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「轟さ〜ん、これは収穫オッケー?」
「ん、あ?どれだ?」
「……コレ。このちょっと赤いヤツ。これはセーフ?」
「あ〜、アウトだな。残念」
「ダメか〜〜」
爺さん家で居候生活を始めて五日目の早朝。
オレは轟さん家の敷地にある、ビニールハウスの中に居た。
実家を離れ、此処に来てからというもの、爺さんから特に何か手伝いを頼まれていたワケでもなかったオレは、その間、二日目、三日目、四日目と、丸々三日間をもっぱら近所の探索に費やしていた。
その結果判明したのは、徒歩で移動可能な圏内には、ヒマを持て余す高校生を満足させるようなものが何にも無いということ(ま、予想はしていたが)。
というワケで、必然的に暑さと時間を持て余し、畑仕事に行ってしまった爺さんの家の留守番もしながら部屋でグダグダしていると、当の爺さんから話を聞きつけたのか、四日目の夕方に轟さんがやって来て、
「済まないが、ウチのトマトの収穫、手伝ってくれないか?」
と、頼まれたのだった。
「ちょっと、一休みするか、ハル」
「うん」
収穫用の大きなプラかごが、まだ熟す前の青いトマトで一杯になった頃合いを見計らって、轟さんがオレに声を掛けてきた。
作業を始めて約一時間半。
頭の中を空っぽにして作業に集中していたせいか、時間が経つのがアッと言う間に思える。
「…ウチの方で、冷たい麦茶でも飲もう。お前、朝メシは?」
「ダイジョーブ。食べて来た」
「エッ、済んでんのか?」
首に掛けたタオルで額に浮いていた汗を拭っていた轟さんは、オレの返事に何故かちょっと驚いた。
大方、朝早い作業の開始にオレが朝食を食べて来ないと思い込んでいたんだろう。
オレは手に持っていたトマトを、そっとカゴに入れると、嵌めていた借り物の軍手を外した。
「うん。今朝、頑張って早起きしたから。食べてくる時間はあった。爺ちゃんの分も作ろうかと思ったんだけど、起きたらもう出来ててさ、それ、食べてきた」
「あ〜、そっか。師匠、朝早いからなぁ。いや、お前ギリギリまで寝てて食べてこないかと思って、一応、朝メシ、ウチで用意したんだけど……。まっ、いいか。行こうぜ」
「うん」
ビニールハウスを出て、少し離れた所にある轟さん家へ向かう。
夏真っ盛り、雲ひとつ無い陽気に、早朝とはいえ、ハウスの中は思った以上に蒸し暑い。
外に出た途端、それまでの篭っていた空気とは違う開放感を感じて、思わず身体を伸ばすと、横でその様子を見ていた轟さんが、ちょっと心配そうに訊いてきた。
「疲れたか?」
「ううん、そうでもない。以外に楽しい作業だ。収穫って」
話しながら、家まで続いている細い砂利道を並んで歩く。
オレの返事に轟さんは愉快そうに笑った。
「そうか?イマドキの高校生にはちょっとどうかな〜、と思ってたんだが……そりゃ、良かった。じゃ、その調子で休憩後も頼むな」
ふむふむと、一人悦に入っている轟さんにちょっとイジワル心が刺激される。
この人、ホント裏がないんだよな。
「ふふん、ゲームばっかりやってても、やる時はやるオトコなんスよ、オレは。まぁ、そこまで言われちゃ仕方ないっスね。『若い者』にお任せ下さいよ」
ニヤニヤと笑いながら答えると、轟さんは突然大きな手で横を歩くオレの髪をグシャグシャとかき混ぜ始めた。
「あぁ⁉︎ なにを〜〜!人を年寄り扱いしたヤツはこうだ!」
「わっ!やめて〜〜!ハゲる〜〜‼︎」
「『若い』んだろ?毛根も若いんだからこれくらいじゃハゲねーよ!」
「いやいや、ほんの冗談です!冗談ですってば!」
ヤメテ〜〜‼︎止して〜〜‼︎と叫びながらキャッキャとじゃれていると、騒がしい声を聞きつけたのだろう、玄関から轟さんのお母さんが顔を出した。
「わたる〜〜、なに騒いでるんね?」
「あ、オフクロ」
轟さんのお母さんは、ふざけ合ってるオレ達の姿を見つけると、いかにも『しょうがないねぇ』と言いたげな顔で苦笑いしながら、手招きした。
「二人共、ふざけとらんと早よ、おいで。朝ご飯の用意が出来てるから。手を洗ってきなさいよ」
「は〜い」
轟さん家の居間に上がると、テーブルの上にはすでに炊きたてのご飯と味噌汁、それに焼き魚と幾つかの惣菜が用意されていた。
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「……なんね、朝ご飯、食べてきちゃったの?ハルちゃん」
「はい」
轟さんのお母さんは、オレが朝食を食べてきたことを知ると、ひどく残念そうな顔をした。
「ハルちゃんが食べると思って、おばちゃん朝から張り切ったんよ。出すのが麦茶だけじゃねえ……張り合いが無いっていうか。えぇと、何か他に出せるものは無かったかしらねぇ……」
「あの、大丈夫です。オレまだ……」
お腹も一杯なのでどうぞお構いなく、と云おうとした矢先。
おばさんは急に「アッ!」と、何かを思いついたように手を叩くと、唐突に
「じゃ、スイカ食べなさい、スイカ」
と、云った。
「ほえ?」
「ウチのスイカ、甘いんよ。たくさん食べて」
「いや、あの…………」
オレの反応を見事なまでにスルーし、冷蔵庫で冷えていたらしいスイカを瞬く間に切って出してくれる。
(切るの、早っ!)
大きな皿の上に目一杯載せられたスイカを見て、隣で朝ごはんを頬張っていた轟さんが、呆れたような声を出した。
「オフクロ、それは幾ら何でも盛り過ぎ」
(ーーまぁ、確かに)
オレの目の前に置かれたスイカは小山のようにそびえ、多分、いや、少なく見積もっても大玉一個分くらいはある。
「そう?そんなに切って無いわよ?まぁ、いいじゃないの」
(いいのか?)
「足らんよりかはいいわよ。それより、さぁさ、ハルちゃん、どうぞ。遠慮せんとたくさん食べてね」
「はぁ………いただきます」
(コレって『大は小を兼ねる』的なコトなのか?イカン、よく分からん)
内心、その量に怖気付きながらも、山盛りになった目の前のスイカに恐る恐る手を伸ばすと、その様子をニコニコして見ていた轟さんのお母さんが、嬉しそうに云った。
「……それにしても、ハルちゃん来てくれて、ほんと助かったわ。ここのところ腰の調子が悪くてねぇ。長い時間立ってられないんよ。トマトも収穫しないといけんし、本当ありがとうね」
「いえ、そんな」
ふくよかな顔に満面の笑みを浮かべて話しかけてくる轟さんのお母さんは、聞けばウチの父親の三つ年上の幼馴染だそうで、オレのことも今日が初対面にも拘らず、会った時からまるで昔からの知り合いみたいに親しげに接してくれていた。