第5話「堕ちた翼」前編
「時間か」
暗い世界に音が響く。
「あいつからの連絡は?」
「予定通りの定時連絡が30分前に。以後、緊急通信はありません」
「つまり、想定通りということだ。準備は良いな?」
『もちろんだ、伯父貴。ちゃんと連れ帰ってやるよ』
「任せた」
だが、そこは漆黒ではない。10人近い人が詰め、それぞれが画面を見つめている。
その中のいくつかには、人が映っているものもあった。
「破号作戦発動。攻撃隊、発艦せよ」
『よっしゃ、全機発艦だ。向こうに着くまで見つかんじゃねぇぞ!』
『おう!任せろ兄貴!』
『問題ねぇよ』
『大暴れオッケーだったわね?』
『ああ。あいつの帰還パーティーだ、派手にやっちまえ!』
『『『了解!』』』
そして空を切り裂く複数の鏃が現れる。
だが、それを2人が知るのはもうしばらく後のことだった。
「お疲れ」
「お疲れ様、リント。あんなこともできるんだね」
「明日、やっと俺も実機に乗れるからな。メイにも負けてられない」
「負けてくれてもいいのに」
「いや戦績は半々だろ」
数回の戦闘の後シミュレーターから出て、一息つく。
ここ数日、凛斗とメイがシミュレーターに入る回数はかなり増えていた。1回1回の時間も長くなっていて、総時間は2倍近い。
だが、それは苦ではなかった。2人きりでいられるというのが良いのだろう。
「それにしても……もう7月か」
「来月には卒業だからね。早かったな〜」
「何だかんだあったけど、メイのおかげで楽しかった。ありがとう」
「そんな、いいよ。私だって楽しかったから」
「ただ、どこに配属になるやら……」
「あ、実は内定貰ってるんだ。リントのも」
「おい待て俺は何も聞いてないぞ」
学年主席を差し置いて学年次席が情報を受け取っているのだが、メイには個人的なパイプがある。それに口ではこう言ってるが、凛斗もあまり気にしていない。
むしろそれを頼りにしていた。
「今度降りてくる技術試験隊だって。クリス達も一緒らしいよ」
「まあ、当然か……それに技術試験隊なら、休暇も特に気にしなくて良かったんだよな?」
「そう聞いてる。スクランブルとかは無いんだって。本当のことは分からないけど」
「まあ、そのあたりは入ってからだな。頼りにしてる」
「頼りに……ありがと」
教官がいない、というか教官がついていけない領域での訓練なので、カリキュラムは2人が作っていた。
おかげで休憩時間も自由に決められる。
「そういえば、マイリアってどうなるんだ?やっぱり月に?」
「……分かんない」
「え?メイでもか?」
「うん。マイリアのだけは全然入ってこないの。直接聞いてもはぐらかされるし……」
「そうか。まあ、マイリアにも事情がっ⁉」
その瞬間、衝撃が2人を襲う。
「え!な、何⁉」
「この揺れ、まさか……攻撃?」
窓の外を見ると、基地の方から黒煙が立ち上っていた。非常警報もけたたましく鳴り響いている。
さらに上空には、これらの原因と思わしき見慣れぬ機体の姿があった。戦闘機のような機体の一部には、黒炎の前で交差する2本の十文字槍が描かれている。
「……」
「凛斗?」
「アレか」
「あれって、え?戦闘機?それがSAGAに勝てるの?」
「いや、アレは戦闘機じゃない」
2人の視線の先で形態が変化する。
そして現れたのは、両腕に三角形の盾を持った完全な人型。
「……可変型のSAGAだ」
「可変型?でも確か……」
「ああ、日本国防軍の系譜だ」
「それって、パイロットは日本人じゃ」
「まだ決まってない」
「でも……」
「それに俺は戦うことを望んだ時から、躊躇わないって決めてる。例え日本人だとしても……敵になるなら容赦はしない」
そう言い切った凛斗の覚悟に、メイは頷く。メイもまた似たような覚悟を決めているからだ。
とはいえ、話をしても立ち止まるわけにもいかなかった。今はまだ士官学校に攻撃は及んでいないが、ここに留まるのが1番危険だと、口にせずとも2人は分かっていた。
「じゃあリント、この後はどうするの?」
「それは……ルシファーとミカエルに乗るか?」
「え、でも、みんなと一緒にシェルターに行った方が良いんじゃないかな?シェルターの方が安全だよ」
「いや、多分危険性は変わらない。それに、アレは曲がりなりにも最新鋭機だから、逃げるだけなら大丈夫なはず……っ!」
その瞬間、再度衝撃が2人を襲う。今度は弾薬庫を狙われたのか、ここからでも見えるほど大きな炎が上がっていた。
慌てて2人が廊下へ出ると、フーバー教官が走ってきている。
「ケンザキ!ハイシェルト!ここにいたか」
「教官、状況はどうですか?」
「不明だ。上も混乱してて、敵機の正確な数すら分かっていないらしい。どうやら、警戒網の隙を突かれたようだ」
「そんな怠慢……!」
「ああ、怠慢だ。だが起きてしまったことには、対処するしかない」
「それで、自分達はどうすればいいでしょうか?」
「シェルターに行くか、格納庫へ行くか話していました」
「2人は試験機の所へ向かえ。乗り込んで、外部から切り離すんだ。場合によっては起動させても構わん」
「教官は……この襲撃の原因があの2機だと考えているんですか?」
「いや、分からない。だが最悪を考慮すべきだ。やってくれるな?」
「了解しました」
「了解です」
教官は他の生徒の確認をするのだろう、シェルターとは別の方向へ走っていった。
「じゃあメイ、ここでお別れだな」
「そんな言い方しないでよ」
「悪い、冗談だ」
「でも、その……リント、死なないでね」
「メイこそ。また後で」
そう言葉を交わし、メイは凛斗の目的地とは反対側に走っていく。そして凛斗も移動を開始する。
SAGAに乗るため、パイロットスーツは着たままだ。
「そう言っても……俺の方が危険なことに変わりはない、な」
正体不明機、敵機の攻撃は軍港と基地の中でそこに近い部分に集中している。そしてルシファーの格納庫、開発施設は基地中心部、戦闘エリアに近い。地下とはいえ、危険に代わりはなかった。
逆に、今ミカエルが置いてある格納庫は士官学校近くの外周部格納庫なので、メイへの危険は少ないだろう。
「とりあえず、武器を取ってくるか」
そう言うと凛斗は自室へ向かい、9mm拳銃とアーミーナイフを取ってくる。
SAGAには通じないが、有るのと無いのとでは心境がだいぶ違った。パイロットスーツには軽くとはいえ防弾装甲があるのもそれを後押ししている。
「よし……行くぞ」
とはいえ地下の開発施設へ向かうためには、基地中心近くから地下へ入る必要がある。
そしてここは基地の外縁より外。避難とは逆に進む学生など、当然ながら悪目立ちしてしまう。
「おいお前!ここは危険だぞ!」
「すみません!ですが命令で、基地地下へ行かないといけないんです!」
「んな馬鹿な命令があるか!理由は⁉」
「それは……言えません」
「……機密か?」
「どこまで言って良いのか分からなくて……」
「そうか、ということは……おい、お前ら!」
そして指揮官に呼ばれ、歩兵用重装備に身を包んだ2人の男がやってくる。
装甲服の上からでも分かる筋肉を持った巨大の男と、そこまでではないが相当鍛えているのが見て取れる長身の男だ。
「お前ら、こいつを護衛して命令を遂行させろ」
「「了解!」」
「いいんですか?」
「所属のせいで地下入り口までだが、これで少しは力になれるか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「逃げるならともかく、死地へ向かうなら味方だ。俺たちはバカじゃない」
「……ありがとうございます」
そういうやけで凛斗はお供を2人得て、基地中心へ向かって走り始めた。
上空では正体不明機と帝国軍機が戦闘を行っているが、帝国軍の方が劣勢らしい。正体不明機の3割ほどは未だに基地を攻撃している。
「すみません、付き合わせてしまって」
「気にすんな。命令なんだろ?」
「それより、どう行くつもりなんだ?ここから先は攻撃を受けているんだぞ」
「……最短距離で行きます。普段は使わない道ですけど、他よりはまだ危険が少ないです」
「ま、仕方ねぇか」
「そうだな」
「それに……」
「それに?」
「武装法務隊に絡まれると厄介なので。その……」
「確かに君はそうだな」
「あいつら、融通が効かないからオレ達も嫌いなんだよ」
なので走る。というより、モタモタしていたら戦闘に巻き込まれてしまう。少しでも早く行かないといえない。
「それにしても……」
「どうしたんですか?」
「何故奴らはここへ来た?奇襲でなければあの程度の数、簡単に踏み潰される程度でしかない」
「現に奇襲を受けて大混乱なんですが」
「そうだぜ。まあ、そういうのは警戒とかパイロットどもの責任だっての」
「……そうだな」
「でも、攻撃してきた理由は気になります。奇襲が失敗すれば全滅するだけなんですから、それをやるだけの理由があるはずです」
「そんなの、基地を攻撃しにきたってのじゃねぇのか?ここはデカい補給線をいくつも担ってるんだぜ」
「それだけでしょうか?」
「何?」
「教官も疑問に持っていたようですが……気になります」
フーバー教官への問いかけも、この考えがあったからだ。いくら後方とはいえ、常時1000機以上のSAGAが駐屯するハワイ基地は要所中の要所、たった数十機で落とせるような簡単な場所じゃない。
そう考えていると、急にゴツい方が凛斗の頭を抑えた。
「うわっ⁉」
「伏せろ!」
「頭上げんなよ!」
すると、すぐそばにSAGAか落ちてきた。シルフィード、その上半身だけが。
「爆発っ……は、しないようだな」
「た、助かった」
「綺麗にジェネレーターを切り裂かれています。中枢を1撃、並みの腕じゃないですね」
「ほう」
「こんな時によくそんなことできるな……」
「一応、学生とはいえパイロットなので」
上を見ると空に上がった帝国軍機が増えていて、先ほどまでより熾烈な戦闘が繰り広げられていた。だが、落ちた正体不明機は見られない。連携は敵が圧倒しているようだ。
流石に基地を攻撃している機体はもう無いが、余波は激しい。状況は逆に悪化しているかもしれない。
「……激しくなってるな」
「こっちのSAGAがやっと増えたみたいですね……急がないと」
「ああ、さっさと行っちまおうぜ。急がねぇとマズそうだからな」
「ああ、そう……止まれ!」
「は?ちっ……」
凛斗はゴツい方に留められ、角から出なかった。
だがもう1人は違う。引き返す前に、衝撃波と粉塵が彼を襲った。
「間に合わなかったか……」
そして煙が晴れた先、そこで彼は複数の鉄骨に体を貫かれ、作業用機械に半身を押しつぶされている。
間違いなく即死だ。
「そんな、何で……」
「どこかの弾薬庫が爆発したんだろう。衝撃波でやられたようだ」
「すみません、俺のせいで……」
「仕方ない、回り道だ。こっちへ来い」
とはいえ、いつまでも落ち込んではいられない。そうゴツい歩兵に言われ、凛斗もすぐに立ち直った。
あまりに早すぎないかと彼は怪しんだりもしたが、そこまで気にしてはいない。
それよりも、
「銃声?」
「どうした?」
「今、銃声が聞こえた気がします」
「上でSAGAが戦闘中だ」
「そっちじゃありません。火薬です」
「……間違いないか?」
「はい。警戒した方が……」
「いや、急ぐべきだ。ここで襲われたら目も当てられない」
「……分かりました」
そして2人は警戒を強めた。
とはいえその後は特に何事も無く、地下入り口までたどり着く。だがその前には予想通り、武装法務隊が立ちふさがっていた。
「おいお前ら!こっちはオレ達の管轄だ!」
「彼がこの先に行くよう命令を受けたらしい。俺は護衛でついてきただけだ」
「この日本人が?はっ、嘘も大概にしろ!」
「そこの認証機を使えば分かります。生体認証で登録されていますから」
「黙れよ。テメェらなんかがここに入れると思うな」
そう言って銃を向けてくる数人の武装法務隊員、とはいえ凛斗が銃を向けるわけにはいかない。ゴツい歩兵も凛斗を庇ってはいるが、銃は下に下げたままだ。
普段使わない場所なためか、またメイがいないためか、いきなり袋小路に入り始めてしまう。
「くっ……」
「何も殺そうってのじゃねえよ。入りたかったら、誰か証人を連れてくるんだな。それなら認めてやってもいいぞ?」
「時間がありません!」
「そんなの……」
「こうなったら……」
「ぬ!」
「うわっ⁉」
だがそんな中、凛斗は唐突に突き飛ばされた。
そしてそこへ衝撃波が流れ込んでくる。
「イテテ……な、何が……」
「無事、か?」
「はい、何とか……血?」
自分に覆い被さる歩兵の男へ返答しつつも、凛斗は右手についた血に驚いた。
だが、それは凛斗から流れ出ているものではない。
「扉は、開いた……早く行け」
盾となった彼から、本来なら左腕がある場所から流れているものだ。
衝撃の影響か、扉の半分が吹き飛んでいる。また武装法務隊員達も全員倒れているか姿が見えず、不謹慎だが都合が良い。
「俺を、庇って……?」
「気にするな。俺がやりたくて、やったことだ」
「ですけど……!」
「もう、無理だ……お前は早く行って、使命を果たせ……!」
「……はい!」
凛斗は彼に背を向け、扉を抜けた。
その時、ついでに非常警報を鳴らしておく。これを司令部が受け取れば、ここへ人を集めてくれるだろう。
「ありがとうございました。この恩は何があっても忘れません。俺は……」
名も知らぬ2人に助けられた凛斗、彼は人がほとんどいない通路を駆けていった。
「そこを右。で、このまま……」
地下に入ればこっちのもの。攻撃を受けている影響で警備は少なく、止められることはない。
このまま何もなく行けるか、そう凛斗は考えたのだが、不意に人の気配を感じた。
「誰っ……軍の歩兵隊?」
右からやってきたのは軽武装な軍の歩兵部隊だ。だが本来なら、ここは彼らの管轄ではない。
「おいお前!何をやっている!?」
「地下のある格納庫へ向かっている最中です。それより、何故ここにいるんですか?ここは武装法務隊の管轄だったはずですが」
「その武装法務隊からの要請だ。敵の歩兵部隊が侵入しているらしい。お前も、敵との遭遇に注意するんだな」
「了解しました。頑張ってください」
「はっ、日本人が偉そうに」
そう軽蔑の目を向けた後、凛斗の横を通っていった隊長。一部からは同情の視線を向けられたが、部下も多くは似たようなもの。
慣れたものとはいえ、不愉快に思わないわけがない。
「……あんなものか」
だが、気にしていても仕方がないのも事実だ。
「もう少し……っ⁉」
再度走り始めた凛斗。
だが曲がり角から飛び出そうとした所で急制動をかけ、壁際に身を隠す。
「あれは……」
隣の通路に人影を見つけたからだ。当然ながら、これが帝国軍であれば隠れる必要は無い。
だが彼らが着ている服は、帝国軍陸戦部隊および武装法務隊の戦闘服・装甲服ではなかった。彼らはあの2人のようなゴツい装甲服こそ着ていないが、手に持つバトルライフルはそれすら簡単に撃ち抜けるものだ。
軽い防弾装甲しか持たないパイロットスーツなど、水に濡れたティッシュより容易く引き裂くだろう。
「この辺りか?」
「そのはずだ」
「まだ予定より早いわよ?」
「遅れると致命的だからな。さっさと片付けちまおう」
しかし、開発施設へ向かうための道はここ以外に無い。
「ちっ、やるしか……ない!」
だからこそ、例え成功率が少なかろうと、凛斗は覚悟を決めて駆け出した。
「ミカエルの起動、お願いします!」
「もうやってるぜ。あと数分の辛抱だ」
その頃、メイは目的の格納庫へ到着していた。そこには開発チームの何人かと専属の整備兵がおり、ミカエル周囲で作業をしている。
だが……
「ありがっ、危ない!伏せて!!」
半地下構造格納庫の入り口付近にあったSAGAが撃ち抜かれ、爆炎が舞った。
「ゲホッ、ゴホッ……」
「がっ、クソが……」
「大丈夫か?」
「誰か来て!こっちで下敷きになってるの!」
「チクショウ……おい嬢ちゃん!無事か⁉」
「は、はい!でも……!」
「埋もれてやがる。他は……無理か。おい!手の空いてるやつはこの機体の瓦礫をどけてくれ!大至急だ!!」
周囲のSAGAは軒並み爆発に巻き込まれて壊れるか、衝撃で関節部に異常が起きるか、うつ伏せに倒れるか、瓦礫に埋もれるかしており、重機としては使えない。仰向けで、コックピット周囲にしか瓦礫がないミカエルが1番マシな状態だ。
だから使えるのは人手、精々が作業用パワードスーツ程度。また高度な自動化により、整備兵の人数自体もかなり少なくなっている。
だが、その程度で諦める人間はここにはいない。怪我人と看病者以外の全員がミカエル近くに集まり、懸命に瓦礫をどかしている。
そんな中……
「……リント?」
メイはほのかな不安を感じ取っていた。