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君の居なくなったこの世界で  作者: 篠井秋生
3/23

ー3ー

轟さんの軽トラは、乗ってみて分かったのだが、かなりの年代物だった。


それを先ず目に見えて教えてくれたのが、クルマの窓を開けるための『ハンドル』だ。


まぁ、軽トラだし、パワーウィンドウじゃないのは、この際横に置いておくにしても、あの手動のクルクルって回すヤツが何故だかボッキリと折れてて、ガムテープで骨折よろしく、ぐるぐる巻きに固定してある。


ーーそれも両側。


次にエアコンから出てくる風が、冷風指定なのに、ビミョーな温風で、しかも風量はそれ程強くないのに、音だけがやたらとうるさい。


そして極め付けは乗ってからずっと聞こえてくるエンジン音だ。


何か、絶えず変な音がしている。


(コレ……大丈夫なのか?)


オレは車に特別詳しいワケじゃないけど、今、耳に聞こえてくるエンジン音がおかしい事くらいは分かる。


と、いうか、分からない方がオカシイ。


なんか、クルマのエンジンにあるまじき、妙な音なのだ。


ムリヤリ言葉で表してみると、ブーンという一定の音の間に、不規則にキュルキュルとかギュイギュイとかギューンとかが混ざってくる。


しかもかなりの頻度で。


自分でも何をいっているのかよく分からないが、ともかく乗ってる途中に分解するんじゃないかと、ヒヤヒヤするような音なのだ。


運転している当の本人ーー轟さんは、まぁ、さすがに慣れているようで、クルマがたてているデカイ音にかき消されないよう、これまたデカイ声で道中オレに話しかけてきた。


「………へぇ、『はると』って言うのか。どんな字、書くんだ?」


「季節の『春』に『人』です」


「いい名前だな。つーコトは春生まれなんか?」


「はい」


オレがうなずくと、轟さんは陽に焼けた顔に人の良さそうな笑顔を浮かべて云った。


「『櫻井春人』か。『桜』に『春』なんて風流でいいじゃねえか」


「そうかな。ちなみに轟さんは、下の名前なんて言うんですか?」


「俺?」


「はい」


「……『わたる』」


「『わたる』?」


「そ。船の『航海』の『航』って書いて『わたる』。ついでに続けて読むと、『とどろきわたる』ってなる」


「とどろき……わたる……って……」


(!!!!!!!)


自制心が働く間も無く、盛大に吹き出したオレの頭を、轟さんが軽くコツン、と小突いた。


「す、スミマセン……ちょ、ちょっとツボっちゃって……」


ヒーヒー腹を抱えて笑っていると、気を悪くした風でもなく、轟さんは続けた。


「いいよ、もう慣れてっから。でも、そのお陰で俺の名前、一発で覚えただろ?」


「ハイ」


「暫くこっちにいる事になってるって、松太郎さんからは訊いてる。ま、せっかく知り合ったんだし、仲良くしようや」


「ハイ。よろしくお願いします」


「おぅ。……あ、それと、その敬語はナシな。オレ、堅苦しいの苦手だから。普通でいい」



それから爺さんの家に着くまでの間に、オレは轟さんが今年三十歳(‼︎)になったばかりで、独身で、今は母親と二人暮らしをしている事を知った。


(まだ三十だったのか……。もうちょい、いってるかと思った……)


「もう、そろそろ着くぞ」


「えっ、もう?」


轟さんとずっと話していたせいか、駅から爺さん家まではあっという間だったような気がした。



相変わらず不穏なエンジン音をたてたまま、軽トラは少し前から道の両側が畑になっている、ちょっと開けた所を走っていた。


目に見える所に人の姿はほとんど無いが、どうやら周囲の様子を伺うに、集落っぽいトコロへ入ったらしい。


「…ちなみにココが俺ん、な」


一軒の家の前を通り過ぎた時、轟さんが念を押すようにオレに向かって云った。


「松太郎さん家からは、歩いて五分だ。来たけりゃいつでも来ていいからな。そんで、アレ、あそこに見えてきた家がお待ちかねの……」


轟さんは 緩やかな右カーブを曲がった先に、ほどなく見えてきた一軒の平屋建てを指差した。


「あれがお前のお爺さんーー松太郎さんの家だ」


❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎


「……ちょっと離れてるけど、松太郎さん家の隣はオレん家だから。何かあったら云って来いよ」


軽トラから降りて運転席の方に回ると、轟さんはそう云って、そのままクルマで回れ右して帰っていった。


「後で、スイカ持ってきてやっから」


「ありがとう」


「じゃ〜な」


開いた窓からヒラヒラと手を振って戻っていく軽トラを見送る。


(やっぱ、スゲー音してるな、アレ。絶対、車検ごまかしてるだろ)


カーブをまがって軽トラが見えなくなったところで、オレは背後の爺さん家を振り返った。


ここには過去にたった一度だけ父親と来たことがある筈だが、それももう十年以上も昔の話だ。


当然、その当時の記憶は全くなく、いま目の前にある平屋建ての家は、初めて見る、まるで馴染みのない一軒家だった。


それにしてもーー。


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