第6話「悪魔の想念」前編
「ふぅ……」
ハワイ基地から撤退した直後、ルシファーの中。南西へ向けて海の上を飛ばしながら、凛斗は久しぶりの再会を喜んでいた。
相手は隣を飛ぶ、黒炎と十文字槍が描かれた機体だ。
『よう凛斗。久しぶりだが、調子はどうだ?』
「快調だよ、兄貴。この機体も最高だ」
『それは良かった。で、そいつの名前は何だ?送ってなかったろ』
「ルシファー、デーモンシリーズの1番機だ。堕天使なんて厨二臭いけどな」
『ルシファーね……俺達にとっても好都合な名前だな』
「好都合?」
『ルシファーはラテン語で、明けの明星を意味する言葉だ。偶然にしては出来過ぎだろ?』
「へえ。物知りなんだな、兄貴」
『そういう年頃だってあったんだよ』
彼は原田宗弥、通称兄貴。
日本系パルチザン、明けの明星に所属するパイロットで、SAGA部隊の隊長のようなことをやっている。明けの明星設立初期からのエースパイロットだ。
そして、凛斗達にとっては兄代わりであると同時に、信頼する上官であり、自分達をしごいた鬼教官でもあった。
「で兄貴、その機体は?新型か?」
『まあな。コクロウって名前の、第10.5世代相当の機体だ』
「コクロウ?それが乙型?」
『いや、甲型だ。ただ、元々は乙型だったらしいぞ』
「ああ、なるほど」
ルシファーの隣を飛ぶそれらのSAGAは、今は航空機に変形している。凛斗が高等士官学校へ潜入した後に使われ始めた機体だ。
そのため、この機体に対する凛斗の理解はほぼゼロに近い。
『そういうわけだから、間違えないでよ、凛斗』
『まあ、仕方ありませんね』
「香織!潤人!お前らもいたのか」
『久しぶり。あと、お帰り』
『お久しぶりです。それと、お疲れ様でした』
無花果香織と浅倉潤人。凛斗と同年代の少年少女で、明けの明星の戦闘員でもある。
兄貴と同じく3年ぶりの再会だ。
「香織……ただいま。潤人、お前同い年なのにまだその口調なんだな」
『繭や智子に対してもこんな感じだからね』
「筋金入りか、まったく」
『変な風に言わないでください』
「そんなんだからメガネ二世なんて言われるんだよ」
『ほらほらガキども、ちゃんと前を見ろよ』
「うっさいな、兄貴。もうガキじゃないっての」
『そんな風に言ってるうちはガキだ。まだ成人すらしてないだろうが。それともあれか?もう一回特訓して欲しいのか?』
「うっ……」
『はい……』
『分かりました……』
『よろしい』
こんな感じなので、凛斗達にとって兄貴の立場は相応に高かった。というか、鬼教官時代の恐怖がまだ少し残っている。
とはいえ良い人物なのは事実だ。部下からも上層部からも信頼されているし、戦闘能力も作戦指揮能力も高い。国防軍時代の階級が低くなければリーダークラスだったかもしれない。
まあ小さな組織なので、上官・部下というより仲間・同僚という面の方が強いし、上層部も前線指揮官や整備兵長だったりするのだが。兄貴どころか、3年前の凛斗ですら幹部扱いをされたこともある。
「それで兄貴、この後はどうするんだ?」
『まずはマーシャル諸島に向かう。ボカック環礁の島の1つで夜を過ごしたら、夜明け前に出発だ』
「了解。それでどこに?」
『それは……その時まで楽しみに待ってろ』
「何だよそれ」
『秘密ってこと』
『その方が良いかもしれません』
『良いなぁ兄貴、それ最高』
『ぜってー驚くぞー』
『反応が楽しみだから』
「何で一斉に言うんだよ⁉︎」
香織や潤人以外の面々にまで言われ、からかわれていると知りつつも叫ぶ凛斗。実力とは異なり、立場は低めなので強権は振るえない。というか振るわない。
凛斗達3人以外は全員20歳を超えているのだから。未成年組、8年前に10歳以下だった者はあまり多くない。
新しく入る者もいるのだが、大半は前線に出る頃には成人済み、20歳を超えている場合がほとんどだ。
『にしても凛斗、そいつ速いよな。航空機形態のこいつと同じくらいか』
「超音速巡行は空戦型SAGAの基本性能だろ。まあ……最高速度はそっちと良い勝負かもしれないな。人型だからその上でガンガン動く」
『マジかよ。ヤバいな新型機』
「代わりにGがヤバいんだよ……軽く3Gを超えてくる」
『は?欠陥だろそれ』
「これで正常なんだよな……高性能なんだけど、造った連中はアホだ」
『昔の専用カスタム機でなら聞いたことはあるが……それ、試験機だったよな?』
「というか、こんな機体特性だからテストパイロットが俺に決まった」
『親爺さんでもそんなことしねぇ……』
「それは親爺さんに失礼だろ、兄貴。まあ、これもある意味ラッキーだったけど」
『成果が多いってことか?』
「そんな感じだ。そうだ兄貴、残りどれくらいなんだ?俺だとシステムの違いを補正できなくて、地図データが共有できてないんだ」
『ん?ああ、まだ距離はあるな』
ハワイからマーシャル諸島までは約3800km、数字を見ればかなり長い。
だが、抑えているとはいえ亜音速での巡行だ。数千キロの道のりもそう長くない。
『ま、あと1時間程度だ。それくらい待ってろ』
「3年間待ったんだ。それくらい余裕だよ」
『おお、頼もしい』
「そりゃ、帰ってきたんだからな」
帰ってきた、それが凛斗の率直な気持ちだった。後悔がないわけではないが。
「よう!」
「お帰り!」
「お帰りなさい」
そして日が暮れた頃、明けの明星の一段は目的地へ着き、SAGAから降りた凛斗は香織と潤人の2人と抱き合った。
あの日から兄弟姉妹のように過ごした仲間、全員ではないが、ここにいる。それが凛斗にとって、何より嬉しかった。
ちなみに兄貴達は空気を読んで、少し離れた所にいる。
「それで、どうだった?」
「疲れたし、帝国人の相手は面倒だった。成績が学年トップだったから妬んでくるやつもいたから……メガネさんの情報操作のおかげで、一切疑われてなかったけど」
「ですよね」
「そうじゃなかったらテストパイロットになんて選ばれないだろ。それでも油断はできなかったけど。安心できる場所なんて自室くらいだったな」
「盗聴器やカメラには気をつけましたよね?部屋に仕掛けられていたら……」
「流石にそれくらいの警戒はする。というか、口に出すような馬鹿じゃない。気分的な問題だよ」
「だよねー」
とはいえ、凛斗が最も安心できた場所は自室ではなかった。だが、それについては言わない。
問題があるといえばあるし、それ以前に恥ずかしかった。
「まあ、そんな感じだ。で、飯は?」
「豚の生姜焼き定食ですね」
「よしっ!」
「あれ、そんなに楽しみだった?」
「当然。帝国軍のレーションなんて硬いだけなんだぞ?基地の食堂だってほぼ同じ。高等士官学校は上流階級の連中が多いからまだマシだけど、それでも軍隊飯だから……街中のレストランに行かないとやってられなかった」
「それは……」
「不味くないだけまだマシだったけどな」
軍の食事というものは、基本的にはカロリーが取れて腹が膨れれば良いのであって、他の優先度が低いはこの時代も変わらない。レーションでは運搬のしやすさと保存のしやすさが加わったりもするが、それだけだ。不味いわけではないが、美味くもない。
というか、下手に宇宙開拓時代などを経たせいで、携帯と保存以外の点は数百年前と比べて劣化していた。軍艦・基地などで出されるものも、素材は長期保存を前提とした加工がされており、レーションよりははるかにマシだが味はそんなに良くない。帝国料理は成り立ちの問題で軍隊飯に近いということも、凛斗を辛くした原因の1つだ。
例え国土が地球にあると言っても、日本のように民間の非常食の技術も流用し、味にも食べやすさにも気を使う方が異常だと言える。パイロットの最終手段であるクッキーですら味の研究を繰り返すほどだ。
それが一般と違うと知っていても……それで慣れてしまえば、他を苦痛に感じるのは当然だった。
「だから待ち遠しかったんだよ」
「え、結局ご飯が目的?だったら保安隊に行ってよ」
「悪いか?」
「悪い」
「悪いですね」
「おいおい……流石に冗談だぞ?」
「分かっていますよ、流石に」
「久しぶりなんだから、やっても良いでしょ」
「まったく。お前らも変わらないな」
「凛斗こそ、変わってなくて安心したよ。3年間も1人ぼっちだったんだから」
「なんだよ、ハニートラップに引っかかるとでも思ったのか?」
「もちろん」
「それはそれで酷いなおい」
ハニートラップを仕掛けられたことすらないのだから、その疑惑は不当だ。別の問題はあったが。
「って、飯の準備くらいさせろ」
ついつい話してしまっていたが、凛斗は食事の準備を始める。
とはいえ、そう難しいものではない。小さく折りたたまれていた箱を大きく組み直し、取り付けられた紐を引っ張っただけだ。
「あ、バレた」
「バレましたね」
「分からないとでも思ったか?まったく」
まあ、色々と鍛えられた凛斗だ。例え3年間会っていなくとも、気心の知れた仲間のことならすぐに分かった。
とはいえ、その空白の期間が気にならないわけではない。
「それで、3年の間に何があった?」
「それはみんなに会ってからの方が良いでしょ?抜け駆けするのは悪いし」
「そうですね。全員が集まってからの方が話しやすいですから」
「それに、先に言ったら怒りそうな子もいるからね」
「怒りそう……ってなると、繭か?」
「そこに気づくんだったら……いやまあ、あの子も隠すの上手なんだけど」
「ん?」
「何かありましたか?」
「これだから男は……」
呆れる香織を見たが、凛斗は潤人と顔を合わせて首を傾げる。だが気になったので質問をしようとして……
「お」
が、その前に時間が来た。
紐を引いてから1分、膨らんだ上部の包装を破る。
「よっしゃ美味そう」
「ほら、たんとお食べ」
「おかわりもありますから」
「なら、好きに食べるか。それと香織、無理にキャラを変えるな」
「え、ダメ?」
「お前お袋キャラじゃないだろ」
「まあそうだけど。でも何か腹立つ」
「おお怖い怖い。それではこのチョコレートを献上します」
「ん、よろしい」
完全乾燥かつ真空パックで保存したものだが、ワンアクションでこんなものが出来上がる。下手な料理より美味いレベルだ。
別の箱にはチョコレートや飴などが入っていて、凛斗はその内の1つを香織へ献上していた。
「よう凛斗、ちょっといいか?」
「ん?兄貴、どうしたんだ?」
「いやまあ、少し聞きたいだけなんだけどな。凛斗、お前はどんな情報を盗ってきた?」
「色々だ。各種軍事機密から地域ごとの配備情報、SAGAの内部データに操縦感覚、整備方法、訓練方法、ハワイ基地の内部情報、レーションの味まで、って感じだ。ちゃんとメモリにまとめてるぞ?」
「萬屋かお前は」
「実際そんな感じだな。時間だけはあったから」
「何か起こるまでは待機だったもんな。でもな、3月に連絡が来るまで死んだ可能性だって考えてたんだぞ。律儀すぎるお前もそうだけどな、伯父貴ももう少しくらい許してくれたってよかったろ」
「でも兄貴、これってメガネさんの提案だから、伯父貴も拒否しにくいと思うんだけど?」
「あのメガネが……いや、そういうのはあいつの専門だな。仕方ないか」
「そうゆうこと。ついでに言うと、俺もメガネさんに色々と教えてもらったから」
「え、それ本当ですか?」
「そうか、メガネ二世は凛斗だったのか」
「メガネはかけてない」
兄貴が言ったように凛斗の任務は潜伏、正確に言うと帝国内部からの情報収集だった。
本来なら高等士官学校卒業後、帝国軍日本駐留軍の内側から情報を送り、数年かけて内部分裂を誘う予定だった。だが、ルシファー・ミカエルという規格外によって変更された形になる。
下手な工作より強力な機体なのだから仕方がない。
「となると、メガネに色々と聞かれそうだな、凛斗。まあ、あいつは今いないんだが」
「え、そうなのか?」
「この後行く所にって意味だな。ちょくちょく外に出るのは昔と変わってない。間隔が長い代わりに、期間も長くなったんだよ」
「なるほど。なら、戻ってきた時が要注意ってことか」
「そうなるな」
そして、そのスパイを統括しているのがメガネと呼ばれている者だ。
日本系パルチザンの中でも明けの明星が持つスパイ網は強固で、ハワイどころかアメリカ本土、月にもスパイがいる。
ただし……仲間内での扱いはこんな感じだ。信頼はされているのだが。
「さて、話すのはいいがさっさと寝ろよ。明日は夜明け前に出発だ」
「了解。じゃあ、ほどほどにしとく」
「そうですね。僕もほどほどにしておきます」
「はい。そういえば凛斗、剛毅達と合流する前は基地の外にいたって聞いたけど、大丈夫だった?」
「いや、割と危険だった。ルートとタイミングがある程度分かっていても、予想外はあるし、危険なのは変わりないし」
「具体的に何かありましたか?」
「例の扉の所で、何故か護衛につけられた歩兵が武装法務隊数人と一緒に死んだ。兄貴、少し威力が高すぎだよ。もしくは近すぎ」
「ん?俺は時間通りにやったぞ?凛斗が早すぎたんじゃないのか?」
「まあ確かに、あの歩兵のせいで調節できなかったんだけど……盾になった相手を悪くは言えないかな」
「そうか、それは悪かった」
その後、交代制で見張りを数人残し、彼らは寝る準備を始めた。
SAGAには寝袋なども備えられているが、パイロットならコックピットで寝る。気温も湿度も自動で調節してくれて、寝心地はそう悪くはない。
それに、非常事態になってもすぐに動かせる。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
コックピットには1人だけだが、寂しくはない。
凛斗は安心感に包まれるのを感じながら、目を閉じた。
そして翌日、日が昇る1時間ほど前に明けの明星の機体群は飛び立ち、一路北西へ向かっていた。海上10mで編隊を乱さず、非常に綺麗な飛行だ。
そしてその中の1機、ルシファーの機内で朝食代わりのレーションを食べながら、凛斗は疑問をぶつける。
「それで兄貴、どこに向かってるんだ?夜明け前なのは分かるけど、こっちに島はないだろ?」
『ま、それはその時のお楽しみってやつだ。そんなに時間もかからないぞ』
『驚くね、絶対』
『楽しみにしていてください』
「そう言われてもなぁ……」
この時代において、宇宙の目を気にする必要性は少なかった。
元々あまり役には立っていなかったが、戦前にあった人工衛星はどの国のものだろうと全て破壊され、戦闘で発生した無数のデブリのせいで新しく投入することもできていない。
宇宙戦艦などから監視することもできるが、それらに搭載できる観測機器は性能が低いので、高速で動くSAGAを追跡できるようなものではない。
結果的に宇宙を取られながらも、行動の自由は大きかった。派手に動かなければ昼でも見つかりにくい。夜なら尚更だ。
「どういうことか知らないと、俺も対応しづらいんだからな?少しくらいは……」
『ダメだ』
「はぁ……まったく、この人達はいつも……」
そういった理由で、この一団の空気は緩い。最低限の警戒はしているが、それだけだ。
だからこそ、それは唐突だった。
「レーダーに反応?これは……兄貴下がれ!下に何かいる!」
『ああ、知ってる。来るぞ』
「は?何を……」
『あれ?伯父貴、もしかして待たなかったってこと?』
『少し早いですね。そうかもしれません』
だが、凛斗以外が焦る様子はない。その間に影は海中から上がってきて……
「あ、兄貴?これって……」
『これが俺達の母艦、潜水空母蒼龍だ。驚いたか?』
「あ、あぁ……」
全長300m超えの超巨大潜水艦が姿を現していた。
『さて行くぞ。馬鹿息子の帰還ってやつだ』
「誰が馬鹿息子だ、誰が」
『でも、息子ってのは合ってるし』
『3年間家出したと考えれば馬鹿も当たりですね』
「確かに志願したのは俺だけどな……」
そして、それの背中に開いたハッチへと、人型達は飛び込んでいく。
・コクロウ
七一式甲型機甲戦闘機
全高11.2m。明けの明星の第10.5世代主力量産SAGA。可変機構が搭載されており、航空機形態への変形ができる。
明けの明星の構成員は少ないため、各機はパイロットに合わせたチューニングがされている。
武装
___ビームライフル×2
___ビームソード×2
___翼型実体盾×2
___迎撃ビームバルカン×2
___ビームマシンガン×4
___高出力ビーム砲×2
___8連装小型ミサイル発射管×4
___4連装小型ミサイル発射管×4