第1話「天使と悪魔」前編
「ちっ」
少年は自機を操り、放たれたビームを宙返りで避け、反撃にビームサブマシンガンを放つ。
しかし、その弾幕の大半は自機のものより大きな盾で防がれる。
「多い、な!」
それにより隙ができたからだろう。射撃対象以外の3機から合計30発ものミサイルが発射された。
なので、少年は追撃をやめさせると、操縦桿を操る。そして、頭部に搭載されたビームバルカンでミサイルの半数以上を撃ち落とし、残りは回避した。
「そうしたんだから当たり前か」
敵は飛行ユニットに乗った人型が4機、味方は自分1機のみ。双方共に損傷は無いものの、敵機はミサイルを消耗している。
本来より敵機の動きが鈍いこともあり、現状は五分といったところか。
「けど、やってやる」
これを打破するには、自らの長所を活かすしかない。
少年は右手のビームサブマシンガンをラックに戻させると、バックパック上部のビームソードを引き抜かせた。
そのまま自機を加速させ、敵編隊に旋回戦を挑む。
「ぐぅぅ……当たれ!」
敵機は飛行を飛行ユニットに任せており、安定性が高い。多少の無茶な飛行をしても銃口はブレない。
代わりに、単独飛行が可能な自機は機動性が高い。飛行ユニットよりもかなり小さな旋回で内側へ潜り込み、ビームサブマシンガンを乱射する。
「よし!」
その弾幕は飛行ユニットの翼を貫き、途中から破断させた。
この程度で飛行不可能になるような柔な機体ではないものの、機動性も安定性も大幅に下がる。
大きな隙だ。
「このまま……」
少年はそれを見逃すことなく突撃、ビームソードを振るう。
「1機目!」
その下からの一撃は飛行ユニットの推進部を破壊、その後に飛び出して反転し、敵機の胴体を斬り裂いた。
「次!……ん?」
続けて別の敵機を攻撃しようとする少年。
しかし外部からの通信が入ったため、一時停止しそちらへ繋ぐ。
『リント、ここ?』
「メイ?」
『やっぱり』
「まあ、暇だからな。それで、何の用だ?何かあるから呼んだんだろ?」
『あ、ごめん。フーバー教官が呼んでるよ。リントだけじゃなくて、私もだけど』
「分かった、すぐ出る」
そんなことを言われたため、少年はシミュレーターを終了させ、簡易訓練用のヘッドセットを外すと、扉を開いた。
そうして出てきた少年の瞳は黒く、短めの黒髪には汗が少し滲んでいる。全身は一見細長く見えるが、ガッシリとした筋肉に覆われており、背もなかなか高い。
そんな彼、剣崎凛斗は、出た瞬間に待っていた少女から声をかけられる。
「訓練中だった?」
「待ってもらうわけにはいかないだろ。メイこそ、今は休憩時間だよな?」
「ううん、大丈夫。最初からここに来るつもりだったし」
「そっか」
「うん」
その少女、メイルディーア・ハイシェルトは髪を撫でつつ、そう答えた。
彼女はプラチナに近い金色の髪と少し緑が混ざった碧眼を携えており、少年と同じタイプの制服を着ている。背は凛斗に迫るほど高く、モデルとしてもやっていけるくらいスタイルが良い。
「けど、フーバー教官が授業外で呼ぶ?またどうして」
「知らない。何か用があるみたいだけど?」
「用……何かやったか?」
「成績が良すぎるからとか?」
「そんなので呼び出されても困るな」
「だよね」
その少女、メイルディーア・ハイシェルトは髪を撫でつつ、朗らかに笑う。その顔に含んだものは無い。
まあ、凛斗からだと顔は胸部の山に隠れて見えづらいのだが、いつものことなので気にせず立ち上がった。
そして、メイも気にすることなく凛斗の隣で歩いていく。
「それにしても……本当、理由が分からないな」
「そうだね。教官に言われた時も、何も言ってくれなかったし」
「会ってたのか?」
「うん。リントを連れて部屋へ来いだって。珍しいよね」
「そうだな。フーバー教官は……っと」
すると、不意に地面が揺れた。何事かと2人は警戒したが、窓の外を見て納得する。
これもまた、いつものことだ。ハワイの強い日差しの中、黒い巨人が動き回るのは。
「何だ、転んだだけか」
「今の時間は……1年生だったよね?」
「確かな。まだ下手だ」
「リントが上手だっただけだよ。SAGAは初めてだったんでしょ?」
「そういうゲームがあったんだよ。前はな」
「あ、ごめん」
「気にするな。もう割り切った」
SAGA。|巨大人《Strategy Arms》型|戦術兵器《Gigantic Android》。略称に北欧神話の巨人の名を冠したこの兵器は戦場の花形であり、死神でもあった。
全高10〜13mほどの巨大な人型の兵器。誕生から発展を続け、実弾をほぼ無力化する装甲と高い機動性、そして高火力なビーム兵器を持ち、地を駆け海を征き空を舞い宙を制す者。
現代では、情報戦以外はSAGAで決するとまで言われ、事実その通りになっている。
「それに士官学校に入った時点で、そういうのは気にしてない。日本のためだよ」
そしてこの時代、日本は月を本拠地とするムーゼリア帝国の支配下となっていた。
いや、日本だけではない。南北アメリカもオセアニアも占拠され、最前線はユーラシア大陸西部に移っている。
とはいえ、ここで映る悲惨さはほとんど無い。
「そっか。それで、卒業したらどこに行くの?そういえば聞いてなかったけど」
「おいおい、卒業直後は任地に希望を出せないって知ってるよな?まあ、それが終わった後は……保安隊か、もしくは日本駐留軍か」
「そっか……」
「メイ?」
「ううん、何でもない」
ここはハワイ、ハワイ帝国軍高等士官学校。所有者を変えつつも太平洋の要所、高度な軍事基地であるこの島に、2人の姿はあった。
「入れ」
「高等士官学校SAGA操縦科3年、リント・ケンザキ候補生、入ります」
「同じく、メイルディーア・ハイシェルト候補生、入ります」
フーバー教官の執務室の扉をノックし、そう言った凛斗とメイ。入室した後はいつも通り敬礼をする。
「よく来たな、ケンザキ、ハイシェルト。まあ座れ」
「は」
「はい」
「そう固くなるな。それで、調子はどうだ?」
「問題ありません。メイはいつも通りです」
「ちょっとリント」
「軽くふざけただけだって」
「もう。それで教官、今日はどんな用なんですか?」
「気が早いな、ハイシェルト。だが、早く終わらせるとするか」
そう言うと、教官はファイルの中から2つの封筒を取り出し凛斗とメイに見せた。
それには丁寧に2人の所属と名前まで書いてある。
「これは?」
「開けてみろ。2人の分だ」
「はい……」
「えっと……?」
封筒を開け、数枚のプリントを取り出す。そして1枚目から読んでいくが……
「新型SAGAテストパイロット選定……?」
「ハイシェルト候補生は准尉扱いとし、新型機のテストパイロットに任ずる……って、え?」
「俺のもだ。これは……教官?」
「書いてある通りだ。ただ、俺も詳しくは知らない。機密はつい先程解除されたばかりらしい」
「でもテストパイロットって……」
「上が2人の技量を見込んだそうだ。名誉なことだぞ。それとまだ学生という都合上、この高等士官学校内に限ってある程度情報開示をするらしい。その上で2人のサポートをしろ、との命令だ」
「そうですか……学業に問題は無いので、ある程度であればテストパイロットとしての任務もこなせるでしょうが……」
「ほう、流石だなケンザキ」
「学習習慣を付けているだけです。ですが、何故自分達なのでしょうか?」
「というと?」
「自分達学生を使うより、現役の軍人の方がテストパイロットには向いているはずです。技量も劣っているでしょうし」
「もっともだな。それは2枚目を見れば分かる」
言われるまま、凛斗は2枚目に目をやる。
そこには高度な空間認識能力、および並列思考能力を持つ稀有なパイロットが必要と書いてあった。
「ケンザキだけでなく、ハイシェルトも同種の理由だ」
メイの方を見ると、高速機動時の高い反応速度および対G能力と書いてある。
「この新型機は試作機、より詳しく言えば概念実証機と言える機体らしく、パイロットには適性と高度な技量が必要らしい。だが適性を満たすパイロットは稀有で、そんなパイロットを今の部隊から引き抜くのは難しい。なら学生を使えばいい、だそうだ」
「……無責任では?」
「俺もそう思う」
「でもリント、これって良い機会でしょ?日本人として選ばれたんだよ?」
「メイ、それってどう答えても俺が危なくなるからな?ハイシェルト家令嬢ならまだしも」
「あ、ごめん」
「まったく……それで、これから新型機の開発主任に話をしに行くんだが、ついでに機体を見に行くか?」
「はい!」
「メイ、早いって」
「ケンザキはどうする?」
「見たいです」
「お前も即答だな。まあ良い」
3人で士官学校から基地施設へ向かい、さらに棟の1つから地下へ向かう。
そしてその先の扉は、両脇に銃を持った人が立っていた。だが彼らの服は凛斗達が着ている制服とは、さらに言えば軍服ともデザインが違う。
「武装法務隊……」
「あれから先は最重要機密区画だ。当然いる」
武装法務隊とはムーゼリア帝国皇帝直属の組織で、武装警察に近い性質のものだ。
だがその影響力は強く、軍に対しても力を行使できる。さらにSAGAや艦艇も持っており、独自の作戦行動を行うこともある。
そして、隊員には生粋の帝国人しか選ばれない。
「お待ちを。何用でしょうか?」
「例の件だ。新人を連れてきた」
「……こいつも、ですか?」
「そうだ。上の意向でな」
「ちっ」
事前に命令されていたのだろう。彼らは舌打ちしつつも壁面パネルを操作し、扉を開ける。
そして通り過ぎたらすぐに閉まった。
「あの人もなんだ……」
「多いぞ。割とな」
「リントは平気なの?」
「もう慣れた。メイといると勘違いしてくれる人も多いけど、1人でいるとどうしても、な」
「大人だな、ケンザキ」
「その点、フーバー教官は高得点ですよ。ちゃんと内面を見て実力で理解してくれますから」
「ハッハッハ、言ってくれる。ただまあ、連中には気をつけろ。俺達と同じように判断するとは限らん。本国人以外を毛嫌いする連中も多いと聞く」
「はい、もちろんです」
「いや、それは軍内部もか。俺みたいなのは少数派だからな……ハイシェルト、しっかり守ってやれ」
「はい!」
嬉しそうに言うメイに、凛斗は呆れつつも笑う。
そしてたどり着いた目的地。その扉は特に重要そうには見えないが、他の扉との間隔が広い。格納庫にはちょうど良さそうだ。
「着いたぞ。ここだ」
「あんまり変わらないんだね」
「メイ、こっちにSAGAが出てきたら大惨事だぞ?」
「そうじゃないって!」
「まったく。ここは生体認証だ。もう2人の登録はされている」
「はい」
指紋、掌静脈、網膜の3重生体認証。簡易的だが、この時代でも有効なものだ。
凛斗とメイはそれで扉を開け、教官は使い捨てカードキーと指紋認証で通る。
「ようこそ!待っていたよ」
「お待たせしました。ケンザキ、ハイシェルト、彼が新型機の開発主任、アルベルト博士だ。では博士、後はよろしくお願いします」
「ご苦労、ハーバー君。さて、君がハイシェルト君で、そっちがケンザキ君かな?」
「は、はい!」
「その通りです」
「わたしのことは主任とでも呼びたまえ。博士でも良いんだけど、ここには博士号を持つ者も多いからね」
「分かりました。それで機体は……」
「気になるかい?」
「はい」
「わ、私も!」
「そうかい、良いだろう。おーい、電気をつけてくれ」
その機体、全高は12m半といったところか。白主体と黒主体の2機が立っていた。
だが全体の色が統一されているわけでは無く、装甲・スラスター・エネルギー伝達ケーブルなどを周囲に取り付けている途中のフレームも見える。どうやら一般的なSAGAとは違い、内骨格構造のようだ。
そして非常に印象的なのが、背面側に広がる大きな翼だった。鳥やコウモリほどではないが既存の飛行翼より大型のそれには、多数のスラルターがついている。機動性はとても高いだろう。
また、白い機体の傍らにある装甲、形からして左肩に付けるであろう装甲パーツには、黄金の炎とその中で咲く白百合が描かれている。
「これが君達の機体、EXSG73-T01DルシファーとEXSG73-T01Aミカエルだよ。もっとも、まだ未完成なんだけどね」
「これが……メイのパーソナルマークもあるな」
「凄い……うん。卒業してもこれに乗るってこと?」
「そうだろうそうだろう。これは私の技術の粋を集めたものだからね。それにしても、この機体に適合できる人がいるなんて思わなかったよ」
「「……はい?」」
「ルシファーはケンザキ君のものだけど、高速射撃戦用の機体だ。君は射撃が得意だったね?」
「どちらかと言えば、ですが。SAGAでの格闘戦も首席レベルです」
「結構結構。というか、適性があればどっちでも良いんだよ。なんせ50発以上のミサイルを全て直接コントロールするようなものだからね」
「……は?」
SAGAには対SAGA用の小型ミサイルが搭載されることもあり、その数が50を超えることは不可能では無い。
なのだが……直接コントロールとはどういう意味なのだろうか?
「ハイシェルト君。君のミカエルはキレッキレでねぇ、すっごいスピードが出るんだよ」
「はぁ……」
「格闘戦シミュレートの時なんて、イナーシャルキャンセラーをフルパワーにしても打ち消しきれないくらいだよ。そのせいでテストパイロット探しが難しくてさ。なんせ5Gは軽く超えるから」
「……え?」
「ああ、ルシファーも3Gを簡単に超えるよ。いやはや、大変だったね」
「……は?」
SAGAにはコックピット周りに|イナーシャルキャンセラー《慣性中和装置》があるため、どんなに激しく動かしても大きなGを受けることはまずない。
ないはずなのだが……どうやらその例外が目の前の2機らしい。
「詳しいスペックは後で渡される専用端末で見れるからね。楽しみに待っていてよ」
「……はい」
「……了解」
「それと、シミュレーターは作ってあるから、練習はしておいてね。ここだけじゃなくて、士官学校にも置かれるはずだから。来週には動かせるようにしておくよ」
「……分かりました」
「頑張ってね。それで、いつまで大丈夫だい?」
「あ、えっと」
「この少し後に授業があるので……30分くらいなら」
「なら、みんなと顔合わせといこう。それともう少し説明かな」
一抹の不安を残しつつも、2人は未来への想いを馳せていた。