#魔女集会で会いましょう
「#魔女集会で会いましょう」に合わせた(つもりの)短編です。
あえてタイトルはつけませんでした。
若干 元の趣旨と違う気もしますが、よければ最後までお付き合いください。(と言っても短いです)
ある日、魔女の元に贄が捧げられた。
その幼き贄の肌は透き通るように白く、髪もまた雪のように白かった。
唯一。
魔女に対して畏怖の視線を注ぐ両の眼だけが、血の色を彷彿させる緋色であった。
対して魔女の風貌は、見た目は年頃の娘であった。腰まで真っ直ぐに伸びた髪は漆黒に艶めいていたが、彼女もまた贄と同じく透き通るように白い肌をしていた。その見た目だけでは彼女が何歳なのか、想像もつかなかった。
彼女が贄を見つめる2つの瞳は、血が滲んでいるような、まるで赤い宝石のようであった。
そして背中には黒く醜い翼が生えていた。
「そうか……贄よ、お前はその姿を忌み嫌われ、私の元に捨てられたのだな……」
贄の少年の不遇に同情した魔女は、彼を家に連れ帰り、将来ひとりでも生きていけるよう教育を施し、不自由のない生活を送らせた。
贄の少年は次第に魔女を慕うようになっていった。
母のように、姉のように、愛しく想うようになっていった。
魔女もまた、少年に憐憫の情が湧き、我が子のように、弟のようにと可愛がった。
月日は流れ、贄は魔女の見た目を上回るほどの歳となり、精悍な青年へと成長した。もう魔女は彼を贄とは呼ばなかった。
同じくその頃、魔女の態度に変化がみられた。
ときに青年に冷たく当たり、家にいても自室で塞ぎ込み、顔を合わせようとしなくなった。
とうとうある日 青年は魔女に、どうして自分を避けるのか、自分を嫌っているのか、と詰問した。
魔女は震える声で青年に応えた。
「ああ、お願いだから、私の元から消えておくれ。私に自制心のあるうちに」
魔女は青年から顔を逸らし、肩を震わせていた。
青年は顔を紅潮させ、すがるように魔女の手を取った。
「お願いだからそんなことを言わないで。僕はこんなにも貴女を愛しているのに」
魔女はその赤い瞳から大粒の涙をこぼし、首を横に振った。
「私は昔、取り返しのつかないことをしてしまったのだよ。気まぐれに人を愛してしまったばかりに……。決して許されない罪を背負ったのだ。それは私が死ぬまで許されることない大罪なのだ……」
魔女は千年ほど前、ひとりの人間と恋に落ちた。
愛し合い、その時間が永遠に続くと思っていた。
だが其の実、男には恋人がいた。
一度は諦めようとしたが、それでも自分の元へ足繁く通う男に、自分こそが男の一番でいたいと切望し、ずっと側にいて欲しいと懇願した。
しかし男にとっての自分が、単なる興味本位の浮気相手に過ぎないことを知ると、彼女は嫉妬に狂い、泣き喚き、そしてついには、男をその恋人もろとも手にかけてしまったのだ。
我に返ったとき、彼女の身体は二人の血を浴び赤く染まっていた。
水晶のような瞳からは血の涙を流していた。
彼女は最初から魔女であったわけではなかった。
人間と恋に落ち、裏切られ、絶望し、そして人間たちの命をエゴイズムのために奪ってしまったのだ。
天使という己の立場を忘れて……。
そのことを知った神は怒り、悲しみ、天使に罰を与えた。不老不死の呪いを掛け、魔女として地上へと叩き落としたのだ。
そしてその身を監視する時、神が見つけやすいようにと髪と翼を黒く染められ、罪の重さを忘れさせぬために瞳は真紅に染められた。
こうして魔女が誕生してしまった。
「私には人を愛する資格など無いのだ。いや、それ以前に生きていることすら許されるべきではないのだよ」
後悔の念と哀しみに打ち震える魔女に、青年は寄り添った。
「貴女は、贄として差し出された僕を殺さなかった。慈しみ育て、愛情を与えてくださいました」
「……それはただの気まぐれに過ぎない。お前の肌の色と目の色が、どこか私に似ていたから……」
「それでも助けていただいたことに変わりはありません。僕の寿命など、貴女にとってほんの一瞬の時間だとしても……ただの気まぐれでもいいから、側に居させてください……」
魔女は咽び泣き、青年は彼女の身体を引き寄せるように抱きしめた。
そのとき天から一筋の光が二人に向かって差し込んだ。二人に優しい声が聞こえてきた。
「お前はもう十分に罪を償った。魔女としてこの地にとどまる必要はなくなった。元の、本来居るべき場所へ戻りなさい」
魔女は光の方を見つめ、はっきりとした声で応えた。
「いいえ、私は戻りません。それにこの地に居続けることも出来ません。私は同じ過ちを繰り返してしまいました。人間を愛してしまいました。二度と悲劇を繰り返さないためにもこのまま魔女として、この命を死をもって償いたいのです。神様 お願いです。私に永遠の死をお与えください」
青年は魔女を抱きしめ 天を仰ぎ、声を張り上げた。
「神様、彼女は幼かった僕の命を助けてくれました。実の親にも見捨てられた僕に愛情をくれました。人を愛する気持ちを教えてくれました。どうか、どうか連れて行かないでください。彼女の命を奪わないでください。僕と共にこの地に残してください」
その言葉を聞いた魔女は、神の怒りが青年にまで及んでしまうのではないかと恐ろしかった。
「いいえ、この私めに死をお与えください。私が居なくなりさえすれば良いのです」
神は二人の態度に困惑し、言い聞かせるように魔女に声を掛けた。
「お前は過ちを犯した。だが、いま本当の愛を知ったのだ。お前に課せられた罰はもう終わったのだよ」
青年は叫んだ。
「神様、どうしてもと言うのなら、いっそ僕の命も奪ってください。彼女と一緒に僕の命も」
青年の叫びを聞いた魔女は青ざめた。
「ああ、なんてことを」
魔女は青年が神の怒りを買うことに怯え、震え、慄いた。
青年は魔女を見つめ、手を取り、彼女に懇願した。
「お願いだから、僕をひとりにしないで」
互いを想い一歩も引きさがらない二人に、神はとうとう根負けしてしまった。
「そこまで言うのなら、お前に最後の罰を与えよう」
そう言って、神は魔女から黒く醜い翼をもぎ取り、二人の元から光は去っていった。
翼をもがれた背中からは真っ赤な血が流れ、魔女の身体の隅々まで染み渡り、白く透き通っていた肌がしだいに赤みを帯びていった。
こうして魔女は魔女ではなくなり、寿命の短い人間となった。
最後の罰として、その身がいつ消えるとも知れぬ日々を送ることとなったのだ。
かつて贄として捧げられた青年を夫として。
その命の灯火の消えるその日まで……。