあな」
「言葉と雰囲気がちぐはぐよ。まあ、この質問はあなたには愚問だったわね……」
カーミラは寂しそうにそう言うと、ゆっくりと俺を振り返るが、その姿はなぜか別人のように見えてしまったのだ。
俺はそんなカーミラについ聞いてしまった。
「……お前はいったい誰だ?」
しかし、カーミラはただ笑みを浮かべるだけだった。
そして、再び人差し指を口元に持っていくと同時に転移魔法を使い、カーミラは何処かへと飛んでいってしまったのであった。
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