ー21ー
シメのオヤツ巻きを食べ、少し休んでから店を出ると、途端にムッとするような暑さが身体を押し包んだ。
「……ご馳走さまでした。すごく美味しかったです」
「良かった」
わざわざ店の外に見送りに出てくれたヤスコさんに挨拶すると、彼女は満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに手を振ってくれた。
「ありがとう、ハルちゃん。是非またきてね。待ってるから」
「あ〜、ハイ。それじゃ……」
小さく頭を下げて自転車を置いた場所へと歩き出す。
何歩か進んだところで、ふと違和感を感じて振り返ると、ナゼか今の今まで横に居たはずのナツの姿が忽然と消えていた。
(アレっ⁈ アイツ、どこ行ったんだ?)
突然の独りぼっちに焦って辺りを見回すと、カンカン照りの人気のない細い道路は通るクルマもなく、騒がしいセミの声とどこかの家から聞こえてくるテレビの音だけが耳につく。
(どっかで高校野球見てんな、って、オイオイ‼︎ 違うだろ!ったく、ナツのヤツ、一体どこをフラフラしてんだよ…)
オレは『ふく』の前まで戻り、キョロキョロと視線を彷徨わせながらナツの姿を捜してみたが、どういうワケか、それらしい気配は感じられない。
(見知らぬ町での、まさかのおいてけぼりか⁉︎ いやいやまさか………ねぇ?)
ーー自転車もあるし。
(う〜〜ん…)
オレは仕方なく出たばかりの『ふく』の前を通り過ぎ、なんとな〜く流れでその先へと歩いて行った。
(一体、どこに行きやがったんだよ、アイツ。ホント、毎度毎度ふらふらと)
『ふく』の並びの家を何軒か通り過ぎ、こっちじゃないのかも、と思い始めた矢先だった。
(あ、居た!)
砂利の敷かれた狭い貸し駐車場の奥、クルマの無い一角に、ナツと……ナゼかヤスコさんが居た。
ーーいつの間に移動したんだろう。
一緒に店を出て隣に立っていたはずだったのに、ナゼか自転車置き場とは反対のこんな場所にいるなんて。
(??)
立ち止まって様子を伺っていると、どうやらナツが喋っているのをマサコさんが黙ってフンフン、聞いているみたいだ。
こちらに背中を向けているナツの表情は全く見えないが、向かい合っているマサコさんの表情が、ちょっとだけ真剣なカンジで、咄嗟に声を掛けようとして開きかけた口を、オレは慌てて手で押さえた。
何となく、近付くのも躊躇われるような雰囲気に、仕方なく電柱の陰からじーっと様子を窺う。
セミの声がうるさくて、ナツの声は聞こえるものの、何を話しているのかはほとんど分からなかった。
(何だろ?何か大事な話なのかな?)
「…………から、やっと………。そりゃ…………かもしんないけど…」
「まぁ、オマエの…………けど、回りくどい………のかよ?」
やっぱり、何か大事な話をしているようだ。
(どうするかな…)
知らないフリをして、このまま自転車の所まで戻るべきだろうか。
判断がつかず、もう一度二人に視線を向ける。
すると次の瞬間、どういう訳か視線を上げてコチラを見たマサコさんと、バッチリ目が合った。
(うわっ、ヤバい!気付かれた!)
別に悪いことをしていたワケじゃなかったけど、何となく後ろめたさを感じていたせいでアワアワしているオレをよそに、今までの真剣な表情から一転、マサコさんはナツ越しにニヨニヨとオレに笑いかけると、あろうことかコッチに向かって手を振ってきた。
(…ナニやってんだ?あの人)
オレはちょっと面喰らってその場に固まり、思わずナツの方を見た。
けれど、どうやらナツは話すことに真剣で、マサコさん本人を全く見ていないらしい。
少しすると、図に乗ったマサコさんが更に大きく手を振りだしたり、何故か投げキッスを寄越したりしてきたが、それにも気付かない様子で、ナツはしばらく話を続けていた。
しかしーー。
「何、やってんスか!マサコさん ‼︎」
(あ、バレた)
話も聞かずにオレにちょっかいをかけてるマサコさんにようやく気付いたナツは、その途端、素早い動きでマサコさんの首に腕をかけると、ギリギリとその首根っこを締め上げ始めた。
「ぐえっ!」
「ったく!アンタって人は ‼︎ 人の話も聞かずにヘラヘラと ‼︎ 」
「く、苦しい…き、聞いてた!ナツ!ちゃんと聞いてたからっ!」
「ウソつけ!」
マサコさんを羽交い締めにして目線を上げたナツは、どういうワケかオレの姿を認めるなり、ギョッとした表情になる。
「ほ、本当!ヤス姉に誓って、ウソつかないから!言われたこともちゃんと守るし」
「…ホントに?約束する?」
「し、します!しますから、ちょっと腕弛めて……く、苦しい…い、息が止まる…ぅ……」
仕方がない、と言いたげな表情でしぶしぶとナツは腕を離した。
見つかったのがこれ幸いと、オレは隠れていた電柱の陰から抜け出して、二人のほうへと近づいていった。
「なぁ、一体こんな所でなにやってんの?」
ゼイゼイと肩で息を吐いているマサコさんを横目にナツに問い掛ける。
オレの顔を見て、ナツはどういうワケか、かなりわざとらしい笑顔でニッコリと笑った。
「…別に。それより、待たせて悪かったな、ハル。暑かっただろ?」
「あ〜、まぁ……暑いっちゃ暑かったけど…」
かなりのオーバーリアクションで、まだゼイゼイ云ってるマサコさんにチラリ、と視線を向けると
「たいした話をしてたワケじゃない。それよりアイス、交換しに行こう、ハル。オレ、喉乾いたし」
そう云って、ナツはマサコさんには構わずスタスタと歩き出した。
「えっ?あ〜、うん。…えっと、あ〜、マサコ、じゃなかった、真人さん、大丈夫?」
そのままその場を離れるのに気後れを感じて声をかけると、真人さんはちょっと気まずそうに苦笑いしながら答えた。
「おぅ、大丈夫!つーか、悪かったな。暑い中待たせて。ちょっとアイツにハナシがあって、引き止めちまって」
「いや、それは別に構わないんだけど。それじゃあ、オレ、これで…」
くるり、と背中を向けて、行ってしまったナツを追いかけようと足を踏み出した時だった。
「あっ、なぁ‼︎ ハル!」
背後から呼び止められ、オレは後ろを振り返った。
見ると、さっきのヘラヘラさ加減がウソのように、真面目な顔をした真人さんがオレを見ていた。
「なんですか?」
「オマエ……オマエさ、本当に…」
「え?」
「あっ!あ〜、いや、えっと…オマエ、いつまでコッチに居んの?」
「??たぶん、夏休み終わるまでだと思いますけど?」
「今月一杯か……なら、ヒマみてまた喰いに来いよ、店に。今度は一人でさ」
「一人で?」
言われている意味がよく分からなくて首を傾げると、真人さんは最初に会った時に見せたような、食えない笑みを浮かべながら云った。
「松ジイには良くしてもらってるし、何よりオレ、ハルのこと気に入ったしさ。もっと、話してみてぇな、って思って」
「はぁ。…でも、一人で、って……」
「ああ、ナツが居ると、うっせえから。アレコレ色々と訊けないだろ?ああ見えて、アイツ、以外にお固いから、自分のテリトリーのものに手ぇ出されんの嫌がるんだわ」
(アレコレ?お固い?テリトリー?つーか、『手ぇ出す』って…ナニっ⁉︎ )
「あの、それって……」
どういう意味ですか、と訊ねようと口を開きかけた時だった。
「ハルーーっ‼︎ 」
鳴いているセミにも負けず劣らずの大音量で、叫ぶナツの声が遠くから聞こえてきた。
「ヤバい!ナツがキレる!」
声が聞こえた途端、真人さんの顔色がスゥ〜っ、と青ざめる。
「あ〜、引き止めて悪かったな、ハル。もう行って。話の続きは、また今度な」
真人さんは怪訝なカオをしたオレの両肩を掴んで、くるり、と回れ右させると、
「んな、警戒したカオしなさんな」
と、云って軽く背中を押した。
「……あ、でも、ちなみに今日ダメだったデートの相手、オレより二つ年下の『イケメン』だったんだけど、な」
ーーへっ?
聞きづてならない一言に歩いていた足がピタリ、と止まり、思わず立ち止まって後ろを振り返ると、真人さんはニヤリ、と笑いながらオレに手を振った。