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君の居なくなったこの世界で  作者: 篠井秋生
9/23

ー9ー

「そういえば、お父さん…竹雄さんはお元気?随分と、ご無沙汰しちゃってるけど」


「あ、はい」


(………多分)



父親からは、此処に来てから三日目の夜に、突然、電話がかかってきていた。


(『どうだ、爺ちゃんとは上手くやってるか?』)


(『あ〜、うん。まぁ…』)


煮え切らない返事を返すオレに、父親は此処に来る時持って来れなかった服や、学校の課題を送ったから、と伝えてきた。


(『課題……?課題って、何の?』)


予想もしていなかった言葉に反応すると、受話器越しの声は少し警戒したように固くなった。


(『あぁ、お母さんがな…何日か前に学校に行って……その、お前の出席日数の事で……。進級の事もあるし、それで、とりあえず学校から出された課題を預かってきたんだよ』)


(『進級って………』)


ふいに、ザワザワとした不快な感覚が背中を這い上り、気分が悪くなって、オレは電話台の上に手をついた。


心臓の鼓動が、暴走し始めた機械みたいに、トクッ、トクッ、っと少しずつカウントを上げて、額にじんわり、と冷たい汗が浮いてくる。


頭の中には通っていた教室の騒音が鳴り響き、最後に見た光景が鮮明に甦った。



朝の挨拶を交わす賑やかな声で溢れる教室。


すでに席に着いて、何かに盛り上がっているらしいグループの叫び声。


あちこちで椅子を引く、キーッという音。


其処ここで交わされる会話と、それに混じってこちらを伺うような複数の視線。


机の上にわざとらしく貼られた殴り書きのメモ。


そしてーー


それを剥がした瞬間の、これみよがしの笑い声。



オレは…………『◯◯い』。



(『……る?………ると?どうした、春人はると?聞こえてるか?』)


(『あ……えっ?あぁ、うん。ゴメン』)


(『……そんな訳でお前には悪いが、夏休みの間中、そっちに居てもらうことになりそうだ。済まないな』)


それは構わない。あそこにはーーーーもう戻りたくないんだ。



(『ん?何か云ったか?』)


(『……ううん。それで…そっちの話し合いは進んでんの?』)


話題を変えたくて適当に思いついた質問がどうやら痛いところをついてしまったらしく、「ぐっ」という息遣いが聞こえたあと、一瞬、受話器の向こうが、しん、と静まり返った。


(『……いや、それがなかなか、な。……すまない』)


(『いや、別に』)




「ーーって、知ってた?ハルちゃん?」


「……は?はいっ?」


いつの間にか、自分の考えに没頭していたらしい。


轟さんのお母さんが自分の名を呼んだ声で、ハッと我に帰ると、食事を食べ終えて茶を啜っている轟さんと、何故か目が合った。


「………ハルちゃんのお父さん、櫻井さんの竹雄君て云ったら、学生の頃、この辺じゃ結構有名でねぇ。頭が良くて、礼儀正しくて、おまけに同年代の中でも飛び抜けてカッコ良くて。女の子にも優しかったから、私の友達も、年は上やったけど、よくキャーキャー騒いどったんよ。『ああいう人をスマートって云うんやろね』って」


「ハァ……。『スマート』ですか…」


ーー複雑だった。


轟さんのお母さんの中にある我が父親のイメージは、今のオレには想像もつかないほど別人の『ソレ』だ。


『女の子に優しかったカッコいい』父親に、二十年以上もあととはいえ『離婚話』。


オレがココに来た詳しい理由を知ったら、轟さんのお母さんはどんな反応をするんだろうか。



「あ〜、オフクロ、メシ食い終わったんで、オレらそろそろ行くわ」


「え?もう?」


まだ話したそうなお母さんを置いて家を出ると、ハウスに戻る道すがら、轟さんは何故か済まなそうに呟いた。


「……悪りぃな、ハル。オフクロの昔話に付き合わせて」


「いや、別に。…と、いうより、轟さん、ぶっちゃけ、爺ちゃんからどこまで聞いてんの?ウチの事情」


「なんでわかった ⁉︎」


驚いて足を止めた轟さんに、オレは肩を竦めた。


「イヤ、見てれば何となくーー。轟さん、結構分かり易いし」


「そんなに分かり易かったか?」


「…まぁ、ね」


オレの返事に轟さんは『あ〜〜っ‼︎』と叫ぶと、両手で自分の頭をガシガシと乱暴に掻いた。


「お前に余計な気ィ使わせるつもり、無かったんだけどな…。師匠からは、ご両親の離婚話の件は聞いてる。それとお前の、その、不登校の事も。でもそれだけだ。どっちも詳しい理由は聞いてないし、全然知らない」


「ふぅん」


(爺ちゃん…爺ちゃんはどこまで知ってるんだろう。ウチの事やオレの事…)


「……気ィ悪くしたか?」


急に黙り込んだオレが拗ねたとでも思ったようで、轟さんは心配そうに様子を伺ってきた。


「ううん。むしろゴメン。轟さんにまで気を遣わせちゃって」


「いや、そんなことはいいんだが」


ペコリと頭を下げると、慌てたように轟さんは云った。


「ウチのオフクロには話して無いから、本人事情知らないし。嬉しくて、なんかペラペラ喋っちまって悪かった」


「ホント、気にしないでよ」


「でもさっき、お前、なんか考え込んでたろ?オフクロの話の最中に」


(ゲっ!見てたのかよっ!)


轟さんの意外に鋭い観察眼に、内心ツッコミを入れつつ、ぶらぶらと歩き出すと、置いてかれると思ったのか、轟さんはやけに急ぎ足で横に並んだ。


「あ〜、まぁ、でもホント、気にしないで。ってゆーか、どっちかって云ったら、謝るのオレの方だから。…ところでさ、オレが手伝う前の収穫って、轟さん一人でやってたの?」


あからさまな話題の方向転換だったが、この話題にこれ以上は触れない方が良いと判断したのだろう。


轟さんは何も無かったように、そ知らぬ顔で話に乗ってくれた。


「うんにゃ。手隙の知り合いに頼んだり、あとはほとんどナツに手伝って貰ってたな」


(出た!『ナツ』!)


「そういや、アイツ、あれからお前んの方に顔出したか?」


「いや、まだ。一度も見てない」


「う〜〜ん、もう五日か……なんかあったんかな?まぁ、でもなぁ、アイツのコトだから、そのうち、ひょっこり顔出すだろ」


アバウトな発言に、ついしげしげと顔を見ると、目が合った途端、轟さんがニヤリ、と笑った。


「ん?」


「ハル、アイツに会ってもちょっとやそっとの事じゃ、驚くなよ?色んな意味でズレてっから」


「ナニ、それ?」


オレの問いかけに轟さんは答えず、ただ笑いながら並んで砂利道を歩いた。


そしてーー。


その言葉の意味を身を以て知ったのは、慣れない作業に夕食も食うや食わずで爆睡した、翌日の朝の事だった。


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