ひまわり
初の短編です。
課題として取り組んだのでいろいろ手直ししたいですが、このままで投稿します。
人間は慣れる動物だと言う。
どのような過酷な環境も、悲惨な境遇も、くだらない日常も。
それが何度も繰り返され、あるいは何度も起きればその状況に適応することができる。
猿橋紗花にとっては、最近のライフスタイルがそれに当たる。
父が亡くなって二年が経過した。当初感じていた喪失感も寂寥感も薄れ、母と自分だけの生活が当たり前になった。
あれだけ辛くて悲しかったのに、薄情なもんだと紗花は思う。
けれどいつまで涙を流しても父は返ってこないし、涙だって有限だ。お腹も空くし、眠くもなる。結局生きるための行動をとらなければならなくなるのだから仕方がないと納得した。
ようは生きるために必要だから人間は慣れる必要があるのだろう。
だから、これから起きることも日常の一部として慣れる必要があったのだろうと紗花は思った。
「すいません、トイレ貸してくださいっ!」
まだ声変わりのしていない少年の声。紗花のクラスでももはや少数派になった高音につられて視線を向ければ、そこには思った通りの少年がいた。
身長は160㎝くらい。体格も小柄で、顔も小さい。顔立ちは中性的で髪型もショートボブ。一見すると女子に見えなくもなかったが着ている制服は紛れもなく男子のものだった。
というか、彼は紗花のクラスメートである。
名前は、小金井日向。
「おはよ、日向君」
「お、おはよう。さ、猿橋さん…いや、そんなことよりなんでいるのっ?」
「店番。日向君こそなんで制服? 夏休みなのに」
持っていた鉢を棚に仕舞、手袋を外す。
紗花は店先へと向かい、強い日差しに目を細めた。
店内にいるときは気づかなかったが、外へべらぼうに晴れている。作業で火照った身体が夏の気温のせいで一気に汗を噴きだしているのを感じた。
「暑っつ! 日向君、よくこんな時に外出られるね」
「夏だし、これくらい普通…いや、だから、そんなこと言ってる場合じゃないって! みてよ、あれ!」
トイレをかりに来たくせに何故か全く別のことを話し始めた。
その慌てぶりが小動物の仕草みたいだなと紗花は思った。その見た目と仕草で学校でも人気があることを彼は知らない。しかも女子だけではなく一部の男子からの支持が厚いことも。
そんなどうでもいい情報が思考に混ざりつつ、紗花は日向が指す方へと視線を向けた。
「あ」
思わず声が出た。
なにせ、そこに巨大生物がいたからだ。
あるいは怪獣といったほうが正しいか。
全長数十メートル。
おそらくはそれぐらいでかいんだろう。周囲を飛び交う戦闘機やヘリが虫みたいにしか見えないから、間違いないはずだ。
時折強烈な光が発生しているが、おそらくはミサイルか何かが爆発してるんだろうと適当にあたりをつけた。
「…あー、また出たかぁ。夏だしなぁ」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょっ? 放送聞いてなかったのっ? ここ避難区域なんだよっ?」
「知ってる。でも、いつものことじゃん」
ようやく目が夏の日差しに慣れてきた。
今回のやつは見た目もそれほどグロテスクじゃない。むしろかっこいい部類に入るだろう。面構えもはっきりしているし、今ごろSNSでも人気になっているんじゃなかろうか。
ただ気になるのは攻撃方法だ。
あまりビームとかレーザーとか遠方まで被害が出るやつはやめてほしい。そんなもん食らったら店が消し飛んでしまう。
「あーもう、だからいつも言ってるでしょ! 警報鳴ったら避難所に行かなきゃ!」
「警報がなる度にうちのトイレ使おうとする誰かさんには言われたくないなー」
「いや、それは、だって」
「それに大丈夫よ」
「【アポロ】がなんとかしてくれるわよ」
爆音が轟いた。
遅れて震動と強風が襲ってきた。
見れば、真白い煙が青空の一部に急に現れて、怪物がいたはずの場所を覆っている。
「大丈夫、日向君っ?」
「う、うん。大丈夫」
強風に乗ってきた土煙を吸ったのか、日向は唾を何度も吐いている。けれど言葉通りどこも怪我はしていないようだった。
紗花はほっとしたと同時に憤りも感じた。
もうもうと上る白煙をにらみつけていると、半ば予想通りの光景が待っていた。
「駄目だ、効いてない…!」
日向は呻くように言った。
日向の悔し気な表情を見て紗花はなぜか白けた気分になる。
そんなことは誰だってわかっているはずだ。怪獣に人間の兵器は通じない。
だからこそ【アポロ】がいるのだ。
「ところで、日向君」
「え、なに?」
「トイレはいいの? 漏れちゃった?」
「な…!」
紗花の問いに日向の顔は真っ赤に染まった。
軽い冗句なんだから、そこまで照れる必要もないのに。
こういう反応の良さも日向の人柄が出ているようで紗花的にはポイントが高い。
「も、漏らしてないよ! 漏らすわけないじゃないか!」
「だったら漏らさないようにトイレに行かなくちゃ。急いで」
「…うう」
何を迷っているのか、怪獣と紗花を見比べて日向は唸る。
彼が何に迷っているのかなんてことは紗花にはお見通しだ。というか、このやりとりは怪獣が現れる度にやっていること。
いわゆる通過儀礼である。
だから、紗花も急かさずに日向の言葉を待った。
「とにかく、紗花は逃げて! ここにいたら本当に危ないんだから!」
「何度も言ってるでしょ。私には約束があるの」
約束という言葉に日向は表情をゆがめた。
約束とは亡くなった父との約束。
紗花が日向の忠告を無視する理由である。
「このお店とお花畑を守る。だから私は逃げないの」
お父さんが私と母に残した二つのもの。
このお店と裏庭にある小さな畑。野菜なんかも育ててるけど、私が育てている花もある。
この二つを守ると今わの際に父と約束したのだ。
それを日向もその場にいて見ていた。
だからこそ、彼は何も言えない。
我ながらずるいなと紗花は思った。
何度も同じ答えを繰り返す。
それは、相手が同じ反応を示すことが分かっているからこその行動だ。
事実、日向はそれ以上なにも言わずに紗花の家へと入っていった。
「…わからずや」
紗花の横を通り過ぎる間際、日向はそう言った。
これも何度繰り返したかわからないやり取り。紗花にとっては至福の時間だ。
普段は頼りない幼馴染が男の顔を見せる瞬間。
父との約束よりもそのためだけにここに残っているのではないか、と自分自身を疑いそうになる。
「紗花、また日向君が来たわよ」
「ママ」
家の中から母が出てきた。
外の様子を見て、嘆息。
これだけの騒ぎの中、今更怪獣の襲撃に気付いたらしい。
「…暑くなってきたからかしらねえ」
「そうだね。今月に入ってからもう五度目」
「日向君がうちのトイレに篭った回数と同じね」
「…お母さん、そういうの言わなくていい」
「あら、そう? あんたは私と同じで気づいてないかと思ったけど」
「気付かないってことにしてるの。…これも何回も言ったよね?」
「忘れちゃったわ」
紗花の母は隣に並ぶと怪獣を見上げた。
どこかまぶしそうに目を細めている。
「そろそろかしら」
「そろそろだね」
そう言葉を交わした直後。
強烈な光が空に生まれた。
紗花は瞼を閉じる。
突然の発光も何度も繰り返されれば慣れてくる。閉じた瞼越しでも感じる光量が薄まったのを見計らってゆっくりと瞼を開けた。
そこに巨人がいた。
怪獣というにはあまりに人間に似たフォルム。
けれども人間というにはその人相も明らかに人間離れしている。
名前は【アポロ】。
怪獣に対抗するヒーローとして人々に語り継がれる存在である。
「相変わらず線が細いわね。ちゃんとご飯たべてんのかしら?」
「成長期だもん。すぐにおっきくなるよ」
「けどねー。パパと比べるとねー」
「だから、そういうのやめてってば。言わなくていいから」
「ヒーローの正体は秘密ってやつ? ま、うちのトイレに便座カバーをつけるくらいに真面目なとこは評価できるけどさ。あの柄はねぇ」
「可愛いじゃん。あれで気合入れてんの」
「戦隊ヒーローものを家に着けられてもさぁ。あ、でも文句言ったらほかの家にいっちゃうか」
「そんなことになったら、ママでも絶交だから。日向には絶対言わないでよ」
「はいはい。ほんと、うちの娘は素直に育ってくれてうれしいわ」
「ツンデレとか今どき流行んないし」
と。
巨人が怪獣を投げ飛ばした。
鮮やかな放物線を描き、怪獣は山へと激突した。
商店街とは真逆の方向。
どうやら、彼は今日も守ってくれるらしい。
紗花は結末を悟り、家の中へと引き返すことにした。
「あれ、最後まで見ないの?」
「もう帰ってくるだろうから。ごほうび上げないと」
「ご褒美? …ああ、花のこと? あんたが庭で育ててるひまわり」
母親の言葉に返事を返さずに裏庭へ。
紗花は自分の花畑へと向かい、会心の一本へと目を向ける。
ハサミを使って切り取った。
それを店内から持ってきた花瓶に刺す。
遠くで歓声が聞こえる。
どうやら終わったらしい。
あっけないといえばあっけないが、そうそう劇的な展開をされても困ると紗花は思う。
人間は慣れる生き物である。
怪獣の襲来にも、ヒーローの登場にも。
けれど繰り返すことで残るものも、また強くなるものもある。
何度も戦う姿を目にすることで。
何度もぶつかり合うことで。
その度にその人の魅力に気付くことだってあるはずだ。
だから紗花は日向に花を贈る。
「紗花、無事っ?」
梱包が終わったころに、日向は現れた。
トイレに行っていたはずなのに、なぜか外からやってくる。
紗花はその事実を指摘せずに、
「見てわかるでしょ。はい、これ」
そのまま、梱包した花を渡す。
日向は一瞬おどろいた顔をしたが、またかという顔で受け取った。その顔は紗花的に特大のマイナスポイントだ。
むかついたのでおでこにデコピンをくれてやった。
「あだっ?」
「ありがとうくらい言いなさい。紗花ちゃんが愛情込めて育てた子なのよ」
「だって、いっつももらってるし」
「いつも違う花上げてるでしょ? ちゃんと飾ってるんでしょうね?」
「そりゃもちろん…けど、なんで毎回?」
「いいから。今日も無事に一日を過ごせた記念よ」
「だからって」
「あ、そろそろ夕飯を買いに行かなきゃいけない時間だわ。ほら、日向君も帰った帰った」
「ええ! 今から? まだ昼過ぎだし」
「一緒に買い物に来る気? 嫌よ、噂されたら恥ずかしいし」
「恥ずかしいって…、言い方ってあるだろ!」
「事あるごとに幼馴染の家のトイレを使う人が何を言ってるのかなー?」
「いや、それは、だから」
「かなー?」
「むぅ」
紗花の言葉に憮然とした表情で日向は押し黙った。
これも、いつもと変わらぬやりとりだ。
今日もそれを出来たことに紗花は満足し、憮然とした表情のまま家路に向かう日向を見送る。
日向は気づかない。
紗花が贈った花はひまわりだ。
ひまわりの花言葉は【あなただけを見つめています】。
日向がその意味を悟るのはまだまだ先のことだろうと紗花は思う。これまでだって様々な花を贈ったのに、あのバカはその花言葉を調べようともしなかった。
これでいいと紗花は思っている。
人間とは慣れる動物だ。
どのような過酷な環境も、悲惨な境遇も、くだらない日常も。
それが何度も繰り返され、あるいは何度も起きればその状況に適応することができる。
そして、適応した時にさらなる変化が起きるのもまた人間だ。
紗花が日向がトイレを借りに来る日常に慣れ、日向の正体に気付いた時のように。
日向が紗花が花を贈る日常に慣れ、その意味を気づくのを待てばいい。
そして、新たな日常に慣れるために日々を繰り返していくのだ。
そのために、紗花は父との約束を守ろうと改めて決意する。
それもまた、紗花が生きるためには必要なことだと信じて。
読んでいただきありがとうございました!