第1話「天使と悪魔」後編
「それでは、失礼します」
「失礼します」
「またいつでも来たまえ。歓迎するからさ」
自己紹介や簡単な説明などで時間が来てしまい、惜しまれつつも2人は開発施設を出た。本来なら大人しか居ないような場所にいるため目立っているが、2人とも気にしない。
士官学校でも、凛斗とメイは良い意味でも悪い意味でも有名なのだ。
「まさか、だよな」
「あんなの聞いたこともなかったよね」
「メイもか?」
「うん。だからビックリしちゃった」
「ハイシェルト家も万能じゃないと」
「というより、まだ未成年だからじゃないかな?兄様は多分知ってると思うよ」
「メイのお兄さんって……確か武装法務隊の?」
「そうそう。一昨年転属になったって聞いた」
「そうか……」
「リント?」
「いや、何でもない」
「もしかして、さっきの?」
「違う。ああいうのは人次第だって分かってる」
「じゃあどうして?」
「ただ少し考えてただけだ」
凛斗の顔を窺うが、メイは何も分からなかった。ただ言葉を信じて、別の話題に変える。
悪いことより良いことの方が好きなのは、この2人も同じなのだ。
「テストパイロットかー。楽しみだね」
「だな。新型機に触れられることなんてめったにない。性能を確認するのが怖いけど……」
「あ、うん……でも、リントの将来的にはどうなの?」
「それは、そうだな……このまま技術畑に行くのも良いかもしれない」
「じゃあ、私が一緒でも大丈夫だね」
「ああ。同僚ってのも悪くない」
「……え?」
「違うのか?」
「ううん……でもまだやっぱり……」
「ったく……だからからかいがいがあるんだけどな」
「……え?」
「ん?」
顔を赤くしたメイが大騒ぎしたり、宥めようと凛斗が四苦八苦したりするのだが、それはさておき。2人は機密区画から通常区画へ出た。
なお出口で武装法務隊がうるさく言ってきたのだが、メイがわざわざハイシェルト家の名前を出して黙らせた。普段は使わないが、こういう時だけはメイも実家の名を使うことがある。
「もう……それでリント、明日って暇?」
「まあ、暇と言えば暇かな。トレーニングくらいしか予定は無い」
「だったら、買い物に付き合ってくれないかな?」
「大丈夫だ。それで何を買うんだ?」
「んー、秘密」
「おいおい、教えてくれよ」
「だーめ。明日のお楽しみ」
「……分かった。じゃあ、いつもの所で」
「やった!ありがとう!」
よほど嬉しかったのは、メイは間髪入れず凛斗の腕に抱きついた。もちろん、顔は真っ赤だ。
「これくらいなら当然だ。ただまあ……顔、赤いぞ」
「そういうのは黙ってて!」
「まったく、可愛い奴め」
「か、かわ⁉」
「ん?どうした?」
「可愛いって」
「事実だろ?」
「じじっ!」
手玉に取られたメイ。凛斗はからかいつつ、軌道修正。機嫌が悪くならないよう調整する。
「ごめんごめん、からかっただけだって」
「知らないもん。リントはもう……」
「それは……いつも笑って許してくれてるだろ。その前にかなり謝ってるけど」
「うん……そうだけど」
「この後は授業だし、明日はデートなんだろ?そういじけるなって」
「うん……え、デート?」
「まあ、一般的に見ればそう見えるんじゃないか?」
「そっかー……えへへ」
「謝罪代わりは明日するから、な?」
「うん、良いよ」
チョロい、と思っても凛斗は口にしない。余計に機嫌を損ねるだけだからだ。
なのでたわいのない会話をしつつ士官学校へ戻り、教室へ入る。
「聞いたぞ、リント。新型機のテストパイロットになるんだってな」
「やるじゃねぇか」
「メイちゃん、凄いね!」
「どんな機体だった?」
「頑張ってね」
「……流石だな」
そして耳の早いクラスメイト、特に親しい友人達が一斉に口を開いた。
「……早いね」
「どうせ教官が言いふらしたんだろ」
「正解。口軽いよねー」
「まあ、オレ達なら大丈夫だってことじゃねぇのかよ?」
「悪い気はしないけど……」
「あんまり言いふらしすぎるなよ?問題になったら面倒なんだからな」
他のクラスメイトもほとんどが凛斗とメイの周りに集まり、色々と質問される。
フーバー教官は自分が少数派と言っていたが、凛斗の周りは基本こんな感じだ。最初はともかく、今はちゃんと認められている。
だが……
「はっ、お気楽なもんだな」
「日本人なんかに出来るかってんだ」
「どーせハイシェルトのお零れだろうよ」
一部には、こんな連中もいる。
そして、教室内の空気が一気に悪くなった。3対その他といった具合に。
「またかよあいつら」
「うっざー」
「空気読めっての」
「テメェらほどお気楽じゃないんでね。日本人なんかに帝国のことなんて任せられねぇんだよ」
「成績悪いくせに」
「……弱い者はよく吠える」
「成績上位者はお気楽で良いですねー」
「勉強しない人が言えるセリフではないと思います」
「そっちは帝国人として不相応なんじゃねえのかよ?」
だが、相手は少数派な上に弱者だ。このクラスでは凛斗の味方の方が多い。
まあこいつらはともかく、親が高官だったりするのだが……それについては凛斗の隣に最上位レベルがいる。親しい中にはそれ以上がいる。
そのおかげで凛斗が直接関わることは少ない。少ないのだが……
「リント……」
「気にするな。負け犬の遠吠えになんて耳を貸さなくていい」
「んだとゴラァ!」
今日は虫の居所が悪かった。
「事実を言っただけだ」
「はっ、日本人風情が何言ってんだよ」
「学年首席様はお偉いねぇ」
「少なくとも、桁が2つ違うお前らよりは偉いな。だからテストパイロットに選ばれたんだぞ?」
そのテストパイロットで与えられる機体が予想外すぎて。
胃痛の元になりかねないことに。
「何言ってんだ。負け犬はてめぇら日本人の方だろうが」
「無能者どもに任せらんねぇってことだよ!」
「バトラーにしか乗れない奴らが何を言ってるんだか」
「テメェもだろうが!」
「残念だったな。俺にはサラマンダーやシルフィードへの実機搭乗経験がある。この学年で1番最初にな」
「ちっ、それは……」
「屁理屈野郎が……!」
「ざけんなよ……!」
一触即発といった所だが、凛斗は動じていない。慣れているのだから。
反撃せずに避け続ければ悪役はこの3人だけだし、それが成り立つのは実証済みだ。メイや他のクラスメイトも凛斗の弁護を、あるいは加勢をするだろう。勝算しかない。
だが、この雰囲気を好まない者もいた。
「騒がしいですよ。周りに迷惑だとは思いませんか?」
「マイリア……ごめんな」
「いえいえ、ケンザキ君が悪いとは思っておりませんから」
「助かる」
「殿下!何故そんな奴と!」
「迷惑だと言いました。黙りなさい」
「ぐっ……」
「それと助かった」
「お礼は……次の勉強会で払ってもらいましょうか」
彼女の名前はマイリア・レーシア-ムーゼリア。その名の表す通りムーゼリア帝国の皇族で、第一皇女だ。
ただしメイ、そして凛斗達とは友人関係なので、偉ぶることはない。そして皇族の慣例として士官学校に通ってこそいるが、暴力的なことは嫌いな人間だ。
ちなみに、メイとは幼馴染のような関係だったりする。
「さて、移動しないと授業が始まってしまいますよ」
「マイリアって、よくこっちに来るよね。リントとも仲良いし……」
「何でしょうか、メイ?」
「何でもないですよーだ」
「まいったな……マイリア、どうやら嫉妬されてるらしい」
「あらあら、どうしましょうか」
「嫉妬なんかしてないって!」
「そうですの?ならいっそのこと、本当に付き合ってみましょうか?」
「おいおい、俺は日本人だぞ」
「その辺りはどうとでもできますので」
「無し無し無ーし!!リント、行こ!」
「あ、ああ、分かった」
「ふふ、相変わらず仲がよろしいですね」
そしてメイは凛斗の腕を引き、クラスメイトも引き連れて射撃授業の実施場所、射撃場へ移動する。そして到着後、フーバー教官の指示に従って順番に撃ち始めた。普通のSAGAのコックピットにはコンパクトな銃しか置かれてないため、使っているのは拳銃やサブマシンガンがほとんどだ。
一応、機関銃や狙撃銃、アサルトライフルなどを扱うこともあるが、頻度はかなり低い。
「マックスレイ、脇を締めろ。ブレてるぞ」
「了解」
「ハイディスタン、一気に撃ちすぎだ。反動を抑えられてないぞ」
「はい!」
「お、いつも通り上手いなアルドハイエン」
「……ありがとうございます」
そしてここの射撃場は人型のターゲットを立体映像で映し出し、そこを実弾で撃つ。
難易度なども個人個人で決定でき、実弾銃を使っているが、生徒達はゲーム感覚で楽しんでいる。
「だーくそ、上手くいかねぇ」
「お前はいっつも惜しいよな。SAGAだってよ」
「うるせぇ……って、次はお前か。ちゃんとやれよ、レックス」
「ああ」
そして彼らの付けているイヤーマフは便利なもので、一定以上の大きさの音全てを会話程度の大きさにまで減らせてしまう。
だから、射撃していない時間は基本雑談タイムだ。
「なあリント、新型機ってどんなんなんだ?」
「おいおいトラン、情報開示されたっていっても、まだまだ機密だらけだぞ?」
「そこまでは聞いてねえよ。少しだけで良いから、さ」
「ま、それくらい良いか。そうだな……まだ軽く聞いただけだけど」
「けど?」
「開発主任はアホだってよく分かった」
「はぁ?」
「なんで特殊な人間しか乗れないような機体を作ったんだろうな……」
「特殊?どういうことだ?」
「それは……」
「おいケンザキ、そこまでにしとけ。それと順番だぞ」
「分かりました、教官。じゃあ、また後でな」
「おう、頑張れよ」
そして凛斗は射撃場所に立ち、9mm弾の拳銃を2つ、両手に構えて待機する。周囲からの期待の目も多い。
なぜなら設定した難易度は……最高クラス。25m先を狙う。
「ふぅ……っ!」
素早く現れては隠れるターゲット。その時間は数秒程度、しかも同時に複数出てくる。難易度が高いとかいうレベルじゃない。
だが、1発も外さない。凛斗は左右の銃を器用に使い、頭と心臓の部分にあるターゲットマーカーを正確に撃ち抜いていく。
終わった時には周囲から歓声がこぼれた。そして次の番……メイが隣に来た。
「さすが」
「別にいつも通りだ。それに3発外した」
「え?」
「3発目と7発目、あと14発目、中心から少しズレてる。しくじったな」
「あ、本当だね」
凛斗が手元のタッチパネルを操作すると、結果が表示された。24発中21発は中心の最も小さい円の中に収まっているが、その3発だけはその外側の円にまで広がっている。
確かに失敗と言えるだろう。最も小さいの円の直径は20mm、次の円でも30mmなのだが。
「ケンザキ、また難易度を上げたか?」
「はい。的を小さくして、乱数も増やしました。どうでしょうか?」
「完璧人間だな……今すぐにでも特殊部隊へ推薦したいくらいだ」
「SAGAの方が得意です」
「成績もそうだな……まあ良い。次だ、ハイシェルト」
「だそうだ。メイ、頑張れよ」
「うん」
その後のメイもまた、正確な射撃を繰り返す。
ターゲットの動きは凛斗の時より遅いが、他のクラスメイトよりは数段速い。というか、動かしている者自体多くはないのだから、常識外と言っていいだろう。
「お疲れ。また上手くなってるな」
「リントには届いてないよ。まだまだ頑張らないと」
「なら、俺は逃げ続けないと」
「おいおい、お前らに頑張られるたら俺たち置いてけぼりだぞ」
「だったら俺達より努力すればいい」
「簡単に言ってくれるぜ、まったく」
2人の射撃を見ていたクラスメイト、アレックス・アリーストとトランファード・マックスレイはそう言う。
この2人も成績上位者なのだが凛斗とメイには敵わず、負け続けだ。
だが、凛斗とメイが誰よりも努力していることは知っているから、軽口以上の言葉は出さない。
「俺より上手いのだっているからな。スナイパーとか凄いだろ」
「アクトのあれか?」
「あれは狙撃銃だからだぜ」
「1キロで15センチだぞ?それと比べたらなぁ……」
「いやいや上手だよ。僕達教官だって勝てないんじゃないかなぁ」
「え?……ありがとうございます、カイドウ教官。ですが、まだまだだと思います」
急な背後からの声に反応し、凛斗は礼を返す。
そこにいたのは若く見える優男、だが凛斗達とは10以上歳が離れている。彼は射撃場などを専門に担当している教官の1人だ。
「まだまだなんて、いやはや耳が痛いね。頑張っても追いつけそうに無いよ」
「そうでしょうか?」
「そうだよそうだよ。これ以上努力されたら……だけどまあ、これからも応援するよ、ケンザキ君。同じ日本人として、ね」
「分かりました」
「じゃあ、これからも頑張って」
「はい」
「それとアリースト君、マックスレイ君。フーバー教官に怒られるよ」
「げっ⁉」
「やっば!」
レックスとトランは急いで射撃場所へ向かい、カイドウ教官は別の生徒の所へ向かう。
その場には凛斗とメイが残ったのだが……メイには気になることがあるらしい。
「ねえリント。いつもだけど、何でカイドウ教官に対しては固いの?」
「え?ああ……何でだろうな。気分的に、というか……」
「嫌いってこと?」
「多分違うと……分からない。雰囲気が合わない、とか?」
「曖昧なんだ」
「俺も気持ち悪いんだけどな……」
「じゃあ、私で癒されてみる?」
「へー、なら好きなように使わせてもらおうか」
「え、いや、リ、リント、それは、その……」
「冗談だって」
「……むぅ」
「流石に人前でそんなことをやったりはしない」
「へっ⁉」
銃撃音が響く中、遊ばれるメイと遊ぶ凛斗。場違いなようで、いつも通りだった。
するとそこへ、今度は1人の女子生徒が近づいてくる。
「ふぅ、疲れた……そうそう、メイ」
「あ、ニーネ、どうしたの?」
「この前に頼まれたアレだけど、まだしばらくかかるらしいよ」
「本当?」
「そう。どれくらいかは分からないけど……」
「そっか」
「ごめんね」
「なあメイ、アレって何だ?」
「え?秘密」
彼女はニーネティア・シュルーディオ、成績上位者の1人で凛斗とメイの友人だ。メイはよく一緒に出かけているようで、クラスメイトの中でもかなり仲が良い。
そんなニーネとの間で交わされた会話を凛斗は気にするが、メイは隠そうとし……
「また秘密。いっつもだな」
「どうしたのリント?乙女の秘密が知りたい?」
「教えてくれないのか?」
「どーしちゃおっかなー?」
「ニーネ、知ってるか?」
「もちろん。メイがプ……」
「ニーネストップ!」
ニーネの口を押さえて物理的に止める。もちろん息を止めるほどでは無い。
そしてこれは友人同士の遊び、ニーネはすぐに解放される。
「酷いよ」
「ニーネが言おうとするからだよ」
「でもね……」
「でもじゃない!リント、今は絶対に言わないからね」
「分かった。後の楽しみにしとく」
「ありがと!」
「で、抱きつくと」
「悪い?」
「いや、悪くない」
授業中だと怒られたのは、それから数分後のことであった。
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