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轟さんの軽トラは、乗ってみて分かったのだが、かなりの年代物だった。
それを先ず目に見えて教えてくれたのが、クルマの窓を開けるための『ハンドル』だ。
まぁ、軽トラだし、パワーウィンドウじゃないのは、この際横に置いておくにしても、あの手動のクルクルって回すヤツが何故だかボッキリと折れてて、ガムテープで骨折よろしく、ぐるぐる巻きに固定してある。
ーーそれも両側。
次にエアコンから出てくる風が、冷風指定なのに、ビミョーな温風で、しかも風量はそれ程強くないのに、音だけがやたらとうるさい。
そして極め付けは乗ってからずっと聞こえてくるエンジン音だ。
何か、絶えず変な音がしている。
(コレ……大丈夫なのか?)
オレは車に特別詳しいワケじゃないけど、今、耳に聞こえてくるエンジン音がおかしい事くらいは分かる。
と、いうか、分からない方がオカシイ。
なんか、クルマのエンジンにあるまじき、妙な音なのだ。
ムリヤリ言葉で表してみると、ブーンという一定の音の間に、不規則にキュルキュルとかギュイギュイとかギューンとかが混ざってくる。
しかもかなりの頻度で。
自分でも何をいっているのかよく分からないが、ともかく乗ってる途中に分解するんじゃないかと、ヒヤヒヤするような音なのだ。
運転している当の本人ーー轟さんは、まぁ、さすがに慣れているようで、クルマがたてているデカイ音にかき消されないよう、これまたデカイ声で道中オレに話しかけてきた。
「………へぇ、『はると』って言うのか。どんな字、書くんだ?」
「季節の『春』に『人』です」
「いい名前だな。つーコトは春生まれなんか?」
「はい」
オレがうなずくと、轟さんは陽に焼けた顔に人の良さそうな笑顔を浮かべて云った。
「『櫻井春人』か。『桜』に『春』なんて風流でいいじゃねえか」
「そうかな。ちなみに轟さんは、下の名前なんて言うんですか?」
「俺?」
「はい」
「……『わたる』」
「『わたる』?」
「そ。船の『航海』の『航』って書いて『航』。ついでに続けて読むと、『とどろきわたる』ってなる」
「とどろき……わたる……って……」
(!!!!!!!)
自制心が働く間も無く、盛大に吹き出したオレの頭を、轟さんが軽くコツン、と小突いた。
「す、スミマセン……ちょ、ちょっとツボっちゃって……」
ヒーヒー腹を抱えて笑っていると、気を悪くした風でもなく、轟さんは続けた。
「いいよ、もう慣れてっから。でも、そのお陰で俺の名前、一発で覚えただろ?」
「ハイ」
「暫くこっちにいる事になってるって、松太郎さんからは訊いてる。ま、せっかく知り合ったんだし、仲良くしようや」
「ハイ。よろしくお願いします」
「おぅ。……あ、それと、その敬語はナシな。オレ、堅苦しいの苦手だから。普通でいい」
それから爺さんの家に着くまでの間に、オレは轟さんが今年三十歳(‼︎)になったばかりで、独身で、今は母親と二人暮らしをしている事を知った。
(まだ三十だったのか……。もうちょい、いってるかと思った……)
「もう、そろそろ着くぞ」
「えっ、もう?」
轟さんとずっと話していたせいか、駅から爺さん家まではあっという間だったような気がした。
相変わらず不穏なエンジン音をたてたまま、軽トラは少し前から道の両側が畑になっている、ちょっと開けた所を走っていた。
目に見える所に人の姿はほとんど無いが、どうやら周囲の様子を伺うに、集落っぽいトコロへ入ったらしい。
「…ちなみにココが俺ん家、な」
一軒の家の前を通り過ぎた時、轟さんが念を押すようにオレに向かって云った。
「松太郎さん家からは、歩いて五分だ。来たけりゃいつでも来ていいからな。そんで、アレ、あそこに見えてきた家がお待ちかねの……」
轟さんは 緩やかな右カーブを曲がった先に、ほどなく見えてきた一軒の平屋建てを指差した。
「あれがお前のお爺さんーー松太郎さんの家だ」
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
「……ちょっと離れてるけど、松太郎さん家の隣はオレん家だから。何かあったら云って来いよ」
軽トラから降りて運転席の方に回ると、轟さんはそう云って、そのままクルマで回れ右して帰っていった。
「後で、スイカ持ってきてやっから」
「ありがとう」
「じゃ〜な」
開いた窓からヒラヒラと手を振って戻っていく軽トラを見送る。
(やっぱ、スゲー音してるな、アレ。絶対、車検ごまかしてるだろ)
カーブをまがって軽トラが見えなくなったところで、オレは背後の爺さん家を振り返った。
ここには過去にたった一度だけ父親と来たことがある筈だが、それももう十年以上も昔の話だ。
当然、その当時の記憶は全くなく、いま目の前にある平屋建ての家は、初めて見る、まるで馴染みのない一軒家だった。
それにしてもーー。