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君の居なくなったこの世界で  作者: 篠井秋生
4/23

ー4ー

「………ボロい、いや、もとい、古いな」



仮にもこれからお世話になる家を前に、一人になって気が緩んだせいか、つい、本音がポロリと口をついて出た。


ほぼ十年ぶり(?)に見た爺さんは、よく見なくても分かるくらい年季が入っていて、そこそこ大きな木造平屋建ての玄関の横には、開け放たれた障子と、オレがテレビでしか見たことの無いまっすぐな縁側が付いていた。


見ると、縁側の前には小さな池もあって、鯉と見まごうばかりのデカイ金魚が、澄んだ水の中を悠々と泳いでいる。


(うわ〜、やっぱり、こういうテイストで来たか。『これぞ日本の夏!』みたいなカンジは嫌いじゃないんだけど、正直、オレ苦手なんだよな…)


ある程度予想はしていたものの、今まで高いビルやらコンクリート製の建物やらに囲まれて生活しているのが当たり前で、自身もマンション暮らしだった身としては、風流な造りなのだろうが、その反面、風の出入りと同じくらい虫の出入りが自由そうな日本家屋のカンジが、結構な不安をあおる。


(オレ、ほんと虫とかダメだし。蚊とかゴキとか出ないといいけど…。ってゆーか、まさか………今時、トイレが『外』なんてコト、無いよな⁈)


考え始めたらキリの無い不安が頭を掠め、視線がつい、トイレらしきものを捜してウロウロと彷徨う。


幸いなことに、見える範囲にはそれらしきものは無いようで、オレは束の間、安堵の溜息を吐いた。


そういえばーー。


(オレ、一度、ココに来てるハズなんだよな……)


オレは今一度視線を家に戻すと、そのときの記憶を思い出そうとしてみた。


一緒に来た父親の話によれば、オレがここに来たのは、小学校の入学式が終わって間も無くの頃だったらしい。


その当時は、六年前に亡くなった婆ちゃんと爺さんの、二人暮らしだったということだったがーー。


(……お前、初めて行った所なのに、妙に気に入っちまって、帰り際、『おうちに帰るのがイヤだ』ってさんざん駄々こねたんだぞ)


出発前夜、父親に苦笑混じりにそう言われて、記憶が無くてもそれならば見れば何か思い出すんじゃないかとオレは内心、密かに期待していたのだけれど。


(…………ダメだ。やっぱり全く思い出せない)


オレは大きな溜め息をくと、がっくりと肩を落とした。


過去に一度きりとはいえ、ゼッタイに見ている筈の祖父の家ーーしかも父親の話では、その時かなりお気に入りだったらしい(ナゼだ?)家をいま目の当たりにしても、おのれの記憶の中に引っかかるものが、『何も』無い。


当然『懐かしい〜〜』なんて気持ちも、微塵も湧いて来ない。


ーー自分的には結構記憶力のいい方だと思ってたんだけどな。


軽いショックを受けながら、炎天下の中、リュックを背負ったままウンウン唸っていると、沸騰しそうな脳みそが、家のこと以上に重大な問題を、今更ながらに突きつけてきた。


(っていうかさ、そんな事云ったら、そもそも家も思い出せないけど、それより何より肝心の爺さんの顔も分かんねぇんじゃん!オレ!)


ーーそうなのだ。


オレは自分の爺さんの顔を知らない。


というか、今、似たような爺さんに何人も声を掛けられたら、どれが正しい爺さんか絶対に選べない。(まぁ、そんなことは無いだろうが)


あ、でも、一度は見た事があるハズだから、この場合は『分からない』というのが正しいのだろうか。


オレの家と爺さんの家は、何故だか長年のあいだ没交渉で、オレは此処に来ることが決まるまで、爺さんの名前が『松太郎』という事すら知らなかった。


当然、家には写真も無かったし、爺さんの場所だって『聞いたような〜?聞かないような〜?』的なカンジで、実際来るまではめちゃめちゃ不安だったくらいなのだ。


(……困ったな。辿り着いたはいいが、違う意味で不安になってきた。『赤の他人』より、ある意味『他人』だぞ。どういう顔して訪ねればいいんだ?)


玄関先に立ち竦んだまま、再びぐるぐるし始めている時だった。


履いていたジーンズのふくらはぎ辺りに、イキナリ何かが『ガシッ!』と張り付いたような締め付けと重さを感じて、オレは思わず仰け反りながら大声を上げた。


「うぉあああああ〜〜〜‼︎」


鳴いている蝉よりも更にデカイ声が、辺り一面に響き渡り、こだまする。


(なに⁉︎なにっ⁉︎ヘビ?まさか…ヘビなのかっっ⁉︎)


びっくりして、焦りまくりながら視線を下に向けると……


「ニャ〜〜ン」


後ろ足で立ち上がり、前足をさながら腕のようにふくらはぎに回した白いネコが、ひどく満足そうな表情でオレを見上げていた。


「ネ、ネコ⁈ 」


「ニャ〜〜ン」


オレの声に応えるように、足に抱きついているネコが鳴いた。


「び、びっくりした。…なんだ、オマエ。すごく人懐っこいヤツだな」


しゃがみ込んで小さな頭を撫でると、ネコは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。


「オマエ、どこのネコだ?」


両腕で抱き上げると、ネコはされるがまま、ビロ〜ン、と長く伸びたまま、オレをジッと見つめて来た。


「……………そりゃ、ネコ、じゃない」


「へっ?」


突然、背後から低くしゃがれた声がして、オレは思わずネコをぶらぶらさせたまま後ろを振り返った。


「『ネコ』じゃない。………それは『タマコ』というんだ」


「タ、……………………タマ、コ?」


腑抜けた声で尋ねたオレの後ろには、いつのまにか、麦わら帽子を被って首からタオルをぶら下げた、作業着姿の爺さんが立っていた。


「…………タマコ?」


「……違う。わしは『タマコ』じゃない。その猫が『タマコ』というんじゃ」


(いやいや、それは分かってるよ!どう考えても、爺さんの名前が『タマコ』のワケないよね !? 第一、どう見ても『タマコ』ってカンジじゃないんだし‼︎ 爺さんは『松太郎さん』だよね⁈)というツッコミを入れたい衝動をグッとこらえて、オレは口を開いた。


「えっ……と、もしかして櫻井松太郎さん、ですか?オレ、春人です。竹雄の息子であなたの孫の…」


オレは猫を下に降ろすと、自己紹介した。


「こ、こんにちわ」


「おぅ………今、着いたんか?」


「は、はい。轟さんに送って貰って……」


「そうか」


爺さんは、オレを頭のてっぺんからつま先まで一瞥すると、スタスタとオレの横をすり抜けて、玄関脇にある水道で手を洗いながら言った。


「今日は暑いから、帽子も被らんでいつまでもそんなとこに居たら、日射病になるぞ。はよ、中に入れ」


そういうと、こちらも見ずに、玄関の中へと入っていってしまった。


それを追うように、先ほどの白いネコ…じゃなかった、タマコが中に入っていく。


一瞬、呆気にとられたものの、すぐさま我に返り、置いてかれまいと後を追うと、オレは恐る恐る玄関の中に足を踏み入れた。


外よりは少しだけ薄暗い玄関で、念のため、もう一度挨拶する。


「こんにちわ。えっと…お、お邪魔します……」


オレの蚊の鳴くような声の挨拶に、先に上がり込んでいたタマコが振り返ると、


「ニャ〜〜ン」


と、一声鳴いた。


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