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君の居なくなったこの世界で  作者: 篠井秋生
23/23

ー23ー

「……んで?どうだった?」


「何が?」


「何がって、『ふく』だよ、『ふく』。行ったんだろ?ナツと」


翌朝、いつものように仕事に行くと、顔を合わせるなり轟さんが云った。


「あ〜〜」


「何だよ、その、『あ〜〜』って煮え切らない返事は。アイツのコトだから連れていったとばかり思ってたんだけど……。アレ?もしかして、行かなかったのか?」


「いや、行って食べてきたよ」


「そうか。…それで?」


「それで、って……え?何が?」


「お好み焼きだよ、お好み焼き。味、どうだった?」


「…味?」


「だ〜か〜ら〜『美味かったか?』って訊いてんの!」


「あ?あぁ…いや、まぁ、すごく美味しかったよ。時間あったら、また行きたいな、って思ったくらい…」


「そうか!そ〜だろっ!」


オレの返事を聞くなり突如テンションMAXで叫んだ轟さんは、ガシリ、と胸の前で腕を組んだかと思うと、ナゼかその場に仁王立ちポーズでドヤ顔になった。


「やっぱり、『ふく』のお好み焼きは最高だよな!ハルにも分かったか、あの美味さが!さすが師匠の孫!」


「うわっ!ちょっともう、なに急にテンション上げてんの ‼︎ びっくりするじゃん!」


突然、至近距離で叫ばれて、反射的にその場ですっ飛び上がる。


思わず耳を塞いで抗議の声を上げると、轟さんは笑いながらも済まなそうに自分の顔の前で手を合わせて、オレに謝った。


「あ〜、悪い、悪い。でも美味かっただろ?あそこのお好み焼き。オレも好きなんだよな〜。なんてったってヤスコさんの焼きがいいから、ウマイに決まってんだけど」


「あ〜、そうね…」


「『あ〜、そうね…』って、オマエ……。反応薄いな〜。あんな美人に目の前でお好み焼き焼いて貰えるんだぞ。もうちょっと、感激してもいいんじゃねーか?」


「うん…」


オレはカゴに入っていた収穫したばかりのトマトを手に取った。


「そうだよね…」


「ん?」


どうやら浮かない表情をしていたのが、引っかかったらしい。


轟さんはオレの顔を覗き込むと、ちょっと心配そうに尋ねてきた。


「なんだ?どうした?ハル。ナツとまたなんかあったのか?」


「いや、そういうワケじゃないんだけど……ちょっと気になる事があってさ」


「気になる事?」


「うん。……轟さん、ヤスコさんの弟の『マサコさん』、じゃなかった、真人さんって知ってる?」


「げっ!」


(げっ?)


変な声が聞こえて視線を上げると、めちゃめちゃ分かりやすい表情になった轟さんが、ブンブンと首を大きく横に振りながら答えた。


「い、いや……知り合いっちゃ知り合いだけれども、オレはよくは知らんな〜。つーか、なんでそんな事訊くんだ?急に」


「え?何でって……昨日、店で会ったからだけど」


(うわぁ、轟さん、挙動不審だよ。目が泳いじゃってるし、しどろもどろだし……。それじゃ知ってるってバレバレじゃん)


「へ、へぇ〜、そうなんだ……。あっ!いっけねっ!ハル、オレ、母屋からケース取って来ないといけないんだった!ちょっと行ってくっから…」


そのまま何気にフェイドアウトしようと向きを変え、そそくさと遠ざかろうとする後ろ姿に向かって、オレはぼそり、と呟いた。


「…ヤスコさんて確かに美人だよね〜。性格も良いし、お好み焼きだけでなく他の料理もすごく上手そうだし、あれはきっとモテるよな〜。あっ、そういえばヤスコさん『轟さんはお元気?』ってオレに訊いてきてたけど…」


「なにっ⁉︎ ……ハル、いまなんて云ったっ⁉︎ 」


ーーかかったな。


「え?だからヤスコさんが、『轟さんはお元気かしら?最近、お店の方に見えないけどお仕事、お忙しいのかしらね〜』って…」


「ヤスコさんが、オレのことを……」


ちょっと感激したように固まった轟さんの姿を確認して、オレは内心、ニヤリとほくそ笑んだ。


轟さんがヤスコさんに気があるらしいというのは、ナツからの事前情報ですでに確認済みだ。


真人さんが、轟さんの通っていた中学、高校の後輩で、部活も同じだったということも、すでに調べがついている。


ーーコレは使える。


「んで、ヤスコさん、ほかに何か云ってたか?」


まんまと罠に引っかかった可哀想な轟さんが、期待に目をキラキラさせているのを確認して、オレは口を開いた。


「云ってたけど……その前にオレの質問に答えるのが先でしょ?学校同じだったって、調べはついてんの。真人さんて、どんな人なの?」


「どう、って言われてもなぁ…」


轟さんはクビをひねりながら、結局、こちらへと戻って来た。


「アイツ、オレにはめっちゃキビしいからな〜。いつも小姑根性丸出しで来るから、イメージ的にはソレしか無いんだよな。……三つ年下だから、確かいま二十六で、今度七だっけ?隣町で色んなアルバイトしながら、時々『ふく』の手伝いやってると思ったけど…」


「他には?」


「へっ?他?う〜ん、他って言われても……」


轟さんは困ったように頭を掻いた。


「最近の事は、ホントよく知らないんだよ。あ〜、でも昔、学生だった頃は結構ヤンチャなヤツだったよなぁ」


「ヤンチャ?ヤンチャって…不良だったってコト?」


「まぁ、そうだな。つっても、こんな田舎町だからバリバリの不良ってワケでもなくて、いわゆる『一匹狼タイプ』っての?アイツの場合、ちょっと人よりフラフラしてて、それで大抵目つきが悪いって因縁つけられて、ときどき隣町で他の学生と小競り合いするとか、まぁ、その程度のカワイイもんだったけど…。あっ!あと、今もそうだけど学生服の下にいっつもハデなシャツ着てたよなぁ。あんなの、どこで買ってくんだか…つーか、どこで売ってんだよ、アレ。いまだに出どころがよく分からんな」


(『小競り合い』がカワイイって……。ときどき思うけど、轟さんてたまにズレてるんだか大物なんだか、よく分からない時があるよな)


轟さんはオレをチラリ、と見ると小さくため息をついた。


「…とにかく、オレが知ってる真人なんて、そんくらいのもんだよ。アイツ、昔からあんまり他人とつるまないタイプだから細かいことはほとんど、な。つーか、真人のことが知りたいなら、むしろオレに訊くよりもナツに訊いた方が詳しいんじゃねーの?アイツ、ガキの頃からの知り合いなんだし」


(いや、ナツには聞きづらいから訊いてんだけど)


「んー、まぁ、それはそうなんだけどさ……」



ーーでもまぁ、そうか…


そうだよな。


いつのまにか横に座って顔を覗き込んでいる轟さんを横目で見ながら、オレは気を取り直してニカッと笑った。


真人さんとはこれから先、頻繁に会う機会があるワケじゃない。


昨日、別れ際に云いかけた言葉が少し気にはなるけれど、あのあとその事には触れず、何も言わなかったということは、それほど大したことじゃなかったんだろう。



ーーなぁ、オマエ、オマエさ、本当に……




(まぁ、いいか)



オレは轟さんに向かって、ヤスコさんのメッセージを出来るだけ再現しながら伝えた。


「……轟さん、ヤスコさんが『近々またお店に来てくださいね。来てくれるの、待ってますから』って云ってたよ。お好み焼き、今度特別にサービスしてくれるって」


「マジか!ハル!」


「マジマジ」


保証するように頷くと、轟さんはその場で小さくガッツポーズをした。


「よっしゃ!ちゃっちゃと仕事片付けて時間作るぞ〜‼︎ 今週…いや、来週早々には絶対行く!」


「今週中に行かないの?」


「いや、行きたいのはヤマヤマなんだけどな…」


轟さんは苦笑しながら立ち上がった。


「祭りの準備もあるからそうも行かないんだわ」


「そうなの?」


オレの問いに轟さんが頷いた。


「この辺もさ、他のトコと同様、若いヤツが少ないから、手伝える人間が限られてるんだよ。つまり、オレは貴重な戦力の一人ってワケ」


「轟さんてさ…」


「ん?」


「見かけによらず、エライよね」


思ったことを素直に口にすると、オレの言葉を聞いた轟さんは不思議そうに首を傾げた。


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