145 変異したダンジョン
「この足跡の方向に魔物の大群がいるって思うと寒気がするな……」
「その方向にワシらは向かうんだろ。考えただけで足が震えてきたわ……」
目の前で起こっている異常な状況に二人の老人は真っ青になるが、そんな二人にオルトスが真顔で冷たく言い放った。
「ジジイ共、びびってんなら帰れよ。こっからは死を隣人に迎えいれた奴が歩ける道だ」
オルトスの滅多に見せない表情とその雰囲気に二人は何も言えずに黙ってしまう。
少し言い過ぎのように思えたが二人には、生きていて欲しいと思うオルトスなりの優しさなのだろう。
更に続けてオルトスは言った。
「てめえらびびったジジイを庇ってなんか死にたくねえんだよ。俺は良い酒を飲んで良い女の側で死ぬって決めてんだ」
前言撤回……。
俺はオルトスの脛を軽く蹴った後、二人に声をかける。
「これは異常事態だ。おそらく、野営地は戦場になっておそれがある。だから、後は俺と護衛のオルトスだけで行く方が動きやすい。だから戦力的に難しい二人は戻ってくれ」
俺がそう言うと二人はしばらく黙っていたが、ゆっくり頷いた。
「……確かに俺達じゃ邪魔になるし足手まといだな」
「……ああ、ワシらは素直に戻らせてもらうよ。すまないな」
「いや、謝る必要はない。むしろ、ここまで連れて来てくれた事に感謝してる。だから、これで戻ったら美味い酒でも飲んでくれ。ちなみに俺の分も用意しとけよ」
俺はそう言って金を入れた袋を投げると、テンジンが受け取った後にふっと笑う。
そして二人は軽く頭を下げると来た道を一緒に戻っていった。
すると、ニヤけた顔で髭を弄りながらオルトスが言ってきた。
「考え込まない様、目的を与えてやるなんてお優しい勇者様だなあ」
「……二人にはバレてるし意図は理解したろう。さあ、俺達も行くぞ」
俺がそう言って走り出すと、オルトスは手をすくめながら後ろをついてくる。
そんなオルトスに俺は心の中で感謝する。
なぜなら、極秘扱いの俺の情報がそうそう簡単に入るわけないのだ。
きっと、レオスハルト国王辺りに頼まれたというところだろう。
全く、オルトスは変わらないな。
俺はそう思い苦笑していると、途中で魔物と遭遇してしまったのだ。
その為、急いで剣を抜こうとしたのだが、すぐに魔物の動きに違和感を感じて抜きかけた剣を戻した。
「俺達に気づいているのに、無視してどこかに向かっているな」
俺がそう言うと、オルトスも魔物に警戒しながら聞いてきた。
「なあ、あれって魔王が呼び寄せてんのか?」
「だろうな」
俺がそう言いながら走りつづけていると野営地らしきものが見えてきた。
だが、明らかにやばい状況なのが理解できた。
野営地からは微かに血の臭いが漂っており、所々から火の手が上がっていたのだ。
そんな光景を見たオルトスが呟いた。
「あいつら帰らせて正解だな」
「ああ……。それでオルトス、野営地の様子を見にいけるか?」
「ふん、最初からそのつもりだぜ」
オルトスはそう言うと野営地に向かって音を立てずに走り出していく。
俺はその間、周りを警戒しているとすぐに野営地から色付きの煙りが上がった。
俺はその安全を示す煙りを見てほっとしながら野営地に向かうと、中は至る所に魔物の死体が転がっていたのだ。
「中まで攻められたか……」
俺は積み重なった魔物の遺体を見ていると、オルトスが声をかけてきた。
「死人は出なかったが、皆んな負傷しちまってる。だが、進軍した連中が出た後だったみたいで主軸で動いてる冒険者は大丈夫みたいだ」
「そうか……」
「だが、お前を護衛する奴らも怪我して動けないみたいだ」
「それはまずいな……」
「もっとまずい事にもなってるぜ」
オルトスが遠くの空を指差したので見ると、不死の領域特有の空の色が広がっていた。
「……門が開いたのか」
「進軍を止める為にやったんじゃねえか?」
「その為にネクロスの書を取ってきたとは思えないが……」
「まあ、ここで悩んでもしょうがねえか。とりあえず向こうに行ってみりゃいい」
「……行ってくれるのか?」
「仕方ねえからな。それとエルフの嬢ちゃんも進軍に混じってるらしいぞ」
「サリエラが?何故なんだ?」
「レクタルの状態を見たからだろう」
「あれを見たからって……。ふう、わかった……。俺達も後を追おう」
「おう、今から行けば追いつくかもな」
オルトスはそう言いながら侵食された空を睨む。
そんなオルトスを見てこいつも危機感を抱いている事を理解する。
まあ、レクタルの時とは違って魔王が絡んでいるわけだからな……。
俺はそう思いながら、同じ方向を見つめるのだった。
◇◇◇◇
俺達はその後、すぐに不死の領域の空が広がる方向へと進んでいたが、途中、沢山の魔物と出会っていた。
だが、ほとんどの魔物は俺達の存在を気にする様子もなかった。
おそらく、命令か何かを受けてるのか、ひたすら俺達が向かう方向に一心不乱に進んでいた。
だが、そんな中でも一部の魔物は本能に抗えなかったのか、俺達を見ると襲ってきたのでその対処はオルトスがしてくれた。
まあ、俺はなるべく戦闘を避けていたのだが、オルトスが不思議そうに俺に声をかけてきた。
「なんだあ、力のアミュレットは使わないのか?」
「あれは一日に一回しか使えない。だから、温存しておきたいんだ」
「面倒臭せえな」
「仕方ないだろ。あんなもの見たら戦力は温存しときたいんだよ」
俺は遠くに見える変異した空の下に見える巨大な城を指差してやると、流石のオルトスも顔を顰めた。
「ありゃ、不死の領域の所為でダンジョンが変異したのか?」
「魔物が入って行ったから間違いないだろう」
「くそ、流石の俺でも異常だってわかるぞ……」
「なら、俺が誰かと合流できたら帰って良いぞ」
「ふん、馬鹿言うな。今は魔王だろうが不死の住人だろうが一発、この拳をぶち込んでやりてえ気分なんだからよ」
そう言うとオルトスは拳を打ちつけて気合を入れ、城の方に走りだした。
「全く、お人好しだなあいつは……」
俺はオルトスの背中を見ながらそう呟いた後、心の中で礼を言うのだった。
それから、俺達は変異した城の様な形をしたダンジョンに無事到着する事ができた。
「でかいな……」
遠くからでもその大きさは理解できたが、近くだとその大きさが更に際立って見えた。
きっと、巨人でも住めそうな作りなんだろうな。
俺は入り口の大きさを見ながらそう思っていると、周りを掃除したオルトスが声をかけてきた。
「キリク、どの住人が来てるかわかるか?」
「この建物の見た目からしてクトゥン、タナクス、アンクルではないな」
「ネルガンの可能性はあるってことかよ」
「ああ、何となくだが不死の領域で見たネルガンの城に似てるんだよ……」
「うげっ、そういやなんとなく似てるな……」
「まあ、とにかく入ろう」
俺はそう言って足元を見る。
そこにはオルトス以外が倒したであろう、倒されたばかりの魔物が大量に転がっていた。
進軍に追いついたということか?
なら、不死の住人と接触する前に追いつかないとな……。
俺はそう思いながら、ゆっくりとダンジョンに足を踏み入れるのだった。
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