ー22ー
「ナツ、悪い!遅くなった」
自転車の場所まで慌てて戻ると、ナツは近くの日陰にも入らずにカンカン照りの日向の中でオレを待っていた。
「ハル、早く行こう。オレ、アイス食べたい」
「あ、うん」
「喉、渇いた」
「ああ、うん」
ーーそりゃ、この暑い中にジッと立ってりゃ、喉も渇くでしょうよ…
てっきり真人さんと何を話していたのか聞かれると思ったのに、ナツはさっさと自転車に跨がると、スーパーに向けて走り出した。
(オレの気にし過ぎかな。ナツ、全然普通だし)
数分後にたどり着いたスーパーで無事アイスを取り替えてもらうと、オレとナツは店の横に置いてあるベンチに並んで座った。
ちょうどいい時間に当たったのか、ベンチは建物の影に入って、少し薄暗く涼しい。
「アイス、美味いな」
「あ〜、身体に沁みるわ〜〜」
近くに誰も居ないのをいいことに、足を投げ出しただらしない格好でアイスを食べていると、先に食べ終わったナツが、手に持っていたアイスの棒をわざとらしく確認しながら云った。
「……で、マサコさん、何だって?」
「へっ?」
急に気になっていた案件を持ち出され、むせそうになりかけた口の中のアイスを無理やり飲み込む。
思わず視線をナツの方に向けると、ナツは手の中のアイスの棒を意味もなくこねくり回しながら、何か云いたげな目で、オレをジッと見ていた。
「な、なにって、何が?」
「あの人、オマエになんか言って来ただろ。その様子じゃ、やっぱ、図星みたいだな。…まぁ、言って来ないワケが無いよな、とは思ってたけど、あの人の性格からいって『オレに内緒で店に食べに来い』とか何とか云ってそうだよな」
「ぶふぉっ‼︎ 」
「…やっぱ、図星か」
動揺から、再度口に含んだアイスを思わず吹き出したオレに、ナツが冷静な口調で続けた。
「オレが居るとウルサイから、とか何とか言ってたろ」
「な、何で知ってんの!っていうか、もしかしてどっかで聞いてたのかよっ⁉︎ 」
慌てまくりのオレに、ナツは呆れたような口調で云った。
「…んなワケあるかっつーの。あの人とは長い付き合いだからな。考えてることは大体分かる、ってだけだよ。まぁ、向こうもそうだろうけど」
「そ、そうなの?」
(それにしたって、まんま真人さんが云ってたのと同じじゃん。……恐るべし、ナツ)
「…んで、ハルはどうすんの?」
「え?」
ナツはベンチから立ち上がると、近くに置いてあったゴミ箱にアイスの棒を捨てながら云った。
「オレに内緒でマサコさんに会いに行く?」
「え?あ〜、いや……」
真人さんには確かに誘われたし、そのこと自体は今の今まで気にしてもいたけど、それはナツに隠し事しているみたいな気分で落ち着かなかったからで、別に他意があったワケじゃない。
あれは社交辞令、もしくは冗談だと思って、本心から真面目に受け取っていたワケでもないし。
ーーナツは、なんでそんなこと気にするんだろう。
「あの、さ、逆に訊きたいんだけど、オレが真人さんと会うの、もしかしてイヤ…なのか?」
「………………別に」
(イヤイヤイヤイヤ、めちゃめちゃ顔が嫌がってるんですけど)
コッチを見ているナツの顔は、今まで見たことの無いような複雑な表情をしていた。
「…別に、会うのがイヤってワケじゃない。あの人は変わってるし、食えないところもあるけど、良い人なのは分かってる。ハルとも仲良くして欲しいと思ってる。ただ…」
ナツはコッチに戻ってくると、オレの真横にドサリ、と身体を投げ出すように座りながら云った。
「……オレがイヤなだけ」
「ぐっ!」
突然、心臓が口から出そうなくらいの激しい動悸に襲われ、思わず変な声が出た。
(何だ、ソレ!その言い方はズルいだろっ!)
胸の中で叫びつつも何とか平静を装うと、ナツに気づかれないよう小さく息をつく。
アイスを持っている手が、早鐘を打つ心臓の大きすぎる鼓動のたびに僅かに震えた。
もしかして、この心臓の音、すぐ隣にいるナツには聞こえてるんじゃないだろうか。
「あ〜、あのさ、ナツ……心配しなくてもオレ、一人で『ふく』に行ったりはしないし、真人さんとわざわざ会わないと思うから、大丈夫だよ」
オレは前を向いたままのナツに向かって云った。
「真人さん、良い人みたいだけど……ほら、オレ、基本人見知りだし、引きこもりだから、わざわざ知り合ったばかりの人と会うのはちょっと荷が重いし、ね。何より、この暑さの中をちょいちょい出歩くほど、タフでもないんで……ハ、ハハハ…」
この空気感を取り払いたい意識が強かったせいか、最後に取って付けたような笑いが出る。
すると、前を向いていたナツが、いきなりコッチを向いた。
( ‼︎ )
「ハル ……」
「へっ⁉︎ ふぁいっ⁉︎ 」
ーー僅か20センチの超至近距離。
間近で見るナツの顔は、やっぱりサマになる格好良さで、治まりかけていた心臓が、いっそ、一足飛びに爆発しそうだ。
「ハル、あのさ…」
「は、はい!」
「……………………落ちるぞ」
「ハイッ!…………っ、え?落ち、る…え?」
「アイス」
「あっ!わぁっ!」
気付いたと同時に棒についていた最後の一欠けらが下に落ち、反射的にオレは手を出してソレを受け取った。
「うわっ!冷てーー‼︎ ナツ、もっと早く教えろよ!うわ、溶ける!ヤバイじゃん!」
アワアワしているオレをよそに、ナツは次の瞬間、オレの手の上に顔を近づけると、水色のアイスの欠けらをペロリ、と口にした。
( 〜〜〜〜〜〜っ‼︎‼︎‼︎)
「ーー美味い。ハル、ご馳走さま」
さっきとは打って変わって笑顔になったナツの顔を目の前に、オレのメーターはとっくに振り切れ、ただでさえ暑い中、徐々に顔が熱くなってくる。
「なっ!バッ…カ!お前!」
「ハハハッ!顔が真っ赤だぞ!ハル!」
( ‼︎‼︎ )
「ナツ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ‼︎ 」
素早くベンチから立ち上がり、自転車の方へと走り出したナツを追いかけると、
「アイスの最後の一口って、ホント貴重だよな!」
と、性懲りもなくナツが揶揄ってきた。
「抜かせ!」
(食えないのはどっちだよ‼︎ )
追いついたら絶対一発殴る!と、固く心に誓い、熱くなった頰を手でこすりながら、息を切らせてオレはナツの派手なTシャツの背中を追った。